229 臭い対策あります
「現場にたずさわる者の経験から来る言葉はおろそかにできぬな」
「勘じゃなかったんだね」
青龍は感心しているようだけど、半分は勘みたいなものですよ?
根拠を論理的に示せと言われても無理だからね。
それでも自信を持って芦ノ湖ダンジョンでスタンピードはないと断言できる。
「だがしかし、骸の竜の相手は厳しかろう。これを何とする」
「ヒントをくれたじゃないですか。先にダンジョン丸ごと浄化してしまえばいいんですよ」
「いかに人間の中では飛び抜けた強者であるとはいえ、人の身ではアレを弱体化させるほど浄化することなどできぬよ」
「そうだね。腐っても竜種だし地脈を使って対抗してくるだろうし」
金竜も青龍も過保護というか見くびられているというか、複雑な心境である。
「誰も俺たちが浄化するなんて言ってませんよ」
「そこで猿田彦くんか」
「考えたものだね。でも、遠隔でとなると厳しいかな。こっちに来るとは思えないし、どうするつもりなんだろう」
それは俺にもわからない。
が、信頼して偵察を任されたのだから俺たちも信頼を返すのが礼儀というものだろう。
「そういう訳なんで一旦戻って報告してきます。元々、偵察してくるという約束でしたからね」
「そうだな。猿田彦くんの考えを聞くまでは下手に動くのは良くないか」
「だね。どうするつもりなのか聞いておかないと」
青龍も金竜の意見に賛同したので、ここを離れても暴走することはないだろう。
という訳で日枝神社に戻ることにしたよ。
行きに開いてもらった道は閉じてしまったけどマーキングしてあるから転移できる。
神域だと領域の主の許可がないことには無理だけど。
今回は猿田彦命に依頼を受けているから大丈夫だ。
「お帰りー。どうだった?」
帰って来るなり報告を求められた。
そんなに急かさなくてもとは思ったけど友達が心配だからこそだと思い直し、報告を始める。
九頭龍神社で龍たちにしたのとほぼ同じ形式でね。
差があるとすればミケを見習って俺たちの戦闘シーンをダイジェスト版にしたくらいかな。
「嫌な感じに熟成されているね」
報告が終わった後の猿田彦命が発した第一声がこれだった。
「それで青龍くんと金竜くんは、どんな反応だった?」
「かなり焦っていましたよ。今にもスタンピードが起きるんじゃないかって」
「なるほど。芦ノ湖を人質に取られているようなものだから無理ないかな」
客観的に見ることができているのは、さすがというか当然なのか。
「それにしてもドラゴンゾンビとは頭の痛いものを配置してくれたものだね」
強い上に臭いというのは反則だと思う。
「よそでレベルアップして挑もうかとも思ったんですが、そうするのは難しいと判断しました」
「そうだね。あまり時間がかかると青龍くんたちは痺れを切らして無茶をしかねない」
「箱根神社の主祭神にお願いして浄化してもらうとは言ってましたが」
「それなら心配ないね」
「一応、待ってもらってます」
「ああ、こちらへの配慮をしてくれた訳か」
猿田彦命が苦笑する。
「僕としても向こうの神域に介入することになるから、とやかく言うつもりはないんだけど」
そうだった。
頼まれたとはいえ、現場は箱根神社の領域だからこちらが気を遣うべきなんだよね。
「向こうには話を通してあるから大丈夫だよ」
俺の表情を見て猿田彦命がそう言ってくれた。
「では、やはり俺たちが現場に突入してダンジョンを攻略することになりますか」
「最終的にはそうしてもらおうと思っているんだけど構わないかな」
依頼を引き受けたはずの俺たちに確認を取ってくるのはドラゴンゾンビが守護者だからだろう。
今のままだと勝ち目ゼロだもんな。
一応、レベルアップ以外の勝ち筋も考えてはいるけど戦力不足は否めないのも事実。
それでも断るという選択肢は俺の中にはない。
英花と真利の2人を見るも拒否など毛頭考えていないと言わんばかりの力強い目で見返されてしまった。
「もちろんですよ。最善を尽くします」
「ありがとう」
礼を言われるほどのことではないと思うのだけど悪い気はしない。
「では、九ちゃん」
「へーい」
猿田彦命に呼ばれた九尾の狐がトコトコと脇まで歩いてきて座る。
「お呼びですかい」
「涼成くんたちに手を貸してあげてほしいんだ」
「えーっ、鼻が死ぬほど臭い奴の調伏は勘弁願いたいんですがねえ」
ダルそうな口調で不満たらたらの割に眼光を鋭くさせつつ尻尾もリズミカルに振られている。
どう見てもやる気満々のようにしか見えないんですが?
猿田彦命もそれがわかっているのか吹き出しそうになるのを堪えて肩を震わせていた。
「頼むよ。臭いの方はこれでどうだい?」
そう言って猿田彦命が軽く指を振るうとビー玉くらいの光の球がいくつか生じ、ひとつは九尾の狐に残りは俺たちに飛んで来て体の中に吸い込まれるように消えていった。
「しょうがねえなぁ」
九尾の狐は納得顔だが俺にはサッパリだ。
英花や真利の方を見たが、2人も俺と同じで困惑している。
悪いものではないというのはわかるのだけど……
「何です、今の?」
そんな訳で聞いてみた。
「清浄の加護だよ。悪しき竜を調伏するまでの期間限定だけどね。その分、効果は高いから汚れは気にしなくて大丈夫」
「それは心強いですね」
「他にも穢れた息吹の毒を消してしまう効果もあるよ」
「それはスゴい」
これでドラゴンゾンビ対策はバッチリとまではいかないが、大きな負担がふたつも減ったのは本当にありがたい。
「何から何までありがとうございます」
「ありがとうございます」
「えと、ありがとうございます」
3人で礼を言ったのだけど。
「君たちだけで大丈夫なのかい?」
何故か猿田彦命からそんな風に聞かれてしまった。
思わず英花や真利と顔を見合わせる。
何のことを言われたのか見当がつかなかったからだ。
「英花くんは眷属持ちだろう」
「ミケのことですか?」
英花は自信なさげに疑問形で答えた。
それもそのはず。ミケは戦力として見ていないからである。
同行はするけど戦闘中は霊体化して退避するのでゾンビの汚物を被る心配がない。
仮に実体化しているときに出会い頭などで被ったのだとしても、霊体化すれば汚物は残らないため平気なのだ。
「そうじゃなくて眷属を召喚できるよね」
だが、猿田彦命はミケではないと言う。
そこまで言われてようやく誰のことかわかった。
魔王の固有スキルであるが故に英花しか使えない眷属召喚で呼び出す相手は1人しかいない。
「「「紬だ」」」
そう。真利の屋敷の警備担当にして狼と獣人の姿を持つ精霊コルンムーメの紬である。
言い訳がましいが失念していた訳ではない。
狼の精霊故に臭いの影響から戦力にならないと考え早い段階で除外していたのだ。
しかしながら清浄の加護を受けられるのであるなら話は変わってくる。
さっそく英花が紬を召喚した。
もちろん猿田彦命に許可を得ての話だ。
呼び出された紬も何処に召喚されたのか理解しており──
「精霊コルンムーメ。名は稲穂紬です」
言葉少なに自己紹介してひざまずいた。
「あー、そういう堅苦しいのいいから楽にしてね」
そう言われた紬は特に遠慮することもなくコクリとうなずいて立った。
豪胆だよな。俺には真似できそうにない。
なんにせよ軽く事情を説明して紬にも清浄の加護が与えられた。
読んでくれてありがとう。
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