220 悔い改めない男
「笑っちまうよな。この記事、傑作だぜ」
遠藤ジョーが爽やかな笑顔で新聞を読んでいる。
「どないしたんですか」
堂島が首をかしげながら声をかけた。
「タヌキがストーカーで訴えられて接近禁止命令を出されてやんの」
「へあっ!? タヌキがストーカーてマジですかいな」
堂島は自分が耳にした言葉を信じられないのか呆然とした面持ちになっていた。
「大尉の仰るタヌキとは田原少佐のことですよ」
堂島の勘違いを大川曹長が訂正する。
「あっ、ああ。そういうことですかいな。ビックリしましたがな」
勘違いしていたことに赤面しつつも安堵の溜め息をつく堂島。
「大尉も大尉です。言い方が紛らわしいですよ」
「おっ、そうだったか? スマンスマン」
わざとらしい謝り方をするあたり遠藤大尉のイタズラなのは誰の目にも明らかだ。
「ホンマに堪忍してえな」
堂島もそれがわかっているのでボヤくしかできない。
「災難だったな、堂島」
氷室准尉に慰められるが堂島は不機嫌さを引っ込める様子もない。
「にしても、少佐がついに首ですか」
「上層部が怒り狂ったそうだぞ。余計な真似をしてくれたと相当お冠だったらしいからな」
「無駄な働き者の異名は伊達じゃなかったようですね」
皮肉めいた冷たい笑みを浮かべる大川曹長。
堂島はそんな大川の笑みを見てブルッと身震いした。
「今までは上への根回しが上手かったおかげで生き延びてこられた少佐も今回ばかりは年貢の納め時だったというわけですか」
「張井さんたち上手くやりましたね」
「えっ、張井はんらが引導渡したんでっか?」
「当然だろ。アイツら以外でここまでタヌキを地獄に落とせる奴らがいるかよ」
「いったい何しはったんです? 大尉はストーカーて言うてはりましたけど」
「タヌキの方は手駒に尾行させたのさ。張井たちはそれを逆手にとって証拠撮影をした上で警察に訴えた」
「その日のうちに弁護士同伴でとはアグレッシブだねえ」
氷室准尉はスマホでニュース記事を見ながらニヤニヤと笑っている。
「我々が田原少佐の行動を阻止しようと動き始めた矢先にこれですからね。恐れ入ります」
大川曹長は敬服に値すると言わんばかりに神妙な面持ちとなっていた。
「まあ、奴らだからできたんだろうよ」
「そこまでスゴいとは夢にも思いまへんでしたで」
「何言ってやがる。アイツら明らかに実力を隠してるだろ」
「ええっ、ホンマでっか!?」
驚きの声を上げた堂島だけでなく大川曹長も「まさか!?」と言いたげな顔をしている。
「こういう時の大尉の直感は当たるんだよなぁ」
氷室准尉はさほど驚いていないので思い当たる節がない訳ではないのだろう。
「おいおい、直感じゃなくて観察力って言ってくれよ」
不服そうに唇を尖らせている遠藤大尉。
「じゃあ、どういう所がそう思う根拠なんですかね?」
「……なんとなく?」
「やっぱり直感じゃないですかい」
氷室准尉は苦笑する。
「ま、大尉のその意見は保留ってことにしておきましょうや」
つまらなさそうにそっぽを向く遠藤大尉。
「拗ねないでくださいよ。子供じゃないんですから」
「知らね」
「それはええんですけど──」
「いいのかよっ」
遠藤大尉が機嫌を損ねたのをスルーして話し始めた堂島にすかさず氷室准尉がツッコミを入れた。
「今すぐどうこうできまっか?」
「うっ」
そう言われると返事に詰まってしまう氷室准尉だ。
「それで堂島くんは何を言おうとしていたのかしら?」
「いや、少佐が無駄な働き者やったら首になっても、なんぞやらかすんやないかと思たんですわ」
堂島の懸念を耳にした一同がハッとして険しい表情を浮かべる。
「あり得るな」
表情を渋らせて嘆息する氷室准尉。
「接近禁止命令が出されているはずですが……」
大川曹長が否定しようと口にした言葉も弱々しいものだ。
「そんなもん無視するぞ。あのオッサンは見た目と違って根に持つタイプだからなぁ」
氷室准尉がバッサリと切り捨てる。
「見た目と違うというのには同意しかねるぞ。狸親父は腹黒で陰湿だと相場が決まっているだろう」
「それ何処から得た知識です、大尉?」
「アニメじゃないんですか?」
氷室准尉と大川曹長から冷めた目を向けられてしまう遠藤大尉。
「酷いな、2人とも」
「そんなん、どうでもええですわ」
「堂島、お前もかっ」
「そんなことより田原少佐が正式に首になったら復讐に動き始めるんとちゃいますか」
「それならもう動き始めているかもな」
忌々しいと言わんばかりに氷室准尉が吐き捨てるように言った。
「確か、今日付で懲戒処分が下されたはずです」
「今度こそ俺たちの出番かな。張井たちに借りを返しておかないとな」
遠藤大尉はそう言いながら不敵な笑みを浮かべた。
「それはええんですけど、これって秘密裏にやらんとあきませんよね」
首になった者は軍人ではない。
民間人を相手に強引な真似をすれば問題になるだろう。
そうでなくても当の田原によって統合自衛軍は批判の的になっている真っ最中なのだ。
「そこは仕方あるまい」
「そないなったら借りを返したて伝わりまへんで」
堂島のツッコミに、ぐぬぬ状態に陥ってしまう遠藤大尉。
それを見た氷室准尉と大川曹長が思わずと言った様子で吹き出した。
「かまわんさ。借りを作ってばかりだと負い目がのしかかってくるからな。これで少しは気が楽になるというものだ」
精一杯の虚勢を張る遠藤大尉の姿は吹き出した両名の目にはまるで子供のように映ってしまう。
それでも、どうにか笑いは堪えた。
本格的に拗ねられてしまうのだけは避けたかったからだ。
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田原は暗い部屋の中でソファに身を沈めて鬱屈と怒りがない交ぜになった感情に体を震わせていた。
昨夜から飲み続けていたウィスキーのせいで酔いが回っていることも震えの要因かもしれなかったが、そんなことはどうでも良かった。
意識を支配しているのは酒を浴びるように飲まねばやっていられない要因となった一件のことだけだ。
「くそっ、冗談じゃない。どうして私がこんな目にあわねばならんのだ」
自衛軍のためになると思って特級冒険者を手駒にしようとしただけのはずがストーカー扱いされた上に接近禁止命令まで出された。
おまけに損害賠償まで請求されている。
懲戒免職処分を受けたために退職金は当てにできないのが痛い。
それだけに留まらず妻からは離婚を言い渡され別居となった。
子供たちはすでに家を出ているので家の中は寂しいものだ。
しかも全員から二度と実家には戻らないというメッセージを受け取ったので、これからも閑散とした家に住み続けることになるだろう。
「それもこれもアイツらのせいだ!」
すでに幾度となく同じことを口走っている。
誰も聞く相手がいないのだから構うものかと自棄になっていた。
何度も繰り返すことで、ふつふつと湧き上がる憎しみが消え去ることなく増していく。
「許さん。絶対に許さん」
うなるように声を絞り出して憎悪を吐き出した。
ドス黒い情念の炎が理性を焼き払っていく。
「慰謝料? 誰が払うものか!」
ウィスキーをあおり無造作に腕で口を拭う。
「女子供が調子に乗りおって。思い知らせてやる」
外で発言すれば確実に処分を受けるような発言だったが、今となっては関係ない。
「どうせ首になったんだ。失う地位も家族もないんだ」
ブツブツと無自覚に言い訳を呟く。
そして、スマホを取り出し電話をかける。
「こういう時こそ人脈を使わんとな」
田原は不敵に笑みを浮かべた。
読んでくれてありがとう。
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