24 観察中
(抜刀だってさ)
(迷彩服でそれは似合わないと思うのだが)
英花も俺と同じ感想を抱いたようだ。
(あと密林で日本刀はどうなんだろうな)
あれだけの長さがあると振り回しにくい上に全員が同じ装備では同士討ちも考慮して戦わねばならないはずだ。
(それだけの研鑽を重ねてきたんじゃないか)
英花が擁護するように言ったが微妙なところだ。
(ヘンなんとか少尉なんて明らかに日本人じゃないぞ)
ヘルメットを被っていると遠目で見極めるのは難しかったんだよね。
(帰化しているようにも思えないしなぁ。そもそも何処の軍隊だ?)
(在日米軍とかいうのではないのか?)
(副官らしい曹長が日本人の名前だったじゃないか)
(自衛隊との混成部隊とか)
(装備が同じだから、それはないと思う)
とにかく何から何まで謎であった。
(一応は戦えているから、しばらく観察してもっと情報を得よう)
英花の言うように6人の迷彩服集団は同じ数のゾンビを相手に多少の苦戦はしながらも戦っていた。
木々の幹や枝が邪魔になっていて抜刀直後に抱いたとおりの展開になりつつある。
(レベル6相当が多いな)
(大沢曹長とかいう男はレベル7ぐらいじゃないか)
(いや、レベル6だろう。剣道の心得があるだけだと思う)
一人だけ突きを主体にゾンビの接近を許さぬように立ち回る大沢曹長は動きが洗練されている。
他の迷彩服たちは距離を取るために転がったりもしており戦い方が泥臭い。
(なるほど。技術でステータスを底上げしているのか)
(あの中で一番強いのは少尉殿だけどさ)
日本刀の扱いは剣術をかじったとすら思えないものだったが、どこか訓練を受けた精鋭を思わせる動きをしていた。
(ああ、それはわかる。ゾンビが相手じゃなかったら何体かはすでに仕留めているだろうな)
部下のフォローを主眼に置いているらしく動き回っていた。
どうやらゾンビの脚を潰しているようだ。
(面倒なことをする隊長ですニャ)
それまで口を挟むことがなかったミケが会話に入ってきた。
迷彩服の集団を観察することに飽きてきたのだろう。
要するに見るべきところはないと言いたい訳だ。
(あんなことをしている暇があったら1体でも多く仕留めた方が早く終わりますニャ)
(確かにそれだけの腕はありそうだ)
英花もミケの意見に同意している。
(あの少尉は怪我人を出したくないんだろう)
ゾンビはトロいがタフだから一撃必殺でないと思わぬ反撃をもらうことがある。
それをさせないためには曹長のようにヒット&アウェイを繰り返すのもひとつの正解だ。
あるいは脚を片方潰して間合いに踏み込みにくくなるようにすれば同じような効果を得ることができる。
(ゾンビの駆除が目的じゃないのですかニャ)
(それにしては1部隊だけというのはおかしいだろう)
英花の言う通りだ。
(それじゃあ何が目的ですかニャ)
(偵察だろう)
英花はそう言ったが、その見立ては短絡的すぎやしないだろうか。
(それならゾンビどもと積極的に戦う意味があるか?)
たとえ出会い頭で遭遇戦になったのだとしても奴らの索敵範囲から出て迂回する選択肢もあったはずだ。
(威力偵察ならありなんじゃないか)
そうは言ったものの英花も自信なさげで確信を持っている風には見えない。
(ひとつ確認するが異世界召喚の代償って召喚の直後からなんだろう?)
(最終的には魔王の呪いがトドメを刺す格好になるが、そうだな)
自分でそう言って英花は腑に落ちたという顔をした。
(涼成が召喚された直後にはダンジョンはできていたのだから威力偵察などすでに終わっていると)
(だとすると彼らがここに来た理由は何ですかニャ?)
(何か異変があって調査に来たとかじゃないか)
彼らの戦いぶりからして訓練って感じじゃないし。
(それで異変の原因を突き止めるべく奥まで侵入する必要がある)
敵を倒さずに進んでしまうと囲まれる恐れもあるからな。
リポップはするが時間がかかるし減らしながらの方が安全性は高いと判断したと考えられる。
それが正しいかは彼らの戦いぶりからすると何とも言えないが。
(異変、か……)
英花がそのことを気にするように口にした。
俺たちは3人で顔を見合わせる。
(思い当たる節しかないよな)
魔力の変化を感知する術があるという前提での話にはなるが。
(ああ。政府が動くのもわからなくはない)
英花も同意する。
迷彩服の集団の正体がイマイチつかみきれないが民間人でないのは明らかだ。
ならば独自の判断で動くことはない。
(俺たちの異世界転移か守護者の討伐か)
異世界転移は魔力に大きな揺らぎがある。
守護者を撃破するだけでもダンジョン中枢付近の魔力がゴソッと減るけど、異世界転移ほど魔力は動かないか。
(転移による魔力の揺らぎなんてなんて一瞬だろう)
英花は俺が有力候補だと思った方すら否定した。
(じゃあ、ミケの召喚とか)
(それはあるかもな。儀式魔法で時間をかけて魔力を大量に蓄積させた訳だし)
だが、決め手に欠ける気もする。
もっと大きな変化というと……
(ダンジョンコアの掌握後にこのフィールドダンジョンの構成をガラッと変えたことの方が可能性として高くないか?)
というか、むしろこれのような気がする。
ダンジョンの魔改造はミケの召喚以上に魔力が動いたし相応に時間を要したからね。
(確かにな)
(もしかして俺たち、かなり注目されてるか?)
(どうだろうな。けれど、そう思っておいた方が良さそうだ)
(その割に人が少ないのは何故なんでしょうニャ)
ミケが言うように疑問がわくが、答えは導き出せそうにない。
そう思っていたのだが……
(それこそ勇者召喚の代償だろう)
英花は断言した。
(我々が思っている以上に、この世界は危機に瀕しているかもしれないぞ)
(つまり、どういうことですかニャ)
ミケが小首をかしげている。
(人口が激減している恐れがあるということだ)
人手が足りないから部隊もほとんど送り込めない、か。
荒唐無稽とは言えないのが笑えない話だ。
(それどころか滅亡している国もあるだろうな)
あまり考えたくないことだが、英花の推測通りになっていると思って覚悟はしておいた方がいいかもしれない。
下手をすると日本もよその国に統治されていることだって考えられる。
戦闘をしていた部隊長である少尉も外国人の名前だったし。
そうだ。戦闘は終わっている。
怪我人はいないようだ。
ただし疲労の色が濃い者が多く今回はそのまま休憩するようだ。
(撤退しないのか)
あれだけ苦戦しておいて無謀にも程がある。
奥に入れば入るほどゾンビの数は増える上に帰る際の見極めが困難になるというのに。
俺たちのように転移で移動できる訳じゃないんだ。
彼らの体力や食料の残りなどで判断するとしてもなぁ。
安全マージンをどれだけ確保するかが生き残りの鍵になるだろう。
(何処まで入ってくるつもりだ?)
英花も同じことを考えていたようで、そんなことを聞いてきた。
(行けるところまでだろう)
迷彩服の集団には何処か強引さと危うさを感じるのだ。
(それが事実なら無謀だな)
同感だが、それを止める術は俺たちにはない。
(彼らと接触しますかニャ)
(やめておこう)
(即答だな)
(向こうは民間人じゃないからな。万が一にも敵と判断されたら面倒だ)
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