249 ウィンドシーカーズ、空振りに終わる
「3層に来たけど、カマキリいないね」
橘が首をひねる。
「まだ下りてきて間がないじゃない」
呆れ顔で応じる野川。
「そうだ。すぐに遭遇するとは限らない」
芝浦も真顔ではあるが野川に賛同する。
「3層に来て間がないって桜は言うけど時間は結構たってるよ。その証拠に、もうハーブマンとワーウルフとは戦ったし」
橘は野川たちとの時間の感覚に差を感じていた。
魔物との戦闘に費やした時間を差し引いても下りて間がないとは思えないのだ。
ギャップを生んだのは移動距離だろうかと考える。
それならば説明はつく。
いつもより慎重になっているせいか移動距離は短い。
階段近くはギルドに提出されたマップがあるので迷うことはないはず。
初めての場所ということもあるのだろう。
ただ、もっとも移動を遅らせている要因はソードマンティスの存在だ。
格上のチームがダルそうに狩りと称したり作業化しないように釘を刺したりする魔物ではあるが、自分たちには未知の存在である。
ダンジョンに入る前、とある冒険者が腕を落とされたと注意喚起を受けたのが影響していた。
念のためにとソードマンティス最大の武器である剣腕の切れ味も見せられたし。
確かにアレなら人間の腕など簡単に切り落とされるだろう。
つまり、野川や芝浦は新人冒険者だった頃のように緊張しているのだ。
情けないとは思わない。
それくらい慎重な方がいいだろう。
油断すれば自分たちが腕を落とされかねない。
「事前に聞いていた情報では残るはソードマンティスのみ」
順番に出てきてくれるならねと内心でツッコミを入れる橘。
「腕が鳴るわね」
野川はそう言うが、いつもと声のトーンが微妙に違う。
子供の頃からの付き合いだからこそわかる。
他人にはわからなくても野川がソードマンティスの攻撃力を強く意識しているのだと。
それを指摘したところで強がりだとは絶対に認めないであろうことも承知しているので何も言わない。
こんな場所で言い合いになどなったら魔物に大きな隙を見せることになる。
余計な問題は起こすべきではないだろう。
その後も舎人公園ダンジョン3層の探索は続いたが、ソードマンティスとは遭遇しなかった。
出会うのはハーブマンとワーウルフのみ。
さすがの2人もおかしいと感じているようだ。
「全然、出てこないわね。カマキリ」
芝浦が痺れを切らしたようにぼやいた。
「出てくるのはすでに戦った魔物ばかり。これじゃあ武者修行に来た意味ないじゃない」
野川がぼやきに加わった。
「だったら今日は帰る?」
芝浦が野川に問いかけた。
「それもありかもね。ここの雰囲気もわかったし、思ったほど広くなかったから明日も来れば3層にはもっとスムーズに来れるでしょ」
「無理じゃないかな」
橘がボソッと呟いた。
「無理ってどういうことよ?」
怪訝な表情で野川が問う。
「明日は休みにしてるでしょ」
「うぐっ」
「休みじゃなかったとしても、しばらく通わないとカマキリは出てこないかも」
「意味がわかんないんだけど? 上で聞いてきた話では出没頻度は高いそうじゃない」
「桜、先に来た冒険者が片っ端から倒していることを想定していない」
そう言ったのは芝浦だった。
「ええっ、そんな連中がいるの!? 攻撃力の高さは今までの魔物の比じゃないのよ」
いる訳がないと言おうとして野川はハッとさせられた。
「大阪から来た連中ね」
「そう。彼らは何でもないことのように狩りだと言っていた」
「それ、シャレになってないわよ。連戦しても無事なんて化け物だわ」
「魔王様たちが鍛えたなら、うなずける」
「あー、そうだったわね。あの人たちの秘蔵っ子って訳かぁ」
「秘蔵っ子? 友達のよしみのようなことを言っていた気がするから違うのでは?」
感心したところで芝浦に出鼻をくじかれて軽くずっこける野川。
「そんなのノリでいいじゃないのさ」
抗議をするもスルーされてしまい野川はギリギリと歯噛みする。
「そういうことを言っていると不意にカマキリが来て不覚を取る」
「ぐっ」
「はーい、そろそろ休憩終わりね。早くしないと大阪の人たちに根こそぎカマキリを狩られてしまうわよ」
橘の号令で舎人公園ダンジョン3層の探索を再開するウィンドシーカーズ。
ただ、その後もソードマンティスだけは遭遇することがなかった。
「そろそろ帰る頃合いだと思うんだけど?」
げんなりした表情を隠すこともなく野川がぼやいた。
「そだね。しょうがない、今日は帰りましょうか」
「残念だ。明後日はもっと早く来てカマキリ狩りをしよう」
「今日より1時間も早く来れば充分でしょ」
「その根拠は?」
「大阪の連中、私たちとほぼ同じタイミングで冒険者事務所に来ていたじゃない。きっと、いつもこのくらいの時間に来ているのよ」
「他の冒険者も来ているはず。ライバルは大阪の人たちだけじゃない」
芝浦の反論に野川が不敵な笑みを浮かべる。
「3層に来てからよそのチームと会った?」
「そう言えば、誰にも会ってないね」
野川の疑問に答えたのは橘だった。
「でしょ。3層には冒険者がほとんど来ていない証拠だと思うんだけど、どう?」
「言いたいことはわかった。ライバルは少ないのは事実」
「じゃあ、明後日は1時間早く来て3層に来るってことね」
橘が最終確認を取り野川と芝浦は了承した。
「さて、じゃあ帰りますか」
来た道を戻り始める。
帰りは階段までの最短距離を進むので、そう時間はかからないだろう。
苦戦するような魔物と遭遇して戦闘になれば話は変わってくるが。
それも探索の途中で戦闘を回避した場合に起こり得る話で、今回のウィンドシーカーズのようにすべて殲滅してきた場合はそういうことになりにくい。
事実、帰りの道中ではほとんど魔物と遭遇することなく階段近くまで戻ってきた。
「明日は買い物に行かない?」
不意に野川が2人に誘いの言葉をかける。
「いや、明日はゆっくり休んで英気を養う」
にべも無く断る芝浦。
「ちょっと、話は最後まで聞きなさいよ」
「じゃあ、聞く」
「あの話を聞いちゃった後だと防具を新調した方がいいと思うのよ」
受付で職員が教えてくれた冒険者の腕が切り落とされたという話はインパクトがあった。
野川は探索中もずっと気にしていたのだ。
ある意味、今日ソードマンティスと戦闘にならなかったのは幸いだったのかもしれないとさえ思っている。
「そっか、今の革鎧だと心許ないもんね。買い換えよっか」
橘も同意した。
ただ、彼女が装着している革鎧は軽くて丈夫なことを売りにしていた結構なお値段の代物だ。
そこそこ使い込んでいるので買い換えるのがもったいないと感じるほどではないが、ソードマンティスとの戦闘を考慮しなければまだまだ使えるのも事実。
それでも即決したのは、やはりソードマンティスの剣腕の威力を知ったからだろう。
「祐子、アンタが一番心配なんだよ。ハンマー付きのバトルアックスなんて足を止めなきゃ使えないんだから」
そのぶん回避がおろそかになりやすいのは事実だが芝浦には怪我をする頻度は低いという自負がある。
「腕を潰されるのは厄介。新しいのを買う」
それでも意地を張らなかったのは橘たちと同じことを考えていたからに他ならない。
何だかんだで翌日の予定が決まってしまった。
読んでくれてありがとう。
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