25 自衛軍って何なのさ
あれから半日かけて観察し続けた結果、いくつかのことが判明した。
彼らは日本の自衛軍所属であること。
隊長は元アメリカ海兵隊の少尉で、もうすぐ帰化が認められること。
魔力の大きな揺らぎがこのフィールドダンジョンで起きたことをダンジョン産の魔道具が感知したため原因を調査に来たこと。
わかったことがある一方で謎も増した。
自衛軍とか特殊帰化法とか俺の知らない単語だ。
英花にもツッコミを入れられたさ。
(自衛軍だそうだぞ。自衛隊じゃなかったのか?)
(俺にもわからんよ)
一瞬、ここは元の世界とは異なる世界なのかと思ったほどだ。
帰還するための異世界転移の魔法で俺自身がマーキングポイントを設定したのだから、それはあり得ないのだが。
(俺のいない4年の間に何かあったんだろう)
呪いのせいで魔物が跳梁するダンジョンなんかが出現しているくらいだ。
俺の知らない法律が公布されていたとしても不思議ではない。
事実、特殊帰化法なんてものが発布されているみたいだし。
(これは外に出たくなくなるな)
英花が嘆息する。
(ずっとダンジョン暮らしという訳にもいかないだろう)
このフィールドダンジョンは俺たちのものになったことにより好きに設定を変えられるので食糧問題などは解決したけれど。
ダンジョン内にずっとこもりきりなんて御免だね。
ここが無人島で脱出の手段がないのであれば諦めもついたかもしれないが、外に出れば情報が得られるし娯楽もある。
それがわかっていて耐えられるほどスローライフに憧れがある訳ではないのだ。
(それはそうだが外のチェックは入念にしておきたいな)
(今回もそういう方針だっただろう?)
リンクした状態でミケだけを外に出す予定だったのだ。
そうすればミケが見聞きした情報を得ることができるし念話で指示を出すことも可能である。
なにより見た目は三毛猫そのものなので誰にも怪しまれずにすむだろう。
いつぞやの偵察ゴーレムよりも優れている点だ。
問題があるとすれば、和猫にしてはデカすぎて目立つのと猫好きの人間に追いかけ回される恐れがあることくらいか。
(そうなんだが……)
石橋を叩いて渡らないつもりか?
英花の世界はここではないし残っている訳でもないから腹をくくってこの世界で生きていくしかないのだ。
この期に及んで覚悟完了していないのはどうかと思うけどな。
(保険は用意するからさ)
(保険?)
(ミケの他に情報を得る手段だよ)
外に出ればスマートホンで新たな情報を得ることも難しくはない。
ダンジョンの中にいると電波が届かないから外にいる場合に限られてしまうけれど。
後は外の状況がわからないことには何とも言えないな。
(わかった)
英花があっさりと引き下がった。
その時点で日暮れの時間が近づいていたので俺たちは一旦引き上げた。
自衛軍の6人については日没が近づいているというのに引き返す素振りを見せなかったのでミケに監視を頼んである。
ゾンビは夜の方が活発になるから朝まで放置すると全滅してましたなんてことも無いとは言えないし監視は必要だ。
今後の動向もダンジョンの奥を目指している以上は無視できないし。
もっとも進行速度は俺たちの半分以下なのでゾンビゾーンを抜けるのに少なくとも1週間はかかるだろう。
彼らの所持する荷物から察するにギリギリまで粘っても突破できずに撤退することになるはず。
今回でノウハウを蓄積して次回以降に生かすつもりはあるかもしれないけど。
ダンジョン内のパトロールと監視をする体制を構築しておかないと俺たちの方が泡を食うことになりかねないかもね。
現にゾンビとの2回目の遭遇戦では対応力を上げていたし。
部隊の半数が防御に徹して敵を引きつけ残りが回り込んでゾンビを倒すようになったのだ。
対応しきれない数のゾンビを発見した場合はさすがに迂回していたけど。
問題は夜である。
彼らは夜にゾンビの感知能力が上がることを知っているのかね。
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結局、自衛軍は夜の間に撤退することになった。
野営はせず交替で見張る形で休むのは間違っちゃいなかったんだけど。
火なんて焚いた日には、あっという間に見つかってしまう。
あいつら生命力だけでなく熱源も感知する能力があるからね。
そのせいで真夜中にゾンビどもに囲まれることになってしまったのだ。
ミケからの連絡を受けて俺たちが転移した頃には潰走寸前という有様だった。
「大沢曹長! 俺が引きつけている間に全員を率いて撤退しろっ」
ヘンなんとか少尉が戦いながら怒鳴りつけるように部下へ指示を出す。
一撃必殺でゾンビを倒せない彼らでは、この局面を乗り切り生き残ることはできない。
それをよくわかっている証拠だ。
「無茶です、ヘンドリック少尉!」
「命令だ!」
「しかしっ」
「今ならまだ完全に囲まれていないんだっ。脱出しろ!」
「ですがっ」
「しかしもですがもあるかっ! この場に残られると足手まといなんだよ!」
少尉の選択は間違いではないが最善でもない。
自己犠牲を前提としているため残りの部隊員の生存確率は上がる一方で全員が生き残ることは考慮されていないからだ。
今ならまだ全員が脱出できる可能性は残されていると思うのだけど。
だから副官が承服しようとしないのも納得である。
「少尉っ!」
「退路が断たれる前に脱出しろ! こんな場所に二度と調査隊を送り込ませるなよ」
頑なだねえ。
何か事情があるのかもしれないな。
「……了解! これより撤退行動に移ります」
最後は大沢曹長が折れる形となったようだ。
(さて、バレない程度に援護しますか)
(どうやるんだ、涼成。魔法を使っても彼らに見つからないようにというのは無理があるぞ)
(そんなことはないさ。夜間だから暗闇をうまく利用すればいい。要は工夫だよ)
まずは少尉に迫りつつあるゾンビ集団の先頭がターゲットだ。
ただし、直接は狙わないし攻撃魔法を使う訳でもない。
俺が魔法を使うと、狙い通りにゾンビがバランスを崩し転倒した。
あれだけ密集しているとドミノ倒しのように連鎖していく。
(地面を凹ませたのか)
木々が邪魔をして見えなかったようだな。
ちなみに暗闇は俺たちには何の障害にもならない。
暗視のスキルがあるので光源が一切ないような場所でも昼のように見ることができるからね。
(いいや、木の根を動かした)
タイミングを合わせて動かせば勝手に元の状態に戻るので手間がかからず楽なのだ。
昼間であれば根っこが動くところを目敏く見つけられる恐れもあったけどね。
しかしながら今の彼らはライトを頼りにしているから足下なんてまともに見えていない。
(その手があったか)
英花も感心してくれたので悪い手ではないだろう。
この程度じゃ時間稼ぎにしかならないとは思うけどね。
読んでくれてありがとう。
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