232 弱体化しても
ラトンビーストにはついぞ遭遇することなくとうとうボス部屋の前まで来てしまった。
「嫌な感じだねー」
3層に下りた時点では楽観的だった真利も、ここに来て嫌な雰囲気を感じ取っている。
「そりゃあ、この悪趣味な扉のせいだろ」
九尾の狐が目の前に立ちはだかるように鎮座する巨大な扉を見上げてフンと鼻を鳴らした。
扉の表面に掘り込まれたアンデッドの軍団は確かに悪趣味だと思う。
最下層にドラゴンゾンビを配して無数の骸と幽鬼が上に行くほどひしめき合っている。
そんな絵だ。
頂点に立つ存在が最も下に来るのはダンジョンならではと言えるかもしれないが。
「雰囲気に飲まれてどうするのだ。こんなもの警告を兼ねた脅しにすぎないだろう」
英花が真利に発破をかける。
そうは言うが警告の意味合いはあったとしても限りなく薄いと思う。
脅しより威圧が目的だろうからね。
プレッシャーをかけておいて中に入ってきたら硬さの残る間に確実に殲滅する。
俺にはそういう意図が透けて見えた。
脅しの場合は引き返せという意味もあるはずだが、帰りも地獄だと言わんばかりの絵からはそういう選択を許さない雰囲気が感じられる。
いずれにせよ向こうはオーバーキルも辞さないのだけは確かだ。
でなきゃ、この程度の広さでここまでのボスを配置されていることは滅多にないからね。
滅多にどころか初めてと言っていいかもしれない。
なにせフィールドダンジョンにしか出ない大物を無理やりダンジョン内に押し込めている。
無理をしているせいで龍たちから奪い取った地脈を利用しても雑魚は数を集めるのがやっとの状態だし。
「何だったら別の絵に変えるか?」
英花に発破をかけられても浮かない顔のままな真利を見て九尾の狐が皮肉な笑みを浮かべつつもそう問いかける。
それはチョイ悪オヤジ風の態度をとり続ける九尾の狐にしては優しい言葉だった。
「ううん、ありがと」
「へっ、こんくれえのことで礼とか言ってんじゃねえよ」
そっぽを向く九尾の狐だが、尻尾はフリフリと振られている。
口と内心が見事なまでに一致していない。
実は照れ屋でもあるみたいだな。
「皆、準備はいいか?」
めいめいから了承の返事があった。
真利も改めて気合いを入れ直したようだ。
誰も士気を落としてはいない。
ならば中に入ってドラゴンゾンビを倒すまで。
俺は扉に手をかけた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
ある意味、予想外であった。
ドラゴンゾンビとの戦闘が始まって間もなくから手応えのなさを感じることになったせいだ。
九尾の狐が風刃を放つといとも容易くドラゴンゾンビの体が切り刻まれる。
想定以上に脆い。
だからといって接近戦が仕掛けられるほど甘い相手ではないのだが。
間合いに踏み込もうとするとムチのようにしなる尻尾が振るわれる。
高速かつ変幻自在。
迂闊に近づこうものなら、まともに食らいかねない。
そうなれば、どれほどのダメージを受けることになるのか。
骨は粉々で内臓も無事では済まないだろう。
いや、人としての原形を保てるかも怪しいところだ。
今回のためにと用意した防具など焼け石に水みたいなものである。
牽制するように飛ばしてくる鱗もドラゴンゾンビならではの攻撃だ。
コントロールは悪いが、ショットガンのように何枚も飛ばしてくるので侮れない。
これも当たればヤバそうだ。
俺たちの防具に関しては保険のようなものだから納得はしているのだが、問題は攻撃だ。
飛び道具か魔法でしか攻撃できないために攻めあぐねている。
これも予想外。
しかしながら、最大の誤算は……
「なんで切り落とした腕がくっつくんだよ!」
九尾の狐がドラゴンゾンビの腕を風刃で切り落としたと喜んでいたら、落ちた腕が磁石で引き寄せられるように切断面に戻り何事もなかったかのように接合したのだ。
これでは再生しているのと変わらない。
「腐った体のおかげで攻撃は容易く通るが、あれでは容易には倒せんぞ」
英花も歯噛みしている。
「鉄球もめり込んだと思ったら元に戻ってるよ」
コンパクトボウで攻撃していた真利からの報告はさらに俺たちを戦慄させた。
「ゾンビのくせに再生までするのか!?」
現に風刃で切り刻んだはずの部分もいつの間にか傷口が消えている。
ということは鱗のショットガン攻撃も尽きることがない訳だ。
「どうやらただのゾンビじゃなさそうだな」
ダンジョンコアによって魔改造されているといったところか。
それがわかったところで攻略法に結びつくわけではないのが腹立たしい。
「このままだと魔力切れで撤退しなきゃならなくなるよー」
真利が嘆いているが、果たして向こうはそれを許してくれるかな。
「おっと」
ドラゴンゾンビが足下の瓦礫を蹴り飛ばしてきたのをかわす。
結構な勢いで壁面に当たっても粉砕しないのが威力を物語っているのでね。
割と大きいものもあって防御した場合はガードごと吹き飛ばされる恐れがある。
この攻撃も油断ならない上に結構な頻度で繰り出してくる。
瓦礫はすぐに無くなりそうなものだけど何故か奴の足下に戻っていくんだよな。
「あの瓦礫も奴の一部だとか言わないよな」
思わずそんな風にぼやいてしまう。
「まさか。そんなことある訳ないだろ」
九尾の狐によってバッサリ切り落とすように言われてしまった。
「じゃあ、あの瓦礫は何なのさ」
「知らん」
飛んで来る鱗をかわしながら言い合いになる。
「とにかく何とか突破口を見つけないと長期戦は不利だ」
龍たちの浄化によってドラゴンゾンビが弱体化しているからこその今の状態のはずだからね。
もしも、このまま長引いて龍たちが浄化を続けられなくなったらどうなるか。
ドラゴンゾンビを魔法で傷つけることすら困難になるかもしれない。
攻撃パターンも増える恐れがある。
非常にマズい。
「こりゃあ背後に回り込んで接近戦に持ち込むしかないか」
それで倒すことができるとは思っちゃいないが、近くで観察できれば魔石の位置がわかるかもしれない。
そこを一点突破で攻撃することができれば……
「無理みたいだぞ」
九尾の狐が不機嫌そうに言ってきた。
その視線の先を見れば、同じことを考えたらしい烏天狗たちが後ろに回り込んで接近を試みていたのだが。
もう少しというところで尻尾が激しく振るわれる。
「うおっ!」
正確で落雷を思わせるかのような素早い攻撃に烏天狗たちも下がらざるを得ない。
こっちが声を出してしまったほどだ。
「シャレになってないよな」
ボヤく九尾の狐は、こうなることを予見していたかのようだ。
「カラスの奴らが後ろに回り込もうとした時点で奴が何か気付いた素振りを見せていたからな」
ということらしい。
「だとしても後ろに目があるみたいに攻撃できるものなのか?」
飛んで来る瓦礫をかわしながら問う。
「人間には無理でも竜にはできるんだろ」
そう言われると返す言葉がない。
こういう時は異世界での経験が不足していると痛感させられる。
ドラゴン相手に戦ったのは準備万端整えてからだったので正面からしか戦ってないんだよね。
死角のあるなしなんて気にしたことなかったよ。
そういや、人間の視野角は半円程度だけど馬はかなり後方まで見えると聞いたことがある。
ドラゴンであれば、真後ろが見えていたとしても不思議ではないかもね。
読んでくれてありがとう。
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