208 成長したのか
大阪組の足取りが軽い。
見通しの良い道を歩いているかのようだ。
(ちょっと不用心なんじゃないかなー)
今日は結界を使っていないため真利はヒソ声で話しかけてきた。
ちなみに結界を使っていない理由は大阪組に感知されるのを避けるためだ。
(そうでもないみたいだぞ)
大阪組は時折立ち止まって冒険者事務所で配布している地図を確認している。
(道の確認だけじゃ何とも言えないよー)
真利はそう言うが迷子にならないことは何よりも大事だ。
時間も体力も無駄に浪費してしまうからね。
(この様子だと2層への最短コースを選択しているようだな)
英花が地図を見ながら言った。
この調子なら日帰りでも2層でそれなりに狩りをしてこられるはずだ。
(それはいいけど、警戒が足りないんじゃない?)
真利はどうしてもそこが気になるみたいだね。
今日は口出しをしないと決めているから、なおのことなのかもしれない。
(状況にもよるだろう)
英花は、さほど気にしていないみたいだな。
(いくらお台場ほどの難易度じゃないと言ったって油断していると足をすくわれちゃうよ)
(いや、大丈夫だろう)
(どうしてそんなことが──)
途中まで言いかけた真利が前方に警戒の視線を向ける。
敵さんのお出ましだ。
大阪組も真利とほぼ同時に気付いていた。
こちらは多少距離を取っているので感知力に差があることは明らかだが、そこはレベル差が大きく開いているのでしょうがない。
大阪組の前に姿を現したのはウィードマンだった。
ゴブリンのように騒がしく声を発したりはしない魔物ということだけど、曲がり角の向こうから接近するのを気配で感知したらしい。
(とりあえず油断していないのはわかったな)
岩田が棒の先についた円形の鏡を使って角の向こうを確認し、ハンドサインで数と距離を仲間に伝えた。
(6体か。意外に多いな)
その口ぶりの割に英花は微塵も動じることなく大阪組の出方をうかがっている。
(なんだ?)
大阪組が急に無音でジャンケンを始めた。
(呑気なものだな)
呆れた視線を向ける英花。
真利はちょっとハラハラしている。
そうこうするうちに決着がついたようだ。
大半の面子が自分の手を見つめて固まる中で1人だけピースサインでガッツポーズを取っている。
あれは元小学校教師の小倉か。
(あれっ、小倉くんが1人で行っちゃったよ!?)
まさか1人で戦闘するとは思ってもみなかったのだろう。
真利は目を大きく見開いて驚きをあらわにしている。
俺の方へ「どうするの?」と言わんばかりに視線を向けてきたが方針を変えるつもりはない。
(単独で行ってもボコられることはないだろうさ。怪我はするかもしれないけど、そこは自己責任だな)
ジャンケンまでして担当を決めて送り出されたのだ。
ショボい結果にはならないだろう。
もしもコテンパンにやられて逃げ帰ってくるならダサすぎる。
結果はというと……
(あっ、帰ってきた)
曲がり角から再び姿を現した小倉に怪我やアザなどは見受けられない。
平然とした顔でドロップアイテムを仲間に披露している。
(あれが乾燥肥料か。ペットフードみたいな見た目なんだな)
英花がそんな感想を漏らした。
(俺たちがアレをゲットした場合、買い取りに回すのが正解かな)
(少しくらいなら持ち帰るのもありだよ。庭で使えるもん)
言われてみればそうか。
多少は持ち帰ってもいいかもしれないね。
「ん?」
小倉がこちらに向かって乾燥肥料を掲げている。
さしずめ「捕ったどー!」というところか。
英花が苦笑して「わかったから」と言う代わりに片手を挙げている。
向こうもそれで納得したようで探索を再開した。
(単独で狩るのは感心しないが、危なげなく倒せたのは事実だな)
英花がそう評価する。
(時間的に瞬殺して終わったみたいだもんねー)
瞬殺という点に関しては真利の言う通りだろう。
雑魚といえど以前の大阪組なら安全マージンを確実に取っていたのだけど。
そう考えると大胆になりすぎてはいないだろうか。
(実際に戦うところを見てみないと何とも言えないな)
(いやに慎重だな)
(無謀な突撃をしただけかもしれないだろ。無傷ですんだから危なげないとは言い切れないと思う)
(ふむ。確かに涼成の言う通りだな)
(そっかー。もしかすると足をすくわれることも考えられるんだね)
まあ、そういうことだ。
そんな訳で大阪組が本当に成長したのかの判断は先送りとなった。
その後、大阪組は数回の戦闘を経て読み通りに2層への階段へと至る。
(どう思う?)
(変に緊張しなくなったのが良い方へ作用しているといったところか)
(心なしか身体能力も上がっているよね)
(いや、結構セーブしているぞ)
1層が雑魚しか出ないというのもあるけど、今まで以上に余力を残している。
よく見て対処している証拠だ。
数で迫られた時も騒ぐことなく冷静に立ち回っていた。
今までの大阪組なら、敵の数が多いときはとにかく防御主体で少しずつ削っていた。
それが今回は落ち着いて相手の位置取りや連携の有無を見極めつつ効率よく倒していたからね。
それもこれも体力的な余裕が生まれたからかもしれない。
(たった1日の修行でこうも身体能力が向上するものだろうか?)
気になったのはそこなんだが、何をどうやったのかちょっと想像がつかない。
(おそらく魔力制御が格段に向上したのだろう)
英花には何か思い当たる節があるようだ。
(魔力を体に馴染ませることを教えていなかっただろう)
(言われてみれば、そうかもしれない)
あまりにも基本すぎて見落としていたせいかな。
真利を鍛えたときも普通にできていたし、まったく気にしていなかったもんね。
(涼ちゃん、どういうこと?)
真利自身も自然とできていたためか気付いていない。
(魔力には細胞を強化させる機能もあるんだ。つまり、体全体に行き渡らせるだけで身体能力が向上する)
(それって魔法じゃなくて?)
(魔法じゃないな。真利にも教えなかっただろ)
(うん)
(真利は普通に魔力を馴染ませていたからな)
(えっ、そうなのー?)
(無意識のうちにやっていたから気付いてなかっただけだ)
(そっかー)
一応の結論が出たところで2層に到着。
少しだけ大阪組の雰囲気が変わった。
(まるで、ここからが本番だとでも言わんばかりだな)
(そりゃそうだろ。ハーブマンやホブゴブリンはともかくサーベルウルフが出るんだから)
出現頻度は高くないそうだが、並の冒険者では対応が難しい相手だ。
大阪組はすでに何度か倒してはいるけれど以前のままなら簡単に相手ができる魔物ではない。
ある意味、修行の成果を見せるには打って付けの魔物と言えるだろう。
(お手並み拝見だね)
(戦闘に関しては、もうわかったけどな)
(えっ、そうなのー?)
叫びそうになったのか真利が手で口をふさいでいた。
(以前と今日の大阪組の戦いぶりを比べれば差は明確だろ)
(言われてみれば、そうだねー)
その後も大阪組はそつなく奥へと進み配布された地図の空白地域まで来た。
今のところサーベルウルフとは遭遇していないが余力は充分にある。
ここから先は手探りになるため引き返すタイミングも見極めなくてはならないが。
戦闘以外のお手並み拝見って訳だ。
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