207 涼成が悪い
面倒くさいったらありゃしない。
軽く殺気立ったくらいで失神するとかガタイに似合わない心臓をしているな。
「勘弁してくれよ」
「いや、今のは涼成が悪い」
「そうか? ちょっと殺気を放っただけだろ」
「ちょっとではないな。周りをよく見てみろ」
「ん?」
英花に指摘されてことの成り行きを見守っていた面々の方へ視線を向けるとビクッと怯えられてしまった。
「え? どういうこと?」
「我々の放つ殺気は桁がいくつも違うということだ」
自分で言うのもなんだがなと英花が苦笑した。
「それはつまり出力を絞ったつもりが甘かったと?」
雨で言えば雨量が半減してもゲリラ豪雨だったみたいな感じだろうか。
それで英花が殺気を放ったときは一瞬だけだったんだな。
「そういうことになる」
「コイツら、どうする?」
「放置するしかあるまい。この連中を叩き起こせば別の意味で騒ぎを起こすぞ」
「だよなぁ」
目が覚めた瞬間に視界に入るのが気を失った元凶なんだから。
輩に元凶と思われるのは業腹だけどね。
どうして俺たちが悪者扱いされなきゃならないのかと言いたい。
「処分できないゴミを気にしてもしょうがないってことで」
「うむ。いないものと思うしかあるまい」
という結論に達したのだけど、そうは問屋が卸してくれないんだな、これが。
3人組は気を失っているから何もできないけど、黙っている訳にはいかない人たちがいるのだ。
「君たち、ちょっといいかな」
声をかけてきたのは冒険者組合の職員だった。
ですよねーって感じだ。
悪いのは勝手に恫喝してきた3人組だけど、俺たちも騒ぎの当事者だから説明する義務があるってね。
そうして事情を説明することしばし。
防犯カメラにも俺たちが暴力行為を行っていない証拠があったおかげで注意されて終わったんだけど。
「解せぬ」
俺たち被害者だよなという言葉はどうにか飲み込んだけど。
「仕方あるまい。気絶したのは向こうだからな」
「手は出してないだろ」
「だから注意で済んでいるんじゃないか」
英花の言っていることは理解できる。
できるが心情的に納得できるものではない。
現に英花も不服そうだからね。
「殺気の出力を絞る練習もしなきゃならないか」
異世界ではそんなことをする必要がなかったからなぁ。
「かもしれんな。ここではその必要もなくなったとは思うが」
他の冒険者たちから確実に距離を取られてしまったからね。
おまけに冒険者事務所に入った時はそれなりに聞こえてきた喧噪が、いまは一切なくてシーンと静まりかえっている。
居心地が悪いったらありゃしない。
どうしたものかと思っていたところに──
「トネリ公園てけったいな読みやな。シャジンかと思てたわ」
聞き慣れた声が聞こえてきた。
「恥ずかしい奴め。舎人は昔の身分が高い人に仕えていた人のことやで」
「はいはい、国語教師は言葉をよう知ってますなー。せやけど、そういうことを言いたいんとちゃうねん」
「そないなこと言うたかてなぁ。難読漢字の部類やからしゃーないて」
「それで納得いくんやったらボヤいてへんわ」
「そうは言うけど大阪かて難読地名あるやろ」
「どこやねん?」
「ハナテンや」
「くっ、しもた。放出があったか」
「そんなん何処にでもあるわ。小豆島かて小豆の島やのにアズキシマやのうてショウドシマやないか」
「言い始めたら切りないで」
「せやな。指の宿と書いてイブスキやし」
「小鳥が遊ぶと書いてタカナシもあるな」
「それは人名や」
相変わらず喋り始めると簡単には止まらないな。
しかも普通の会話のはずなのに漫才のようにボケとツッコミが自然と入ってくる。
地元冒険者たちも俺たちに対するのとは別の意味でギョッとした視線を向けていた。
「おっ、魔王様や! おーい」
「お待たせしてすんません、魔王様!」
「おはようございます、魔王様!」
「勇者様と魔神様もおはようさんですわ!」
「今日はええ天気になりましたなぁ」
「ダンジョン行くんに天気は関係ないやろ」
「「「「「そらそうや」」」」」
ハハハと笑う大阪組。
それに対して英花は渋い表情だ。
あれだけ大きい声で魔王様呼ばわりされ続ければ、そうもなるよね。
俺や真利だって呼ばれたし気持ちはわかる。
「貴様らぁ」
絞り出すように発した声に殺気が乗っている。
それを感じて地元冒険者たちが再び震え上がった。
「うわっ、魔王様が怒ってはるわ」
「なんかしたっけ?」
「「「「「さあ?」」」」」
大阪組はいつものこととばかりに平然としていたが。
それを見て唖然愕然とする地元冒険者たち。
その目は別の生き物を見るかのように信じられない思いを放出していた。
「デカい声で魔王様と呼ぶなとあれほど言っただろうが」
「あっ、すんません。うっかりしてましたわ」
高山が謝ると他の面子も口々に謝罪してきた。
ただ、忘れた頃にまたやらかすとは思うけどね。
それはともかくとして大阪組が来たのであれば、さっそくダンジョンに潜るのみだ。
サクッと受付を済ませてダンジョンの入り口へと向かう。
「あのぉ、魔王様?」
岩田が戸惑い半分で英花に呼びかけている。
「どうした?」
「受付のお姉さんが、えらいビビっとったけどなんかあったんですか?」
「ああ、それは涼成のせいだろうな」
「ええっ、勇者様がでっか!?」
不本意だが俺のせいであるのは間違いないので、うなずかざるを得ない。
「何しはったんですか?」
認めれば当然、事情を聞かれる訳で。
あまり話したくはないが仕方ないので、かくかくしかじかと語って聞かせた。
「そりゃ災難でしたなぁ」
「せやけど勇者様が怒ったら怖いちゅうことが知れ渡ったんやし、今後はそういうのも減るんとちゃいますか」
「言えてるわ。無謀な輩は減るやろ。良かったんちゃいますか。怪我の功名でっせ」
「どうやろ。逆に怖いもの見たさな好奇心でからんでくるのが増えるかもしれんで」
「ないとは言えんなぁ。アホな奴らは何処にでもいますよって」
「そもそも支部のひとつで起きた騒ぎが何処まで広がるかちゅう問題もあるから何とも言えんのとちゃうか?」
大阪組は色々と意見を言ってくるが、そのどれもがあり得る話だ。
しばらくは警戒しておいた方が良さそうだな。
なんにせよ、ドン引きされなかっただけでもラッキーだった。
地元冒険者?
そこはもう諦めてる。
そうこうしている間に入り口を通過しダンジョンへと入る。
ここから先は大阪組が先行して少し後ろを俺たちがついて行く格好となった。
元より大阪組を観戦するという約束だからね。
ただ、俺たちも何もしない訳じゃない。
ここは今まで遭遇しなかったウィードマンやハーブマンという魔物が出てくるというし独自に狩ってドロップアイテムを回収するのもありだろう。
異世界でもお目にかかったことのない魔物だから、ちょっと楽しみだったりする。
ウィードマンがドロップするのは乾燥肥料なので農業に手を出していない俺たちには使い道に困りそうな代物だけど。
一方でハーブマンはランダムで各種薬草をドロップするというので、こちらは使い出がある。
ただ、ハーブマンが出てくるのは2層らしいのがネックだ。
今日の探索でそこまでたどり着くかは大阪組しだいだから何とも言えない。
急かすわけにもいかないし誘導するのも主目的が大阪組の観戦だからなんか違うよね。
狩ることができなかったとしても、しょうがない。
後日また来ればいいか。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




