248 ウィンドシーカーズ、武者修行に出る
「あー、今日もカマキリ狩りかぁ」
大阪組のサブリーダー岩田がぼやく。
「岩田、気の抜けたこと言うてたらソードマンティスにスカ食らわされるで」
リーダーの高山に注意された岩田が嫌そうな顔をした。
「縁起でもないこと言わんといてくれ。あんなんにやられたら命がいくつあっても足らんわ。この間かて調子乗ったバカが腕やられとったやないか」
「だったら気を引き締めろ。ゲームじゃないんだから作業化するなよ」
「へーい」
岩田が気の抜けた返事をしたところで大阪組は冒険者事務所の入り口をくぐった。
すぐ後ろにいた別の冒険者チームが聞き耳を立てていたことなど知る由もない。
故に話を聞いていた者たちが歩みを止めたことにも、まるで気づいていなかった。
そして自動ドアが閉まる。
センサーの範囲から外れた位置でたたずむ女子3人。
「大阪の人たち、最近見ないと思ったらこっちに来てたんだね」
橘がちょっと意外な相手を見たと驚きながら呟いた。
「だな。てっきり大阪に帰ったと思ってた」
「アタシも」
野川の言葉に芝浦が同意する。
「カマキリ狩りだって。スゴいなぁ」
「感心している場合じゃないでしょうが、ミチル!」
野川が橘に吠える。
「えーっ、だって本当のことだよ。今までの魔物とは格が違うはずなのに作業化しないようにって言ってたじゃない」
「言ってた」
芝浦が同意した。
「それは余裕を持ってソードマンティスと戦えると言っているに等しい」
「そうだけど……」
野川がたじろぐ。
橘に事実だと反論されると思っていなかった上に芝浦の加勢まで加わってしまっては、嫌でも不利を悟らされてしまう。
「だからこそよっ。追い抜くくらいの気概がないと強くなんてなれないでしょうが」
「桜の言いたいことはわかるけど、今は格下なんだから手本にするくらいのつもりが丁度いいと思う」
「気持ちが空回りしてもロクなことがない。ミチルの言う通り大阪の人たちを観察して真似のできるところは取り入れるべき」
再び反論された野川が、ぐぬぬ状態で歯噛みしていた。
一触即発ではないものの何故か睨み合う格好となる。
「あのー」
不意に女の声がした。
予想外のタイミングで声をかけられたためにビクッと反応する3人。
橘と芝浦はそれだけだったが野川は声のした方をキッと睨み付けるように振り向いた。
普段ならしない過剰反応だったが頭に血が上っているせいで正常な判断ができていない。
睨まれた相手は特にひるむこともなく視線を受け止めた。
冒険者事務所の制服を着用しているので職員なのは間違いない。
つまりは統合自衛軍所属の軍人だ。
素人に凄まれてビビらなかったとしても不思議ではないだろう。
逆に野川の方が平然と受け止められたことで、たじたじになっている。
相手が職員であることに気付いたことも影響しているようだ。
「議論するのは構わないんですが、出入り口をふさぐのはやめてくださいね」
ニッコリと笑みを浮かべて女性軍人に言われてしまった。
そこで初めて自分たちが冒険者事務所の入り口前にいることを思い出す。
「「「すみません!」」」
3人そろって大慌てでガバッと頭を下げる。
「わかりましたから入り口を空けてくださいね」
「「「はいっ!」」」
ビシッと直立になった3人がギクシャクした動きで建物の中に入っていった。
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「なるほど。お台場ダンジョンが普段の活動場所なんですね」
「はひっ」
受付窓口で応対する相手が冒険者事務所の玄関で注意を受けた職員だったため橘はガチガチに緊張していた。
野川や芝浦は少し間を置いたことで注意された時ほどではなくなっていたのだけど。
「どうかしましたか?」
怪訝な表情で橘を見る女性職員。
「あ、この子は対人恐怖症の気があるので気にしないでください」
職員は少し目を丸くさせたが、すぐにフッと笑みを浮かべた。
「そうでしたか。ここは初めてということですし慣れるまで時間がかかるかもしれませんね」
そう言われた橘はコクコクとうなずいた。
それまではどうにか落ち着かなければと気ばかり焦っていたが、職員の言葉が届いたことでその気持ちがしぼんでいくのを感じていた。
時間がかかるならしょうがないと思ったためである。
下手にリラックスするように言われなかったのが良かったようだ。
「今回、この舎人公園ダンジョンに来た目的を聞かせてもらえますか」
「あの、えっと、カマキリ狩りに……」
橘の返答に職員は一瞬だが呆気にとられてしまっていた。
「まるで、なにわ堂さんみたいなことを言うんですね」
クスクスと笑う職員だったが、ウィンドシーカーズの3人が困惑気味になっているのを見てコホンと咳をする。
「失礼しました。とある冒険者チームの方たちがソードマンティスの素材を大量に持ち込んで来たときに同じようなことを言っていたものですから」
3人はその話を聞いてピンときた。
チーム名は初耳だったが大阪から来た人たちのことだと。
「それでは皆さんの主な目的はソードマンティスなんですね」
「はい。武者修行です」
「なるほど、そうですか」
端末を叩いて情報を確認する女性職員。
「ウィンドシーカーズの皆さんは中級免許ですが──」
免許の等級に言及された瞬間、ウィンドシーカーズの3人はソードマンティスに挑むことを止められるのかと心配になり身を固くさせる。
「魔法も使えるようですし、なによりお台場ダンジョンで長く活動されているようですから大丈夫でしょう。3層に行くことを許可します」
続く職員の発言で3層に向かう許可を得られてホッと安堵した橘たちは気が抜けて脱力していた。
「ただ、油断はしないでくださいね。今までの魔物とは違いますよ。油断して腕を切り落とされた冒険者もいますから」
3人が安堵した瞬間にドキッとすることを言って引き締めにかかる職員。
「「「はいっ」」」
ウィンドシーカーズの一同は何故か直立して返事をしていた。
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ウィンドシーカーズの3人は3層に下りる階段のところで休憩を取っていた。
「1層はウィードマンにゴブリン、そしてマッドボアだったわね」
野川がメモに書き込んでいる。
「1層で遭遇した魔物の印象はどうだった?」
「植物系は初めてだったけど問題なかった」
「いまゴブリンと戦うと新鮮だね。免許取り立ての頃は必死すぎて何がなんだかわからなかったけど」
芝浦が淡々と橘は懐かしそうに答えた。
「そう。じゃあ2層のハーブマン、ホブゴブリン、サーベルウルフは?」
「ホブゴブリンは一度に出てくる数が多い気がした。でも注意すべきはサーベルウルフ」
「ふんふん。それは同感ね」
「ハーブマンはウィードマンとそんなに差がない気がしたかな」
「なるほど。亜種って感じなのかしらね」
「そうかも」
書き込みが終わった野川がメモを片付ける。
「いよいよ、3層に向かうわけだけど準備はいい?」
「もちろん」
「肩慣らしは終わってるよ」
バッチリだという2人の返事にもかかわらず野川はガクッとずっこける。
「ミチル、アンタがリーダーでしょうが」
「そうだよ?」
「普通はリーダーが音頭を取るところでしょ」
「うん」
「だったら私が準備はいいかって聞いたら「それ、私の台詞」って言うところじゃない?」
「ちょっと、そう思ったけどいいかなって。私お笑い芸人じゃないし」
気の抜けた返事にまたしてもずっこける野川であった。
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