20 往生際が悪い
ゾンビよりも少し大きい魔石と俺が投てきしたコーティング魔石が宙に浮いている。
どうやら大きめの魔石がコーティング魔石の魔力を吸収しているようだ。
リポップとは異なる動きではあったがダンジョンコアが往生際の悪い真似をしようとしているのだけは明らかだった。
「ちっ、面倒な真似をしてくれる」
舌打ちしてしまうのも無理はないと思う。
「そんなことを言っている場合か、涼成!」
叫びながら攻撃魔法を放つために魔力を練り始める英花。
「魔王様っ、いま攻撃したら魔石が暴発して大爆発しかねませんニャ!」
ミケが見ているだけで手を出さなかったのはそのせいか。
英花もミケの警告を受けて即座に発動しかけていた魔法を停止させた。
「規模は?」
「ハッキリとはわかりませんニャ。でも、ここにいれば無傷じゃ済まないはずですニャ」
「面倒な」
苛立たしげに歯噛みする英花。
俺はチャージ中の魔石が不安定なことは異世界にいる頃から知っていたので手出しはしなかった。
魔道具を作る際に何度か失敗して爆発させていたからね。
粉砕したクズ魔石でも至近距離なら大怪我をまぬがれないほどの爆発を引き起こすのだ。
一方で英花は直前まで知らなかったようだ。
その状態で敵が無防備にもかかわらず手を出せないのはストレスがたまるだろう。
たとえ爆発すると知ったとしても素直に「はい、そうですか」と頷けるとは言い難い。
「魔力をチャージした直後にお見舞いできればな」
「難しいと思いますニャ」
「かわされる、か」
「その通りですニャ」
どうやら単に魔力をチャージして何か反撃のようなことをして終わりとはいかないみたいだ。
「強化した腐食の王がリポップするんじゃないよな」
「それはないですニャ。ダンジョンコアはダンジョンの維持にリソースの大半を食われてますニャ。そんな簡単にリポップさせられる訳がないですニャ」
言われてみればその通りだ。
どうして、そのことを失念していたのか。
我ながら情けないものである。
「じゃあ、あれは誰の差し金なんだ?」
新たに湧き上がってきた疑問を問いかける英花。
「正体はわかりませんニャ。ただ、強い恨みを持つ霊魂が急に現れましたニャ」
「強い恨みを持つ霊魂だって!?」
きな臭い話になってきた。
が、異世界から帰還して誰とも会っていないのに人から恨まれるような覚えはない。
もしかして異世界に召喚される前からの相手だろうか。
「恨まれるような真似をした覚えはないぞ」
英花がキッパリと言い切った。
俺も続きたいところだが、逆恨みなら可能性がないではないかもしれない。
そう思うと即答はできなかった。
「涼成は覚えがあるのか?」
「いや、逆恨みしている奴がいるかもしれんと思っただけだ」
「なるほど。それなら私も無いとは言えないな」
「魔王様と涼成様のお二方に恨みを持っていますニャ」
ミケからもたらされた情報は予想外のものだった。
英花にとっても、それは同様だったらしい。
「「なんだって!?」」
2人して驚きハモるように叫んでいたからね。
「もっと細かいことはわからないか?」
「申し訳ありませんニャ。剣を持った痩せぎすの男という他は何もわかんないですニャン」
「「…………………………」」
ミケの返答に俺たちは思わず言葉を失っていた。
心当たりがひとつだけあったものの、まさかという思いの方が先行したからである。
「顔は見たのか?」
霊が相手だとさすがに無理かもしれないと思いながらも聞いてみた。
念のためってやつだ。
「今も見えてますニャ。見るからにズルそうで誰からも嫌われそうなオッサンですニャ」
「「兵士長だ!」」
俺たちに恨みを抱く相手で奴以外にそんな中年男は知らない。
「それは誰ですニャン?」」
今度はミケが疑問の言葉を発する番であった。
「異世界召喚された世界で最初に指導を受けたオッサンだな」
「右に同じ」
できれば思い出したくない相手である。
セコい、臭い、うるさいと三拍子のそろったケチな男だった。
奴なら異世界が消失したことで俺たちを逆恨みしてもおかしくないとは思う。
しかし、他の世界を破壊し消滅させてまで永遠の生を得ようとするなど馬鹿げている。
それに逆襲されたり破綻したりということは考えなかったのか。
微塵も考えなかったのだろうな。
上から目線で自分たちが一番だと妄信し下に見た者たちを平気で踏みつけにする。
故にひっくり返されると憤る訳だ。
兵士長のように嗜虐的な言動をしているパワハラ野郎であれば真っ先に逆恨みしてくるだろう。
ただ、疑問がひとつ湧き上がってくる。
「奴は異世界と一緒に消滅したんじゃないのか?」
それは英花が口にしていた。
「アレが成仏できないのはわかるが、逆恨みしてこっちにまで飛んで来たとしたら相当だな」
まったくもって同感である。
「きっと地獄でも門前払いされたんだろうよ」
「はた迷惑な話だ」
実際は恨みと憎悪を糧として異世界が消滅する前に俺たちがいるこちらの世界に飛んで来たというところか。
死んでしまって霊体だけのため転移コストも高くなかったのだろう。
このタイミングになるまで動きを見せなかったのはダンジョンコアに捕らわれていたのかもな。
一種の保険だ。
腐食の王という切り札が倒されたので未知数ではあるが捕らえた霊を使うことになったと。
向こうにしてみれば緊急事態なので一か八か賭けてみたというところか。
いずれにせよ俺たちからすれば英花が言うように、はた迷惑なことに変わりはない。
「そのはた迷惑の元凶が仕上がろうとしているな」
腐食の王のものだった魔石の周囲に闇色の靄がまとわりつくように集まり始めていた。
「ゴーストか」
ここまで来れば英花でなくても魔物の正体は明白。
もちろん異世界で勇者だった俺たちが対応したことのある魔物だ。
ダンジョンコアにとっては不幸なことに倒し方も知っている。
懸念材料があるとするなら……
「魔力の方はどうだ?」
確認すべく英花に問うてみる。
「問題ない。守護者を倒したことでレベルアップしたじゃないか」
「そっか」
バタバタしていたせいでステータスを確認していなかったがレベルアップしたならMPも満タンのはずだ。
こういうところはゲームみたいで現実味が薄いんだよな。
どうしてそうなるのかは知らない。
あえて言うなら世界の仕様ですってところだな。
「なら俺が奴を逃げられないように囲うから攻撃魔法よろしく」
「囲う? ゴーストは物理攻撃無効だっただろう。どうやって閉じ込めるつもりだ」
「あれ、知らなかった? 浄化結界の魔法」
言いながら浄化結界を展開しゴーストを光の箱で囲い込む。
「こんな魔法が開発されていたんだな」
感心した様子で眺めている英花。
「これならゴーストは脱出できない」
外に出ようと光の壁面に触れれば大ダメージを負うことになる。
触れなければ何ともないけどね。
「浄化した方が早かったんじゃないか」
「確実に捕まえておかないと逃げられるんだよ」
「それな。霊体型のアンデッドを相手にしたときは苦労した」
苦笑する英花。
敵はもう逃げられないから余裕がある。
「けど、これだと我々も攻撃できないんじゃないか?」
もっともな疑問だが、それは大丈夫だ。
「この魔法はアンデッドと瘴気だけを通さないんだ」
「じゃあこちらの魔法は……」
「素通りするから試してみ」
俺がそう言うと英花は躊躇うことなく光の箱に向けて手をかざし火球を放った。