224 依頼の内容は
嫌な予感ほどよく当たるのは何故なんだろう。
思わず現実逃避してしまった。
猿田彦命から依頼を受けたのは予想通りだったので良しとしよう。
これくらいは、まったく嫌な予感には該当しない。
問題は依頼内容だ。
「龍を助けてほしいってどういうことですか!?」
異世界で実際にドラゴンと対峙してきたから、どれほどの存在かはわかっているつもりだ。
異世界のドラゴンとこちらの龍では異なるところは多々あるだろう。
例えばこちらの龍は実体を持たない霊体だ。
ある意味、精霊に近い存在である。
それでも存在の格というものが尋常なものではないという点においては同等だと思っている。
普通の人間からすれば神にも等しく感じるのではないだろうか。
その龍が人に助けを求めねばならない事情や状況なんて、果たしてありえるのか。
「どうやら眠っている間に地脈の支配権を奪われてしまったらしくてね」
「奪われるとどうなるんです?」
「徐々に衰弱していき、いずれは消滅してしまうだろうね」
「それって変じゃないですか? 龍は自由な存在ですよね。地脈に縛られたりはしないと思うんですが」
「野良の龍はそうだろうね」
野良って……
「しかし、九頭龍神社は箱根神社の末社として祭られているから自由はないんだよ」
自由がないから外のものを取り込んで回復するということができない。
そこで神社の地下を通る地脈を利用しているという訳か。
その支配権を奪われるということは死活問題になるのもうなずける。
「自力でどうにかできないんですよね」
「大抵のことなら寝ていてもはね除けてしまえるんだけどね」
どうやら大抵ではないことが起きてしまったようだ。
「それで、はね除けられないほどのものとは何ですか?」
「君たちの流儀で言うならばダンジョンだ」
ダンジョンコアならば意思も力もある。
はね除けられようとした場合は対抗してくるだろう。
眠っていた龍には分が悪かったようだな。
ただ、奪われてしまった地脈の支配権は目覚めても取り戻せなかったのだろうかという疑問はある。
そのあたりを聞いてみると、気付いた時にはかなりの力を喪失してしまっていたという。
今では力関係が大人と子供ほども違うそうだ。
おまけに地脈という活力源が奪われた状態では弱っていく一方なので逆転を狙って反撃しようにも一か八かの要素が大きいのだとか。
そうなると外部から助っ人を呼んで任せてしまう方がリスクは小さい。
事情は理解した。
「向こうのダンジョンに行って支配権を取り戻してこいという訳ですか」
それはわかるのだけど、何故俺たちなのかという疑問は残る。
猿田彦命が助けた方が手っ取り早いだろうし。
そういや最悪の場合はそうするという話を耳にしたっけ。
やはり問題があるんだろうな。
「そういうことになるね。申し訳ないけど僕たちはダンジョンには関わらない方がいいんだよ」
どうやら俺の疑問は顔に出ていたらしい。
そのことについても説明してもらえるようだ。
「あれは異世界の定義で構築されたものだというのは君たちもわかっているね」
その発言に思わず英花と顔を見合わせた。
外部に漏らした覚えはないのに知られてしまっている。
いや、神様だから世界の異変には敏感か。
俺たちが異世界から転移してきたことも把握しているだろう。
「それはまあ……」
「ところが僕たちがじかに関わってしまうと、その定義がこちらの世界のものになってしまうんだ」
それの何処が良くないのかはわからないものの問題になるというのはなんとなくわかったので話の続きを待つ。
「そうなるとダンジョンが定着しやすくなる」
そこまで聞いてピンときた。
「ダンジョンの増殖スピードが増してしまうんですね」
「そういうことだね」
「すべて消滅させても意味がないと?」
英花は自分が疑問に感じたことを尋ねる。
「それをすると今の人類は生きていけないんじゃないかな」
確かにそうだ。
生き残ったどの国でもダンジョンから得られる資源によって成り立っているところがある。
それらが喪失してしまうようなことがあれば、人口は激減し文明は崩壊するだろう。
「そこで俺たちにお鉢が回ってきたと」
「そういうことだね。実は青雲くんが君たちが適任だと教えてくれたんだけど」
初対面なのに仕事の依頼をされるのは変だと思ったら……
お土産をどうこういう話は俺たちをここへ送り込んで依頼を受けさせるためのカモフラージュだったんだな。
青雲入道にしてやられたって訳だ。
これは貸しひとつだな。
「俺たちで可能ならいいんですが」
眠っていたとはいえ龍を相手に地脈の支配権を強奪できるような相手だ。
今の俺たちでは荷が勝ちすぎているんじゃなかろうか。
「まずは現場がどうなっているのかを確認してきてほしいんだ。今は外からだと状況の確認さえままならなくなってしまっているからね」
「まずは偵察ですか」
それならば大丈夫かな。
いざとなったら逃げられるようにしておいて様子を見てくるだけで構わないなら気が楽だ。
もしも時間がないから絶対に攻略しなければならないという状況だったらプレッシャーは桁違いだからね。
状況しだいではシャレにならないかもしれない。
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依頼を了承してすぐ来ましたよ、九頭龍神社の神境へ。
来る前に猿田彦命に聞いたんだけど箱根神社の末社なんだとか。
末社というのは主祭神とは関係の薄い客分の神様を祭っている神社のことだ。
余談ではあるが関係の深い神様が祭られている場合は摂社と呼ばれる。
「気配はすれど姿は見えずというやつだな」
英花が周囲を見渡しながら油断なく気配を探っている。
ただ、肝心の気配が薄くて感知しづらい。
衰弱しているという感じではなさそうなんだけどな。
敵対しているダンジョンから目をつけられないよう静かにしているのかな?
「社殿の中じゃないかなー?」
真利が小首をかしげながら言った。
「地脈や外部からエネルギー補給できないなら参拝客からの祈りの念を頼りにするしかないと思うよー」
「ふむ、そうだな。行ってみよう」
英花の提案に応じて社殿へ向かうと薄く結界が展開されていた。
敵意のあるものにだけ反応するようにしてあったので普通に通り抜けられたけど。
「省エネタイプの結界だねー」
「苦しい台所事情でやりくりしないといけないからだろう」
真利の感心した言葉に英花が推測による解説を加えた。
「それもあると思うけど、来るものすべてを拒む感じにすると参拝客にも影響するんじゃないかな」
ここは隠れ里のようなものだけど外の世界にまったく影響がないわけじゃない。
万人を拒否する結界だと、その気配が外に伝わって人を寄せ付けなくなる恐れがある。
「さすがに自分の首を絞めるような真似はできないよねー」
そう言いながら覗き込むようにして社殿の中の様子を見ようとする真利。
だが、暗くて中の様子はうかがい知ることができなかった。
「中に入らないとダメみたいだな」
3人で顔を見合わせ目で意思を確認し合うと、そろってうなずいた。
そして同時に社殿の中へと足を踏み入れるべく足を踏み出し──
「お邪魔しまーす」
緊張感のない真利の声掛けとともに中へ入った。
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