247 組み手の結果は
「よろしくお願いします」
向かい合った猿と礼をする。
顔を上げた後は半身になり掌を上に向けて構えた。
「へえ、日本の武術では見ない型だね」
猿田彦命がそんな風に言ったが、生憎と俺は日本の武術に精通しているわけではない。
この構えは異世界で身につけたものだ。
掌を返すだけで下からの攻撃に即応できる上に中段から上の攻撃は払いやすい。
人間だけを相手にする訳ではないので、こうなったと向こうの文献で知った。
こういう知識は兵士長はまるで教えてくれなかったからね。
まあ、戦い方も教えてもらったとは言えないけれど。
礼が終わったので組み手はすでに始まっている。
集中しないと。
そう思った矢先にお猿さんが目の前に飛び込んできた。
「おっと」
手刀の突きをかわしながら掌で受け流す。
そのまま前に踏み込みながら立ち位置を変える格好で距離を取ろうとしたが、踏み込みのタイミングが少し早い。
このままだと衝突しかねないのをどうにか踏ん張って堪える。
そのせいで距離を取るのが難しくなり、すれ違うのがやっとの状態となった。
距離を取らずに留まるなどハッキリ言って大きな隙だ。
お猿さんはそこを見逃さない。
すれ違い様に両脚の蹴りが飛んできた。
「おおっ」
ギリギリでバランスを取り戻し、なんとかステップワークでかわした。
危ない危ない。
猿田彦命からもらった加護の影響が出ているね。
龍たちの加護の時より伸び幅は少ないはずだけど調整するのは楽ではない。
レベルアップだけの場合は単に自分の体の変化なので感覚的に把握できるのだけど。
加護という外的要因が加わる場合は変化を推定する必要があるようだ。
これがギャップとなって自らの状態を把握するのに時間がかかってしまうみたい。
お猿さんとの組み手を提案してくれた猿田彦命には感謝しかないよ。
ホントにありがたい。
「歩法は武術的だね」
猿田彦命の解説が入るが、俺にはわからない。
すり足に近いが平坦な場所ではないことを想定しているのでつま先やかかとを浮かせたりするんだけど近いものがある?
ああ、だから武術的と言ったのか。
古武術そのものの歩法ではないからだろうね。
その後も俺が守勢にまわる格好で組み手が続いた。
お猿さんの攻撃は多彩だ。
空中に小さな結界を展開して足場にすることでトリッキーな動きをしたり攻撃のスピードや威力を上げてきたりしたからね。
さすが日頃から組み手をしているだけのことはある。
それに、この足場を作る戦い方は俺たちも活用できるだろう。
自分たちなりにアレンジする必要はあるけれど攻撃にも防御にも応用できるはずだ。
これは是非モノにしたいところだ。
組み手の途中だけど試しに使ってみることにした。
これの利点は目に見えないため相手に動きを読まれにくいことだろう。
自分も見えないのでは危険ではないかと言われそうだけど、自分が使った魔法の位置を把握できないのは初心者だ。
現にお猿さんは完璧に把握している。
俺も真正面から間合いに踏み込むと見せかけて結界の足場で右に跳んだ。
このまま側面に回り込んで──
「っとぉ!」
お猿さんがバックステップして回り込むことはできなかった。
それどころか一瞬の隙を突くように体全体を使った水面蹴りを繰り出してくる。
「マジか!?」
隙を突いたつもりが逆にしてやられた。
今の不安定な体勢でかわすには真上にジャンプするしかない。
バランスを崩した跳躍なので高くは飛べないが反射的に跳んでしまう。
跳んだ瞬間に罠だと気付いた。
低く跳んでは間合いを取ることなどかなわない。
結果として相手の真上で無防備な状態をさらしてしまうからだ。
これほど明確な誘導に引っ掛かるとは何という不覚か。
お猿さんは水面蹴りの回転からブレイクダンスのように体の軸を縦に切り替えて真上に蹴り上げてきた。
一瞬、ロケットのようだと思ったほど鋭く勢いがある。
力なくジャンプしてしまい、ほぼ静止状態となった今の俺にはかわせるものではない。
それでも、これまでの自分だったら武器や防具でどうにかそらせようとしたと思う。
生憎と平服で組み手をしているから武器も防具もないのだけど。
腕で払いのけようにも踏ん張りのきかない空中では俺の方が弾かれてしまう。
踏ん張りがきかない?
その疑問の直後に閃きを感じ俺は空中を蹴って横に飛び退いた。
そのままゴロゴロと地面を転がってから立ち上がる。
結界の足場を作ったのは蹴りが入るかどうかのギリギリのタイミングだった。
服には蹴りが当たった感触があったからね。
体にまでは届いていなかったからノーダメージだけど完敗だ。
最後の最後で間に合わなかった。
「参りました。ありがとうございました」
俺は降参して一礼する。
お猿さんも両手を合わせてお辞儀を返してくれた。
「もう、いいのか?」
不思議そうに英花が聞いてきた。
「動きは馴染んだからね」
「組み手の勝敗はついていないだろう。蹴りは入っていなかったぞ」
「いいや。服に当たった時点で止めてくれたんだよ」
そう言いながら組み手の相手をしてくれたお猿さんの方を見たけど、そっぽを向かれてしまった。
知りません聞いてませんという意思表示のようだ。
誰がどう見ても認めたようにしか見えないよな。
戦っている最中は変幻自在でこっちを翻弄してくれたのに、こういうところは不器用なのが俗っぽいというか人間くさく感じてしまう。
「紙一重に見えたんだが」
困惑気味の英花。
「涼ちゃんが上手くかわしたなーって思ってたんだけど違ったの?」
不思議そうに聞いてくる真利。
2人とも離れて観戦していたにもかかわらず見切れなかったのか。
あのお猿さん、もはや達人だよ。
「紙一重で止めてくれたんだよ。跳んで逃げたのはワンテンポ遅れてだ」
「そこまでスゴいのか」
真剣な目で俺と対戦したお猿さんを見る英花。
向こうは知らぬ存ぜぬとばかりにそっぽを向いたまま飄々とした空気を漂わせている。
「実際に組み手をしてみればわかるよ。向こうは本気じゃなかったしな」
「なにっ?」
「掌の上で踊らされたよ。フェイントも見抜かれたし」
「あー、最後のは魔力の流れを見ていたからだと思うよ」
猿田彦命が教えてくれた。
俺が魔法を使うところを見切っていたのか。
道理で動きが読まれてしまったわけだ。
それに気付かない俺もまだまだ修行が足りないね。
「それくらいはしないと普段は組み手にならないからねえ」
その言葉から察するに少なくとも数段格上の相手だと思った方がいい。
そこまで実力差があるとは夢にも思っていなかったよ。
「それはつまり、加護の影響を受けた涼成が慣熟できるように付き合ってくれたということですか?」
「そうみたいだね」
そこまで配慮してくれていたとは驚きだ。
改めてスゴいと尊敬の念を抱いたのは自然なことだった。
その後、英花と真利も組み手をしたものの俺と同じように惨敗。
パッと見は惜敗に見えたんだけどね。
でも、当人たちは完敗であると主張した。
日枝神社のお猿さんたち、戦闘のセンスがハンパないって。
なのにバトルジャンキーとか脳筋の雰囲気が全くないんだもんなぁ。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




