242 ちょっとだけ3層を見てきた
ブラッドブルの相手は素手でやってみた。
突進してくるブラッドブルの角を両手でつかんで止める。
少しばかり押し込められたが、履いている靴にスパイクとか打ち込んでいないからしょうがない。
いや、魔力操作でスパイクシューズのような状態にすれば良かったのか。
なんにせよブラッドブルの突進を止めた。
向こうはガシガシと地面を蹴っているが突進の勢いを失ったいま、再び走り出すことなどできるはずもない。
「あらよっと」
軽い掛け声と共に両手で持った角を車のハンドルを回すように回転させた。
太い首の筋肉で抵抗しようとしたようだけど、あまり抵抗は感じない。
ブラッドブルはあっさりと引っくり返り四肢が宙に浮いた。
足が地面から離れてしまえば踏ん張ることもできなくなる。
攻撃されても回避することはもちろん受けて防御することもままならなくなるのは言うまでもない。
背中から地面に落ちる前に膝蹴りを眉間に入れて終了となった。
俺以外の3人も終了している。
ちなみに皆も武器や魔法を使わずに仕留めていた。
英花は八極拳のように鋭い踏み込みから肘をブラッドブルの眉間に入れて。
2層で加減の仕方をマスターしていたから派手に頭部が飛び散ることがなくて良かったよ。
残りの2人も、その点は同様だった。
真利は突進をギリギリでかわしながら側面から掌底を撃ち込み。
それだけで突進の勢いが一気に失われ、ヨロヨロと数歩ばかり千鳥足で進んだかと思うと地面に崩れ落ちていた。
紬は前転しながらのかかと落としを背中に叩き込んで。
力尽くで突進を止めたって感じだな。
ブラッドブルは背骨がへし折れただけでなく地面に腹部を打ち付けていた。
「力加減は完璧だな」
「まだ体に馴染んだ気はしないがな」
「うん、意識してないとやり過ぎになっちゃいそうだよー」
「調整中」
俺の呼びかけに三者三様の答え方をする。
「ストイックだねえ」
ゆったりした動作で頭を振りながら感心するが、それ以上の話題が出てこない。
あまりにあっさりとブラッドブルを仕留めた結果だ。
仮に一撃で仕留め損ねていたとしても、ブラッドブルがまともに動けたとは思えないが。
その後は軽く探索して回った。
結論から言うと1層や2層で見かけた魔物も同時に発見。
そこから戦闘と相成った。
特に強くなっているとか数が多いなどといった強化はされていない。
だからこそ油断を生むと思った。
最初にブラッドブルが出てこなければ俺たちもどう考えていただろうか。
事前にミケからの報告があったので大丈夫だと思いたいところである。
「こういう分布の仕方は想定外だ。危険だな」
最初の遭遇がブラッドブルでなければ気もゆるんでしまう恐れがある。
特にダンジョン入り口からの距離が比較的短いため、そうなってしまうことは確率的に低くないだろう。
そこにブラッドブルと遭遇戦になったとしたら上級のベテラン冒険者といえど無事では済むまい。
「確かに狡猾と言わざるを得ないだろう」
英花も同じことを考えたみたいだな。
「私たちも何の情報もなく3層に下りてきていたら、どうなっていただろうねー」
真利がたらればを言い出した。
「最初の遭遇がブラッドブルなら、あまり変わらんだろ」
「そっかー。じゃあ、牛が2回目以降の遭遇だったら?」
真利が食い下がってくるが連続でたらればを言われてもなぁ。
際限なく続けられそうで辟易してしまう。
「油断した可能性は充分に考えられるってだけだな」
今の俺たちであれば、ブラッドブルの出現に驚くなり動揺するなりしても結果に大きな差は出ないはずだからね。
なお、俺の言葉の調子から面倒くさがっているのを感じ取ったのか真利はそれ以上は続けなかった。
ありがたい話だ。
「今日のところは、これで引き上げるか」
「えっ、もう!?」
真利が驚きの声を上げるが。
「最初に目立ってしまったからな。我々だと気付かれている恐れもあるし早めに引き上げた方が余計なトラブルにならずに済むだろう」
英花が冷静にそう告げた。
「とても早めとは言えないくらいの時間になってると思うがな」
「そうか。2層で潰した時間はそんなになるのか」
『申し訳ありませんニャー』
未だにションボリしたままのミケが再び謝ってきた。
引きずってるなぁ。
「とにかく、これ以上遅くなると外野から何を言われるかわかったもんじゃない」
「受付は大丈夫かなー」
「報告している冒険者がいれば注意くらいは受けることになるかもね」
「面倒なことをする輩がいないことを願うばかりだな」
「そう言うなって。ダンジョン内で異変があったときは報告しておかないと何が起きるかわからないだろ」
スタンピードの兆候だったり湧き部屋が解放されたりと厄介な問題がある訳だし。
報告ひとつで被害が減るなら、しない選択をする者も増えるだろう。
人には様々な思惑や事情があるので絶対ではないけれど。
で、ダンジョンから出ると遠藤大尉たちが待ち受けていた。
どうやら報告が上がったようだ。
「よお、待ってたぜ」
快活に挨拶をしてくる遠藤大尉だが、隣に並び立つ大川曹長の表情はいつもより険しい感じだ。
思った以上に深刻に受け止められてしまったようだな。
「ダンジョン内で爆走していたらしいじゃねえか」
爆走って……
人を車扱いしないでほしいものだ。
「確かに走りはしていましたけど、近所迷惑になるような音を立てた覚えはないですね」
「おっと、じゃあ激走と言い直そうか」
冗談めかしてはいるが、これは尋問だな。
「このところサボってたせいで鈍っていたから本気を出して感覚を取り戻していただけですよ」
まるで本気ではなかったけれど、こう言っておかないと余計な騒動が増えかねない。
「本気ねえ」
ニヤニヤと笑う遠藤大尉。
「そういうのは人気のない場所でやってください!」
大川曹長にはビシッと注意されてしまった。
「いや、すみませんね。感覚が鈍っていたので加減を間違えたみたいです」
加減を間違えていたのはウソではないので、これで押し通そう。
「次からは気をつけますよ」
「では、何か異変があったとかではないんですね」
早々に幕引きをしようとしてみたのだけど、大川曹長にブロックされてしまった。
「無いと思いますけど、何かありましたか?」
「それを貴方が言いますか」
呆れた視線を向けられてしまいましたよ?
こちらとしては下手に反論しても、さらなる追求から逃げきれるとは思えないので肩をすくめるしかない。
「魔物が大量発生したとかないのか?」
後ろに控えていた氷室准尉が聞いてきた。
「そんなのあったら先に報告しに戻ってきてますよ」
「それもそうか」
「他に異変はなかったのですか?」
大川曹長は簡単には諦めることなく追求してくる。
「魔物が大量に湧く以外の異変って何ですか?」
普通に返事をしても畳みかけてこられるような気がしたので逆に聞き返す。
「そっ、それは……」
言い淀むところを見ると何も考えてなかったのは見え見えだ。
ただただ追及するためだけの質問をされてもね。
「曹長、聞くだけ無駄だ」
「ですがっ」
遠藤大尉にそう言われても諦めようとしないのは勘弁してほしい。
「現に何も起きてないんだ。これ以上は無意味だぞ」
「わかり、ました」
渋々ではあるものの大川曹長もようやく了承してくれた。
次からはこういうことにならないよう気をつけないとね。
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