243 お願いされたけど
「あまり人騒がせな真似をするなよ」
「今回のことで、こりごりです」
最後に忠告を残して遠藤大尉たちは帰っていった。
「よりにもよって、あの男に注意されるとはな」
英花が不機嫌さを隠すことなくフンと鼻を鳴らした。
今回の件で借りを作ってしまったみたいで業腹なんだろうなぁ。
「嫌ならさっさと忘れるんだな」
「いや、今回のことは戒めにする」
仏頂面で英花が呟くように返事をした。
「へえ」
「戒めって、どんな感じにするのー?」
真利は何か縛りでもつけるのかと興味津々だ。
「戒めとは言ったが深い意味はない。教訓として忘れないようにするというだけのことだ」
だから禁を破ったとしてもペナルティなどはつけないだろう。
ストレスにはなるだろうけど、そのぐらいの方がいい。
ガチガチに制限をつけるとロクなことがないからね。
「あー、そうして轍を踏まないようにするってことねー」
なんにせよ、迂闊な真似をすると失敗することは学べたわけだ。
気をつけていたつもりが不充分だったこともね。
こういうのは勇者として異世界で活動していた頃には気にしなくて良かったことも影響しているんだろう。
「真利も当事者だってこと忘れるなよ」
「そだねー。少なくとも人気のない場所でないと派手にはできないかなー」
なんてことを話していると、遠巻きにして見ていた冒険者たちのうちの1人が仲間から押し出されるようにして近づいてきた。
抗議でもするつもりだろうか。
騒がせたのだから仕方あるまい。
「あのぅ、すみません」
俺たちの前まで来ると俺たちとそう年が変わらないように見える女性冒険者がボソボソした声で話しかけてきた。
「何か?」
少し前に出て応じたのは英花だ。
背が高いから威圧的に見えるかもしれないが、男の俺よりは話しやすかろうと思ってアイコンタクトで頼んだ結果である。
真利が初対面の他人相手にまともに喋ることができるはずもないので最初から選択肢には入れていない。
俺たちは少し後ろに下がった。
真利が他人からは怖く見えてしまう魔神様モードになっていたからね。
話しかけてきた相手は変な輩っぽくないし英花に任せて大丈夫だろう。
ならば相手を威圧しかねない魔神様は近くにいない方がいい。
「あのあのっ、はじめまして。私、えっと、ウィンドシーカーズの橘って言います」
名乗った冒険者女子はぺこりと頭を下げた。
そういや、俺たちはチーム名を保留にしてたよな。
そろそろ考えてもいいかもね。
いや、遅すぎるのか。
とはいえ、決めていないチームも結構多いらしいからどうしたものか。
悩ましいものだ。
「真尾だ。こっちは張井と明楽」
英花が紹介してくれたので軽く会釈する程度に頭を下げておく。
「それで何の用かな?」
礼儀知らずな輩ではなかったので英花の声音に険は乗っていない。
それでも橘と名乗った女性冒険者はビクッとした。
(涼ちゃん涼ちゃん)
コソコソと背中を丸めて俺にヒソヒソ話をしてくる真利。
(どうした?)
(あの女の子、私と同じかもしれない)
(は? どういうことだよ?)
(初めての相手に話しかけるのに必死になってる)
言われて橘を見てみると、確かに真利の言う通りだと思えた。
ガチガチに緊張しているのは体の強張りや表情を見れば明らかだ。
互いに名乗った後の英花は少しもプレッシャーをかけていないにもかかわらず、この調子なので対人恐怖症の気はありそうだ。
(だとしても、真利よりは軽症だな)
真利なら自己紹介どころか話しかけるのさえ無理だからね。
(うっ)
同類のしかも女子を見つけて嬉しかったのかもしれないが、それだけに己の重症ぶりを自覚させられてドヨーンと落ち込む真利だ。
なお、俺たちのやり取りの間に話が進展したりはしていない。
橘はずっと「えっと」とか「あの」などと懸命に喋ろうとしているばかりで本題を口にできずにいたのだ。
彼女の仲間の方を見ると、2人ほど胸の前で両手の拳を握りしめて力んでいる女子がいる。
同じチームの面子はこの2人のようだ。
残りは地元の仲間といったところか。
「我々も暇ではないのでね。用がないなら帰らせてもらう」
英花にしては柔らかい言い様だったと思うが相手にとってはそうではなかったようだ。
まあ、対人恐怖症ならテンパってるだろうし楽天的には考えられないか。
その結果が……
「お願いします!!」
冒険者事務所のフロア中に響き渡る声量で叫びつつ勢いのあるお辞儀というものであった。
ポニーテールにしている髪が大きく跳ねる。
最敬礼を通り越して体を折り曲げているが体幹が強いのかビクともしない。
おかげで英花は呆気にとられてポカンと口を開いてしまっていた。
「お願いと言われても何なのかサッパリなんだが?」
「えっと、あのっ」
また同じことの繰り返しになるのかと思ったが。
「私たちに稽古をつけてくださいっ」
体を折り曲げたままで、どうにか言い切った。
英花が視界に入らなくなったことで緊張が和らいだのかもしれない。
やはり身長差があるから何もしなくても威圧されているように感じていたのかもね。
こんなことなら俺が応対していた方が良かったか。
まあ、今さらだ。
それに異性が相手となると余計にダメダメになっていた恐れもある。
「悪いが、そういうのは受けないことにしているんだ」
「でもっ、大阪から来た人たちは特訓を受けていましたよねっ。あの人たちが話しているのを聞きましたっ」
「アイツらは身内だからな。君は他人だろう」
「そこを何とかっ。お願いします、真尾さん!」
「いや、だから──」
「おーい、英花」
再び断ろうとしていた英花に呼びかけると怪訝な表情で振り返った。
ちょいちょいと手招きをする。
「なんなんだ?」
訝しみながらも、こちらに来てくれた。
「あ……」
橘が不安げな表情で顔を上げこちらを見てくるが、今はスルーだ。
別に帰るわけじゃないんだから待ってもらおう。
(この状況は非常にマズい)
(だから断っているんじゃないか)
(修行の依頼が来た時点でダメなんだよ)
(なにっ?)
(前例ができると受けたかどうかに関係なく我も我もとなるに決まってる)
(だよねー。でも、どうするのー?)
(だから正式な依頼にしてしまおう)
(は?)
英花が訳がわからないという顔をする。
(そんなことをすれば依頼者が殺到するだけだろう)
(おいおい、ボランティアじゃなくて仕事にすると言ってるんだぞ)
(そっか。二の足を踏むような金額を請求すればいいんだ)
(それだけじゃダメだ。国とか企業がスポンサーになるような連中が押し寄せてくる)
(何の後ろ盾もないことを条件にして受講料は高くするということだな)
(条件に違反したら違約金だねー)
(当然だ。1人につき10億とかにしておけば、気軽に声をかけてくることもないだろ)
ゼロではないと思うが。
(受講料の方は高すぎるとクレーマーとか殺到しそうだよー?)
(そういう連中はどうせまともじゃないさ。すぐに問題を起こして連行されるだろ)
真利も英花も苦笑している。
クレーマーになるような連中がどういう輩かよくわかっている証拠だ。
(受講料ははとりあえず1人1週間で50万円くらいにしてみたらどうかなー。成果が出なかったり途中でやめたりしても返金しない条件で)
(まだ安いな。冒険者の中には貯蓄している者も多いと聞くぞ)
(問題はそれを放出するかどうかだな)
読んでくれてありがとう。
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