213 英花、ふたたび不機嫌になる
「君らは本当に隠し階段に縁があるなぁ」
遠藤大尉が苦笑しながら言った。
大阪組が舎人ダンジョンで隠し階段を発見した翌日には調査チームが送られてきたのだが、それが遠藤ジョーのチームだった。
何故か当事者として聞き取りがしたいと呼び出されてしまったので英花などは機嫌が悪い。
真利も今日の修学旅行の予定がキャンセルされてむくれている。
「今回は俺たちが発見した訳じゃないですよ」
「隠し階段の発見した場に居合わせるだけでも、そうあることではないさ」
「そうですかね?」
「そうだよ。普通の冒険者は地元でだって隠し階段なんて発見できないものだ」
「それは戦闘をメインにしているからでしょう。稼がないと食ってけないじゃないですか」
「余裕のあるパーティは調査もするんだぞ。報酬も支払いまで時間はかかるが一応は出るからな」
一般の冒険者たちだと労力に見合わない程度だけどね。
ガッポリ稼げるなら、もっと真剣に捜索するパーティも出てくるはずだ。
「知ってますよ。調査が終わるまで待たされることもね」
「手慣れてるよなぁ。見つけるコツを聞きたいくらいだ」
冗談めかして笑っているが、遠藤大尉の目は真剣そのものである。
あわよくばと思っているのだろう。
「さあ、偶然の女神に好かれているのかもしれませんね」
まさかミケが見つけているとは言えるはずもないので誤魔化すしかない。
「言うねえ」
「大尉、そんなことより状況の聞き取りをお願いします。それとも私がやりましょうか?」
ウンザリした様子で大川曹長が声をかけてきた。
聞き取りをしているようで雑談にしかなっていないからね。
ちなみに大阪組の方は氷室准尉が聞き取りをしている。
「そいつは勘弁してくれ。そうでなくても暇なのに喋っていないと死にそうだ」
「寝ぼけたことを言わないでください。バックアップはメモを取ったりするものですよ」
「そういうの俺向きの仕事じゃないって曹長もわかってるだろ?」
「軍人が職務を選り好みできると思っているんですか」
大川曹長の眉がキリキリと釣り上がる。
これ以上は下手なことを言うと大目玉を食らうことになりそうだ。
それは遠藤大尉の方が熟知しているのだろう。
急に姿勢を正して席に座り直した。
そこから先は真面目な聞き取り調査になったので、こちらとしてもありがたかったよ。
変な探りを入れられずに済んだし英花や真利の機嫌が悪化するのを防げたからね。
ただ、どうせならと道案内を頼まれるとは思わなかったけど。
「そんなものは地図があるから大丈夫だろう」
仏頂面を隠そうともせずに英花が言い放った。
「いやいや、地図を確認しながら進むのと案内があるのとでは進む速度が違うよ」
「我々は昨日初めて潜ったから確認しながらになるんだが」
「それにしたって道順がある程度わかっているのとそうでないのとでは差があるさ」
「くっ、ああ言えばこう言う」
英花は苛立たしげに歯噛みする。
結局、それ以上の反論ができずに案内することになったのだけど。
英花にとっては最悪の気分だろうな。
それで大阪組が先導する形で舎人ダンジョンの3層を目指した訳だけど道中は何の問題もなくサクサク進むことができた。
「やはり案内があると違うねえ」
「魔物があまり出てこないからですよ」
遠藤大尉の認識は間違っていると指摘する大川曹長。
「なんでもいいんだよ。ちゃちゃっと行ってパパッと確認して帰ってこられれば」
遠藤大尉の物言いは軽薄だが言っていることについては同感だ。
確認のためだけに時間をかけることなどしたくない。
そうでなくても俺たちだけ修学旅行の予定がキャンセルになったのだ。
よりにもよって、キジバスの日帰りツアーを組んだ日に呼び出されるとはね。
全員で当日キャンセルなんてできないから俺たち3人だけが抜ける格好となったのだ。
真利がむくれるのも無理はない。
これについては厳重に抗議したし別の日に予約を入れ直した。
次の予約の日に依頼を持ってきても断固拒否することも通達済みである。
そんなこんなで3層へと続く階段前に到着。
「これは行き止まりにしか見えないな」
「そうですかね。自分には不自然に見えますが」
遠藤大尉が目を丸くさせて感心する一方で氷室准尉は何か違和感を感じているようだ。
「言いたいこともわかるぜ、准尉。これだけ広い通路を大きい岩ひとつでふさいでいるのは変だよな。何処から転がしてきたんだよって話になる」
「ほな、開けまっせ」
菅谷が岩に偽装した戸を下にスライドさせて階段をあらわにさせた。
「こりゃあ、並みの斥候だと仕掛けがあることに気付いても開くのは難しいですな」
氷室准尉が渋い顔をしている。
「そんなものか?」
遠藤大尉はあっけらかんとしていたが。
「引き戸タイプは珍しくないですが、下に落とし込むなんて見たことありませんよ」
「だが、彼らは初見で開いたぞ」
「先入観がなかったんでしょう。それだけ優秀だってことです」
「おお、なるほどな」
氷室准尉の言うように大阪組は優秀だ。
昔馴染みである堂島氏も焦るだろうかと思ったが、特に反応は見られない。
あえて無視しているという風でもないので本当に何とも思っていないのだろう。
スカウトされるまではソロで活動していた影響もあるのかもね。
3層へと下る。
そして階段前のスペースで休憩を取ることになった。
「3層の確認ができましたので、指定の口座に後日振り込みが行われます」
大川曹長から説明を受けて高山が頭を下げている。
事前に発見の報酬は金一封程度だと言ってあるから事務的な対応だ。
でなきゃ、目が¥マークになっていたかもね。
「さて、それじゃあ魔物の確認をしに行きますか」
遠藤大尉は何処までもノリが軽い。
真面目な大川曹長からすると気が気ではないところだろう。
「大尉、ここは強力な魔物が出没すると報告があった階層ですよ!」
自然と口うるさくなってしまうのも無理からぬところだろう。
「わかってるって。ピリピリしてたら、とっさの対応ができなくなるぞ」
遠藤大尉の方は、どこ吹く風といった有様だが。
「ワイらも行くんでっか?」
岩田が不安げに聞いている。
昨日の今日では防具を新調することはできなかっただろうし無理もない。
「3層の確認は済みましたから、後はご自由にどうぞ」
大川曹長は職務中ということもあって素っ気ない。
「さっきまでのように先導する訳じゃないなら見学していくのもいいんじゃないか」
何を思ったのか英花が口をはさむ。
「見ていけば得られるものも少なからずあるはずだ」
見取りも修行のうちという訳か。
確かに英花の言うことにも一理ある。
それに今の大阪組ならばソードマンティスにも簡単に後れを取るようなことはないだろう。
だから俺の方を見てきた大阪組にうなずいてみせる。
「ワーウルフのようなスピードはないんだ。当たらなければ、どうということはない」
「仮面の赤い人みたいなこと言うてますがな」
苦笑しながらも不安な様子は消えていた。
どうやら見学していく気になったみたいだね。
そんな訳で先頭は遠藤大尉のチームとなり大阪組をはさむ形で俺たちが殿を務めることとなった。
「ソードマンティスと戦ってみて危険度を判定したら引き返す」
「「了解」」
「了解ですわ」
氷室准尉と大川曹長に少し遅れて堂島氏が返事をした。
読んでくれてありがとう。
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