226 白い靄
ダンジョンに突入して間もなく襲いかかってきたのはファントムの集団であった。
ファントムは白い靄のような実体を持たない霊体型のアンデッドだ。
触れられると生命エネルギーを吸収するエナジードレインを仕掛けてくる。
その上、通常の物理攻撃が通用しないため一般の冒険者たちにとっては厄介な相手だと思う。
もっとも魔力を制御できるなら武器にまとわせたりして攻撃することでダメージを与えられるんだけど。
フワフワと飛び回って鬱陶しいけど倒すこと自体は難しくなかった。
ゴーストのように炎が弱点なら火属性の魔法で一網打尽にできたのだが、そう都合良くはいかない。
攻撃がかすっただけでも大ダメージを負っていたので耐久力はレイスの方があると思う。
数は力だと宣った厳つい顔のオッサンがいたが、それも程度問題。
今の俺たちの敵ではない。
あまりに数が多くて数える気にもなれないくらいだったので多少時間はかかったけれどファントムの集団はすべて倒した。
「ここのダンジョンコアは何を考えているんだろうねー」
辟易したといった様子で肩を落としながら真利が言った。
「陰湿な奴であるのは間違いなさそうだ」
英花も真利ほどではないが、ウンザリした顔で応じている。
「そっか。だからアンデッドの巣窟になるんだー」
嫌みを言っても誰もいないのでは届きはしないだろう。
それでも言いたくなるくらいの陰湿さがあった。
まず、普通の入り口がない。
ダンジョン内でよく見る隠し階段の入り口バージョンである。
しかも芦ノ湖の湖底に入り口があった。
ここで絶対に誰にも攻略させるものかという意思を感じた。
俺たちがどうやって芦ノ湖ダンジョンの入り口を発見できたかというと、九頭龍神社の龍たちに教えてもらったからだ。
「入り口は湖の底なんだよね」
「おまけに隠されておるから普通に潜っただけでは見つからぬ」
「それってダンジョンを維持するつもりあるのか?」
「ダンジョンコアが何を意図しているのかは知らないが、地脈からエネルギー供給しているとしか思えないな」
英花も首をかしげている。
人を招き寄せて魔物と戦わせることで放出される生命エネルギーはダンジョンコアにとって最大の供給源だからだ。
それを端から放棄するなど普通は考えられない。
誤解のないように言っておくと、ダンジョンが魔物を生成したりするのは地脈などから得られるエネルギーだ。
が、ダンジョンコアはこれを受け付けづらい性質がある。
利用することは可能だけど効率が異常に悪い。
生命エネルギーと地脈などからのエネルギー吸収効率を比較した場合、何万倍も差が出てしまう。
ダンジョンコアが吸収できないものを無理やり吸収可能なように変換しているからだという説があるが真偽のほどは定かではない。
わかりやすく言えばダンジョンは工場でダンジョンコアは工場長といったところか。
あまり上手い例えとは言えないかもしれないけど必要とするエネルギーが違うということだけは確かだ。
「どういうこと?」
ダンジョンコアのエネルギー供給がどう行われているかを知らない真利が首をかしげている。
「なんだか普通じゃないみたいだね」
青龍も不思議そうにしている。
金竜も何も言いはしなかったが事情を知りたげにそわそわしていた。
もちろん、どういうことかは説明したよ。
「もしや地脈の支配権を何がなんでも手放したくなくて侵入できないようにしているとかだろうか?」
金竜がそんな推測をしたが、おそらくはそうなんだろう。
別の事情がないとは断言できないけれど。
「なんにせよ、中に入って確認しなければわからないな」
「でも、どうやって湖底まで潜るのー? ダンジョンに入る前にずぶ濡れになっちゃうよ」
「結界で防ぎつつだな。ダンジョンの中に入ってしまえば濡れる心配もないはずだ」
ダンジョンは通常空間から切り離された存在だからね。
中まで水で埋め尽くされているなら話は別だけど。
で、結果は予想通りだったわけだ。
結界で水を防ぎつつ幻影の魔法で目撃されないようにして湖底まで行き、隠し入り口を発見して中に突入。
後は通常のダンジョンとなんら変わりはなかった。
ただし、歓迎してくれた魔物はアンデッドだったけどね。
ここにはアンデッドしかいないんだと思うと気が重い。
「さて、大歓迎を受けたわけだけど」
どう思うかと英花と真利の2人に目で問いかける。
「待ち伏せされたって感じじゃなかったと思うけどー」
「それにしては数が多かったのが気になる」
「もう少し先に進んで様子を見てみないとダメか」
「そうだな。偵察と言うには派手に戦ってしまったが、まだ何もわからないに等しい」
確かに。確認できたのはアンデッドの巣窟という事前情報が間違ってなさそうなことくらいだ。
「威力偵察だと思えばいいんじゃないかなー」
そういう考え方もできるか。
けれども派手にやりすぎて気がつけばボス部屋の前でしたなんてことにならないように注意しないとな。
となると、何処まで進むべきかを判断する必要がある。
「ミケ」
「待ってましたニャーン! お呼びとあらば即参上ですニャン」
待ちかねたとばかりにシュバッと目の前に現れるミケ。
「敵の分布の確認とこの階層で終わりかどうかを見てきてくれないか」
「了解ですニャ!」
返事をしたミケは毎度のごとく一瞬で姿を消した。
「この階層で終わりだと思うのか、涼成?」
「さて、どうだろうね。どちらであれ面倒な気はする」
「えー!? すぐに終わる方が楽なんじゃないのー?」
真利は目を丸くさせて驚いている。
「狭い場所にアンデッドが密な状態でいるところを想像してみろって。しかも、それがゾンビだった日には……」
自分で言っておきながら、あまりの嫌悪感にブルッと身震いしてしまう。
「涼成、嫌なことを想像させるな」
真っ先に英花からクレームが来た。
俺と一緒にさんざん嫌な思いをしたのだから無理もない。
一方で真利は少しばかり嫌そうな顔をするだけだ。
実体験の差は大きいんだな。
「そりゃ、すまないな。だが、想定はしておかないと痛い目を見るぞ」
「確かに。鼻が曲がるのは嫌だな」
「そんなにスゴいの?」
「倒せば倒すほど臭いが染みつく」
「過密状態でゾンビがいると臭いまで気にしていられないが、戦い終わった後が悲惨だ」
「そうなんだー」
真利はいまひとつピンときていないらしい。
深刻に受け止めている俺たちとは確実に温度差があった。
「ここがそうでないことを願うばかりだよ」
「階層が多いとそうならない?」
「魔物もある程度は分散するだろうからな」
「あ、そっかー。休む間もなく襲いかかられると大変だよねー」
真利は絶対にわかっていないな。
実際にゾンビの群れと対峙するまでは実感が湧かないとは思うけど。
「とにかくミケが帰ってくるまで近場だけでもマッピングしておこう」
敵の襲撃頻度や数からわかることもあるはずだと提案してみたが反対はされなかった。
入り口付近を転移用にマーキングしてからダンジョン内を探索していく。
それなりに歩いても敵は出てこなかった。
「1回の襲撃で出せるだけのファントムを出してきたかな」
「かもしれん。ここは他のダンジョンと毛色が違うな」
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