23 何者だ?
試作型メイドゴーレム1号が完成したのはダンジョン攻略が完了して2週間は後のことだった。
ずっと爺ちゃんの家にこもりっぱなしで朝から晩までゴーレム製作にかかりきりでなければ、もっと時間がかかったことだろう。
「うーん」
完成した1号を前に英花が渋い表情をしている。
等身大ドールとして見ても完成度が高いと思うんだけどな。
英花のデザイン通りだし素材が木製とは到底思えない仕上がりで人形特有の不気味さも感じられない。
まあ、髪の毛は木では再現できなかったので塗装で誤魔化しているのは仕方ないと思う。
「仮の完成なんだから、今は気になる部分も大目に見ようぜ」
「仕方ないか。音声出力は欲しかったんだが」
「そうは言うけど、音声サンプリングは拒否したじゃないか」
「当然だ。自分の声で喋られたら涼成も嫌だろう」
「それ以前にメイドが男の声とか想像したくない」
「じゃあ1号が執事だったら、どうなんだ」
「加工はするかな」
「私は加工されても嫌だ」
「だったら外でサンプリングしてくるしかないよな」
ダンジョン内には外からの電波が届かないのはテレビで確認済みだ。
当然ネットもできない。
爺ちゃんの家には固定電話以外の通信手段がないけどね。
その電話にしたって外部と繋がってはいないし。
「ようやくお出かけですかニャン」
それまで縁側で退屈そうに丸まっていたミケが起き上がって大きく伸びをしたかと思うと俺たちの元にゆっくり歩いてきた。
1号製作中は猫の手も借りたい状況ではあったけどミケにできることがなかったからか期待のこもった目をしている。
「ミケが散歩を所望しているな」
英花も苦笑しているところを見るとウズウズしたミケの様子が手に取るようにわかるのだろう。
「いいんじゃないかな。ただ、いきなり外に出るのはなしの方向で」
「了解した。そういう意味でもミケを連れていかないとね」
「お仕事ですかニャ」
俺の言葉を受けてミケはビシッと直立した。
「そうだけど、外で猫らしくない真似は勘弁してくれよ」
「アイアイサー!」
直立姿勢のまま敬礼をするミケ。
何処でそういうのを覚えてくるんだろうね。
「そういうのは外では勘弁してくれよ」
「まったくだ。猫らしく振る舞ってくれないと目立ってしょうがないじゃないか」
「イエッサー!」
ホントにわかってんのかね。
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転移魔法でフィールドダンジョンの外周近くまで飛んで来た。
千里眼スキルを使ってダンジョンに侵入してきている者がいないか確認し転移ポイントを決めたので不意の遭遇もない。
ただ、外周近くと言っても徒歩で外に出るとなると数時間はかかるだろう。
外から入ってきた者たちなら、ここまで入ってくるのに半日以上はかかるんじゃないかな。
襲いかかってくるゾンビを殲滅しつつ奥へ侵入するのは楽ではないはずだ。
にもかかわらず迷彩服を着てヘルメットを被り背嚢を背負った数名の集団がいる。
でなければ、もっと外に近い場所に転移していたさ。
(何者だろうな)
向こうからは聞かれないように声を潜めて英花に聞いてみた。
(日本軍じゃないか?)
(こっちの日本じゃ日本軍は解体されて自衛隊が発足したって言ったろ)
(おっと、そうだった)
用心のために歴史の違いについて英花と話し合っていたんだがな。
とはいえ、そう簡単に染みついた知識を修正することはできないか。
そうなるとダンジョンの外に出たときにボロを出さないか心配だ。
英花が異世界の日本人だとバレたとして何がどうなるかは不明だけれど。
(まあ、英花が自衛隊だと言いたいのはわかった)
(他は在日米軍とかいう連中か)
そちらも考慮しないといけないか。
(その割に装備が微妙なんだよな)
(確かに軍隊にしては銃器を持っていないな)
少なくとも5.56mm弾を使用する自動小銃は携えているようには見えない。
(拳銃くらいは持っているかもしれないが)
自動小銃はそれなりの大きさになるから携行しているなら遠目でもわかるはずだ。
(それは間近で見ないとわからないんじゃないかな)
英花の言う通りだ。
千里眼を飛ばせば確認できるとは思うけど、それは避けた方が無難だろう。
というのも……
(涼成、連中がゾンビと接触しそうだぞ)
このあたりにはゾンビがかなりうろついているからな。
侵入者に発見されたくはないので周辺警戒を怠る訳にはいかないのだ。
(様子を見よう。装備も確認できるだろう)
(やられそうなときはどうする?)
(陰から魔法で)
(了解した)
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「ヘンドリック少尉、敵です」
報告してきた大沢曹長に見りゃわかると言いそうになったが、どうにか飲み込んでおいた。
特殊帰化法により試験に合格して日本の自衛軍に所属できるチャンスを得たのだ。
試用期間中に問題を起こして国外追放処分は受けたくない。
ステイツじゃ海兵隊の特務部隊に所属していたが無神経な上官に意見したせいで首になったのだから慎重にもなる。
今となっては死んだ部下の分くらいは拳で語っておけば良かったと後悔もしているが。
「分隊総員、戦闘準備」
背嚢を地面に置き前に出る。
「抜刀っ」
腰に携えた日本刀を抜き放つと部下たちもそれに続き次々と剣を抜いた。
日本に来てゾンビ相手にチャンバラをすることになるとは半年前の俺には想像もつかなかったことだ。
日本のアニメのストーリーみたいで最初はちょっとワクワクしたのは内緒だ。
祖国での対ゾンビ観はトリガーハッピー的でゲームのそれに近いからなぁ。
アレはアレで悪くはないんだが実際は銃の弾1発でゾンビが仕留められるなんてことはない。
剣で首チョンパした方が効率的なのだ。
バールや鉄パイプで頭をかち割るのでもいいが、剣で斬るよりもさらにグロテスクな状態を披露することになるのでオススメはしない。
森の中をドテドテと腐汁をまき散らしながら走ってくるゾンビの一団。
敵を視認してから結構な時間が経過しているものの未だに剣の間合いには到達していない。
ハッキリ言って鈍重だ。
これなら容易に退避できるだろう。
ただし、逃げることは職務遂行上できない。
我々の目的はこのフィールドダンジョンで大きな魔力の揺らぎがあった原因の調査だからな。
保有する装備で調査しながら進めるところまで進み報告を上げる義務がある。
敵が出現したので撤退しましたなんてのは許されないのだ。
再編前の自衛隊であれば話は別だったのかもしれない。
しかしながら自衛軍となった今、よりシビアな任務を遂行することが要求されている。
ここで殉職者が出たとしても上官である俺の責任は問われないという言質も上官から得ているので職務上の憂いはない。
誰も死なせるつもりはないけどな。
ただ、もっと人員を増やしてほしいとは思う。
調査チームが海軍から派遣された我々の分隊6名のみというのは心許ないにも程がある。
しかしながら4年前のダンジョン異変以降は何処の国も人手不足なため叶わぬ願いではあるだろう。
日本はまだ恵まれている方だ。
ユーラシア大陸の東側は4年前の時点で完膚なきまでに壊滅し難民すら出ないほどの極限状態となったのだし。
日本が島国でなかったら、どうなっていたことか。
さて、地獄の亡者どもが迫ってきたな。
内心で愚痴を言う時間はおしまいだ。
「抜かるなよ! 死んだら許さんからなっ」
ナンセンスなジョークに笑う者はいないが肩の力は抜けたと思いたいところだ。
部下に死なれるのは二度とゴメンだ。
読んでくれてありがとう。
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