210 大阪組、逃げて報告する
「冗談はさておいて、この階段どないする?」
「そら受付で報告せんわけにはいかんやろ」
「そうやのうてやな。いや、そうなんやけど」
「「「「「どっちやねん!」」」」」
あべこべのことを言い出したら、すかさずツッコミが入った。
脊髄反射級での反応はとても真似できるものではない。
さすが関西人と言うべきか。
芸人じゃなくてもボケとツッコミが身に染みついているらしい。
「報告するんは当然として、それするにしても階段下りて3層の様子を確認してくるかどうかを決めなアカンやろ」
「そういうことかいな」
「ややこし奴っちゃで」
「見るだけ見てこよか。何がおるかの報告くらいはできた方がええやろ」
「知らん魔物が出たときはどないする?」
「逃げる一択やろ」
「ひと当てもせえへんのか?」
「1層より2層の方が魔物が強なっとった。3層はさらに強なる思た方がええわ」
「せやけど報告ん時に知らん魔物出た言うだけでは、ちょっとなぁ」
「そこはさっきのアイデアいただきや」
「さっきのアイデアってなんや?」
「記念撮影て言うたやろ」
「写真か。そんなもん撮っとる余裕ないかもしれんで」
「階段出るときから動画撮っといたらええねん」
「そない上手いこといくか? 誰もDoProみたいなアクションカメラ持ってへんやろ」
「デジカメしかないな」
「後はスマホかタブレットや」
「ブレブレの動画になってまうのが目に見えるようやで」
「何が映ってるんかようわからんなってまうやつやな」
「それでも無いよりはマシやろ」
「せやな。画像解析に回したら、なんかわかるかもしれんし」
「ほな、決まりやな。行こか」
どうやら階下に向かうらしい。
大阪組はデジカメを用意して階段を下りていった。
(どう思う?)
(間違った判断ではないだろう。わからない魔物と遭遇したら戦わず逃げると言っているし)
俺の問いに英花が答えた。
(そう上手くいくかなぁ)
真利は懐疑的な考えのようだ。
(不安要素はあるが、最悪の場合は我々がフォローすればいい)
(それもそっかー。でなきゃ私たちが来た意味がなくなっちゃうもんね)
真利が納得したところで俺たちも大阪組の後を追って階段を下っていく。
程なくして階下に到着。
大阪組は開けた場所から通路のひとつに向かうところだった。
(ここから先は何か異変があったら手出しするってことで)
(ああ、了解した)
(はいは~い)
魔物の気配が感じられないせいか真利の返事はお気楽なものだ。
気配を感じてもそのままってことはないと思うが先行きに不安を感じなくもない。
しばらくは何事もなく進んでいたが……
「初っ端からワーウルフかいなっ」
「しかも群れで来よる」
「大丈夫や。対処できる。カメラ担当は魔法頼むで」
「オッケーや」
「任せとけ」
さっそく遭遇戦となったようだ。
「どうやら大丈夫そうだな」
念のために大阪組との距離を詰めたが、今の大阪組には苦戦する要素はなかったようですぐに戦闘は終了した。
彼らがドロップアイテムを回収し始める。
見張り以外がしゃがんだことで見通しが良くなったのだが。
(何か見えるよ。緑色っぽいねー)
真利が気付いたところで向こうの見張りも気付いたようだ。
「どうやらドロップ拾っとる場合とちゃうで」
「奥からなんか来よる」
「大丈夫や。こっちは回収完了した」
「ワイもや」
「次もいける」
回収していた者たちも立ち上がり臨戦態勢となる。
「次は何や?」
「影になっとって、ようわからん」
「緑色のがちらっと見えた気がするんやけど」
「それやったらハーブマンかその亜種やろ」
「いや、もうちょっとデカかった気がするんや」
「緑でハーブマンよりデカい魔物て何がおった?」
「ゴブリンは小さいしホブゴブリンちゃうやろか」
「ああいう煤けた感じの色でもなかったと思う。もっと鮮やかな色合いやった」
「カメラ担当。どうや?」
「逃げた方がええぞ。見たことない魔物や」
「見た目まんまカマキリや。サイズは人間と同じくらいやけどな」
「退避ーっ!」
大阪組が駆け足で戻ってきたので道を空ける。
すれ違う際に──
「魔王様、逃げてください。見たことない魔物ですわ」
リーダーの高山が言い置いて走り去っていった。
「さて、どうする?」
「ソードマンティスならば問題あるまい」
「戦ったことあるのー?」
「異世界でならな」
「俺も。それこそ腐るほど狩ってきた」
奴らは大阪組が言っていたように人間サイズのカマキリである。
サイズ以外の違いと言えば剣腕が虫のカマキリよりも器用かつ素早く動かせることだろうか。
このため初見だと不覚を取ることも少なくない。
しかも、この剣腕は安物の鎧だと簡単に切り裂いてしまう。
移動力はさほどでもないにもかかわらずワーウルフと同格と言って良い魔物だと思う。
そうこうするうちにソードマンティスが近づいてきた。
何度見ても昆虫型の魔物は気持ち悪いよな。
気持ち悪さの正体がなんなのか言葉では言い表しにくいんだけど本能的な嫌悪を感じる。
元々虫は好きじゃなかったし、しょうがない。
「真利、奴の攻撃はまともに受けるなよ。すべてかわすか受け流せ」
「うん、わかったー」
返事は頼りなく聞こえるが、すでにコンパクトボウで攻撃態勢に入っている。
そのまま躊躇なく頭部を狙って射た。
ソードマンティスの頭は固い上に点の攻撃を弾きやすい形状をしているのだが、目はその限りではない。
真利が狙ったのも奴の目だ。
矢であればソードマンティスもかわすなり剣腕で防御するなりしたことだろう。
だが、真利がコンパクトボウで射たのは矢ではなく鉄球だ。
さすがに矢尻と変わらぬ大きさのものを見切れるほどの魔物ではないので、まともに命中した。
結果、ソードマンティスの頭は半分近く吹っ飛んでしまう。
「うわぁ、グログロだよー」
辟易した表情を見せる真利だが、それを狙った当人が言うことか?
それにまだ終わりじゃない。
ソードマンティスが歩みを止めないのだ。
「ねえねえ、涼ちゃん。あのカマキリ頭が潰れているのに、まだ動いているよー」
真利が驚いているのも無理はない。
頭に致命的な損傷を負ってアレだからね。
「これが虫系の魔物の嫌なところだ。首を落とされても心臓が動いているから動くんだよ」
並の冒険者なら恐怖すら抱くことだろう。
「そうなんだー。往生際が悪いねー」
真利は今までの経験があるからか、さほどショックを受けていないようだ。
「だが、心臓もじきに止まる」
ほどなくして英花の言う通りとなる。
こちらに近づいてくる途中でソードマンティスは歩みを止め、ドロップアイテムを残して消えていった。
アレが残すのは魔石以外は剣腕と羽根だけだ。
素材としては微妙なのであまり欲しいとは思わないんだけど、今回は討伐証明として持ち帰る。
その後は特に問題もなく帰還できた。
舎人ダンジョンの2層までであれば今の大阪組なら不覚を取ることはないからね。
で、受付で報告を始めたのだけど……
「えっ!? 3層ですか?」
受付のお姉さんが驚きの声を上げたことで同じフロアにいた地元の冒険者たちがざわめき始める。
「はい、そうですわ。階段のとこからですけど動画もありまっせ」
そう言いながらタブレットで動画を再生し始める大阪組の高山。
しばらくは無言で動画を見ていた受付のお姉さんだったが。
ソードマンティスが現れたところで大きく目を見開く。
目立ってしまったことを気にしていたようだし、そうそう何度も大きな声を出したりはしないか。
「本当に3層のようですね」
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