245 ウィンドシーカーズの話とは
「それで話とは?」
英花が切り出した。
が、例のごとく「えっと」とか「あの」が続いて向こうはなかなか話そうとしない。
一旦リセットしたのが良くなかったのだろうか。
しかしながら、場所を変えると言ってきたのはウィンドシーカーズの方だ。
「別に橘さんでなくてもいいんだが」
野川や芝浦の方へ目を向ける英花。
「橘がリーダーなので」
「そういうのは我々のあずかり知るところではない」
英花は野川の言葉をにべも無くバッサリ切り捨てた。
「対外交渉など得意な者がやれば良いだろう。チームの役割分担とはそういうものではないか?」
苛立った英花に畳みかけられてウィンドシーカーズの3人が畏縮したように小さくなってしまった。
「まあまあ、そのくらいにしておけって。話せるものも話せなくなってしまうぞ」
「ふむ、そうだな」
俺の言葉に同意した英花が気持ちを切り替えたことで張り詰めた雰囲気が霧散した。
それでもウィンドシーカーズの3人は話を始めようとしない。
「すまないが、俺たちも暇ではないんだ。話ができないというなら帰らせてもらうが?」
俺が問いかけると、途端に慌て出す。
「自分たちは問題のあるものを発見してしまったんですっ」
芝浦がどうにか話し始める。
「魔物なんですけど今の私たち……、いえ、地元の冒険者のレベルでは対処できないくらい強くて」
それでパワーレベリングを依頼してきた訳か。
その道が断たれたとなると、次は駆除を依頼するつもりかな。
「どうしたらいいか分からないんです」
「冒険者事務所に報告して注意喚起してもらうしかないんじゃないかな」
「それでも犠牲は出ると思います」
「報告しない方が犠牲者が多くなると思うけど」
「それは大丈夫。たぶん今のところは」
「は?」
俺は意味がわからなくて英花と顔を見合わせた。
真利は俺たちの後ろにコソコソと隠れるように立っているので目線が合わなかったんだよね。
こちらの困惑ぶりを見ても、それ以上は口を開かない芝浦。
なにか言いづらい事情でもあるのだろうか。
そういえば、人気のない場所に呼び出されたんだよな。
そのことを考えると思っていた以上に深刻な話なのかもしれないとアラートが頭の中で鳴り響く。
どう対処すべきかと考えていると、不意にチョイチョイと服が引っ張られた。
こんなことをするのは真利しかいない。
「どうした?」
振り返りながら真利に問いかける。
(たぶんブラッドブルのことだよー)
真利は何故か顔を寄せてきてヒソヒソ声で言ってきた。
(根拠は?)
一応、俺も真利に合わせて声を潜ませる。
(地元冒険者の手に負えないのに犠牲者が出ないと言い切れることが他にある?)
言われてみれば確かにそうだ。
むしろ、どうして気付かなかったのかと思ったくらいである。
(それってウィンドシーカーズが3層の隠し階段を発見してるってことになるのだが)
英花もヒソヒソ話に加わってきた。
(偶然だろうな)
(だとしても他のチームに発見されるのは時間の問題かもしれないぞ)
(そうかなー。今のところは大丈夫と言ってたし発見されないんじゃない?)
英花は隠し階段が他の冒険者に発見される恐れがあると懸念するが真利はそんなことはないと思っているようだ。
(なんにせよ、あの3人に確認する必要はあるだろう)
という訳で再びウィンドシーカーズの3人に向き直った。
真利は相変わらず俺たちの後ろに隠れている。
「その魔物は真っ赤な牛じゃないか?」
そう問いかけると3人は途端にギョッとした顔を見せた。
ビンゴだ。
「ここの3層に出てくる魔物だな?」
確認するように問うと、驚愕した表情のままそろってコクコクとうなずく。
「そいつはブラッドブルだ。確かに上級免許持ちの冒険者でも危険な魔物だと言える」
よほど怖い目にあったのか、俺がそう言っただけで3人が息をのむのがわかった。
「もしかして倒したりとか……」
橘が青ざめた顔で恐る恐る聞いてきた。
「まあ、普通に」
何処で話が広まるかわかったものではないので無難な答え方をしておいた。
それでも3人はゴクリと喉を鳴らす。
夜中に怪談話をしているわけじゃないんだけど、そんなに怖いか?
「もしかしてトラウマになってる?」
「たぶん大丈夫、です」
「あの後も他の魔物とは普通に戦えたし」
「もう一度、戦うことになったらわからないけど」
橘たちはそれぞれの言葉で答えた。
「それで強くなってリベンジしようと考えた訳か」
「リベンジとかそういうつもりじゃないけど、このままだといつか仲間が犠牲になると思ったから」
橘が力なくボソボソと語った言葉は自分のことより人を思いやるものだった。
だからといって易々とほだされて修行をつけようとはならない。
身内じゃないからね。
「だから3層の隠し階段のことは報告していないんだな」
俺のこの言葉に3人がハッとして表情を強張らせる。
俺たちが隠し階段のことを報告するかもしれないと懸念しているのだろう。
「我々も報告するつもりはないぞ。ブラッドブルは地元の冒険者には手に余る相手だからな」
同じことを考えていたらしい英花がそう告げると、ウィンドシーカーズの3人はホッと安堵した。
この対応は舎人公園ダンジョンの時とは真逆だが仕方のないことだと思っている。
ソードマンティスは剣腕を用いたデモンストレーションができたけど、ブラッドブルでは言葉で説明するしか脅威を伝える方法がない。
それだと軽く受け止める者が出てくると思うんだよね。
実際にブラッドブルと対峙したであろうウィンドシーカーズの3人が語ったとしてもだ。
ならば無かったことにしてしまうのがモアベターというものだろう。
「あとは3層に様子を見に行ったりしないことだ。隠し階段を使えば他の冒険者に露見しかねないからな」
表情を強張らせつつも3人は英花の言葉を神妙な様子で聞き入り、最後にゆっくりとうなずいていた。
「あの、皆さんはどうされるんですか?」
俺たちが3層の扱いをどうするのか気になったのか芝浦が聞いてきた。
「行かないよ」
少なくとも、あの隠し階段を使ってはね。
お台場ダンジョンの3層の探索はよそのダンジョンから転移して続けるけど。
「俺たちは観光ついでの遠征に来ただけだから、そこまで本気で攻略するつもりもないし」
まあ、半分はウソになるか。
東京のフィールドダンジョンもすでに何カ所か潰してきているし。
それにお台場ダンジョンは掌握しておきたい。
万が一にもスタンピードが発生するようなことになったらシャレにならないからね。
遠征終了までに間に合わなかったとしてもダンジョン間転移で攻略を続ければいいさ。
「お台場ダンジョンにだけ潜っているわけでもないしな」
英花が補足してくれた。
「他のダンジョンに強い魔物とかいましたか?」
困惑した様子で芝浦が聞いてきた。
もしかして俺たちのこと脳筋だと思ってる?
「強いか弱いかじゃない。いつも決まった魔物とばかり戦っていると、いざという時に臨機応変な対応が取れなくなるだろ?」
俺の言葉は3人に刺さったらしく真剣な表情で噛みしめていた。
「それに舎人公園ダンジョンで新たに発見された3層ではブラッドブルに匹敵するソードマンティスも確認されている」
英花が補足した内容には目を大きく見開いていたけどね。
よそのダンジョンの情報は仕入れていないみたいだな。
「とにかく強くなりたいなら魔法を覚えて自在に使いこなせるようになることだ」
最後に英花がそうアドバイスして俺たちは別れた。
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