219 企みには報いを
2日連続での依頼とはならなかった。
誰かさんが指名を回避してくれたのか、そもそも必要がないと判断されたのか。
そのあたりは向こうの事情なので知ったことではない。
俺たちは昨日休めなかったので今日は休みとした。
で、買い物をしてから高尾山に向かっていたのだけど。
「気に入らないな」
運転席に座る英花が車を走らせながらボソッと呟いた。
「尾行されているんだろ」
「ああ」
「デパートで買い物してたときからいたよね」
真利も気付いている。
『潰しますかニャー?』
霊体化しているミケが物騒なことを念話で聞いてきた。
「走っている車を事故らせたらシャレにならんだろ」
「それに相手は自衛軍だ。尾行されているというだけで灸を据えるのは面倒が増えるだけで済まないぞ」
「えーっ、どうして自衛軍の人ってわかったのー?」
「通信機を使って尾行しているだろう」
「そういうの普通は警察だと思わない?」
「我々が警察につけ回されるようなことをしたか?」
「してないけど、それだけで自衛軍と決めてしまうのはどうかと思うなー」
普通に考えれば真利の言う通りなんだろう。
「唇も隠さずに通信などするからバレバレなんだよ」
「読唇術ってやつだな」
「えーっ、そんなスキルいつ取得してたのー」
「ずっと前だぞ。異世界にいるときに重宝していたからな」
といっても初期の頃だ。
レベルが低くて魔法が満足に使えないときに、これで敵に察知されず細かなやり取りをしていた。
こちらに戻ってきてリセットされてしまったけれど難しいスキルじゃない。
片手間に習得して普段の生活の中で熟達していったというわけだ。
「ズルーい」
真利がブーたれているが何がなんでも習得しなきゃならないスキルというわけでもないから教えなかっただけだ。
「そう思うなら取ればいいだろ。演技よりははるかに簡単だぞ」
「そっかー。うん、わかった。やってみる」
すぐに機嫌を直したが、ふと我に返ったように「あれ?」という顔をする。
「あの人たち、何を喋ってたの? 身バレするようなことだよね」
「田原少佐を呼び出してたな」
「あー、それはモロバレってやつだよねー」
「人が良さそうなふりをしておいて、やってることが腹黒だよな」
「何が目的なのかなー」
「どうせ弱みでもつかんでから脅して自衛軍に組み込もうって腹だろ」
「そうすれば都合のいい操り人形を体よく入れられるからな」
「うわー、タヌキだねー」
「問題はどう対処するかだが」
苛立たしげに英花が言った。
「今のままだと証拠がないから何もできないな」
こちらが先に動くと向こうがそれを逆手にとってきかねない。
「同じところをグルグル回るのはどう?」
「それをしたところで相手の警戒心を高めるだけだ」
「そっかー」
『証拠がないなら、つかめばいいですニャン』
「おいおい、何をしようって言うんだ?」
最初に潰すかと聞いてきたミケの言葉は今ひとつ鵜呑みにできない。
『車を降りて尾行させている間に撮影と録音をしますニャ』
ミケなら可能だろう。
撮影と録音はデジタル機器を使用するけど魔法で持ち運びや操作をすればいい。
もちろん尾行している相手から見られることのないように光学迷彩も使う必要はあるけど、大きな負担じゃないしな。
問題があるとすれば撮影の内容しだいではでっち上げだと言われかねないことだ。
写真なら望遠レンズを使ったと言えば誤魔化せるかもしれないが、動画は証拠の精査時にどうして撮影できたのかと疑問を持たれる恐れがある。
「撮影は誰か呼び寄せてアクションカメラでやった方がいいだろうな」
「ミケちゃんに撮影を任せると問題ある?」
「録音と同時だと至近距離ってことになるだろ。透明人間が撮影したのかって騒ぎになるか捏造だと言われかねない」
普通は後者だと思うが遠藤大尉なら前者の説を主張することも無いとは言えない。
「そっかー。そうだよね」
「問題は誰を呼ぶかだな」
英花に言われるまで考えていなかった訳ではない。
ダンジョン攻略とは別口で仕事を任せることになる罪悪感のようなものがあって躊躇していたのだ。
とはいえ、俺たちが狸親父の言いなりになってしまうと隠れ里の民たちも便利屋よろしく利用されてしまう。
それだけは阻止しないといけない。
「ネモリーはダメだと思う」
「こういうの向いてなさそうだもんねー」
真利の言う通りだ。
生真面目すぎて隠れてコソコソするのは性に合わないタイプだから、すぐにボロが出るだろう。
「ジェイドもダメだろうな」
英花が残念そうにしながらもジェイドにダメ出しをした。
「えー、どうしてー? 上手くやってくれそうなのになぁ」
「背が低くて逆に目立つからじゃないか」
横にゴツいし悪目立ちするだろう。
「そうだ。器用にそつなく仕事をこなせても、こればかりはどうにもできまい」
「じゃあ、メーリーだね」
真利の提案に反対意見は出なかった。
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メーリーを呼び出すのに時間はかかったものの、どうにか尾行する怪しげなオッサンたちを逆監視することに成功。
色々な場所を巡って、さも観光をしているように装いながら証拠を溜めていった。
今は喫茶店のオープンテラスで休憩しつつ転送してもらったデータを確認中だ。
「バッチリだね。田原少佐の名前が何回も出てるよ」
「不用心すぎるだろ」
お粗末な仕事ぶりに呆れるほかない。
「本当に軍人なのか?」
英花などは呆れを通り越して本気で疑い始めている。
「軍人がみな諜報のプロって訳じゃないだろう」
「だとしても、この状況でそういう人材が出てこないのは軍としてどうなんだ?」
「別に軍の問題じゃないと思うぞ。狸親父の手駒にそういう人員がいなかっただけだろう」
「なるほど、そういうことか」
俺の説明で英花も納得したようだ。
「それよりも、これからどうするの?」
「まずは弁護士事務所に行く」
「えっ?」
意外な言葉を聞いたと言わんばかりに目を丸くさせる真利。
英花も怪訝な表情を浮かべている。
「車中で何かをしきりに調べていると思ったら、それだったのか」
「まあね」
「だが、何故だ?」
「狸親父に痛い目を見せるためさ」
「ほう。なにやら企みがあるようだな」
英花が獰猛な笑みを浮かべる。
「なに、企みと言うほど大したことじゃないさ」
俺も不敵な笑みで返した。
「それで、どうするつもりなのー」
真利はノリが悪いな。
まあ、いい。
逆襲の一手が一撃必殺になると知れば真利もニヤリと笑うことだろう。
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『大変なことをしてくれたな、田原少佐』
「なにがでしょうか?」
電話の向こうにいる相手の不機嫌な声を耳にした田原は嫌な汗が止まらなくなっていた。
今までに受けたどの叱責よりも怒りの色が濃いと感じ取っていたからだ。
『君が警察に訴えられたんだよ。弁護士からも損害賠償が請求されている』
「なんですと!?」
『一般人に対してのストーカー行為で接近禁止命令まで出ているんだぞ。なんてことをしてくれたんだ!』
「そんなバカな」
『それは私の台詞だよ。もっとも証拠の動画や音声も確認させてもらったから間違いようのない事実だがね』
「なっ……」
『私はこれから緊急の記者会見だ。恥をかかせてくれた君には相応の報いを受けてもらう』
「お待ちください!」
田原の呼びかけに返事はなく、ガチャリと通話の途切れる音がした。
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