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198 とりあえず皆伝?

「今日で特訓は終わりだ」


 英花がそう告げると大阪組はこれ以上ないというくらいのポカンとした顔となった。

 そのまま数秒の沈黙が続く。

 それほどのショックがあったのか。


 いつもの彼らならば即座に反応して何かしらのコメントをしていたはずだ。

 だとすると大阪組の体感時間はいかほどのものだっただろうか。

 きっと実時間よりもずっと長く感じたことだろう。

 実際どうなのかは当人たちに聞かねばわからないのだけど、そんな気がした。


「どういうことですのん?」


 ようやく1人が絞り出すような声で聞いてきた。


「どういうことと言われると卒業というか免許皆伝というか、そんな感じだ」


「なんでや。魔王様たちのお眼鏡にかなうほどワイら強なってませんで」


「せや。まだまだ弱いいうんは痛感しとるんや」


 比較する相手を間違えていると指摘するのは控えた。

 厳しく指導するのと傲慢に振る舞うのは違うからね。

 それに、あんまり弱い弱いと言っていると大阪組の心を折りかねない。


 今の大阪組ならば日本でもトップクラスの実力を備えているはずだ。

 俺たちを目標とするのは構わないんだけど、それなら年単位で修行を続ける必要がある。

 レベルだけで考慮しても倍以上の差があるからね。

 ザラタンのような経験値を大量にゲットできるような魔物がそうそういる訳ではない。


「では、問うがオークキングと戦ったら勝つ自信はあるか」


「そら無い言うたらウソになりますわ」


 残りの大阪組もウンウンとうなずいている。


「世間でのオークキングの認識は?」


「えっ、そりゃひとつの壁ちゃいますか」


「最近は倒せるようになったいう話もチラホラ聞くようになりましたなぁ」


「そのせいで被害も拡大してるいう話ですけど」


「総じて中級免許持ちでも迂闊に手ぇ出したらアカンとは言われてるはずですわ」


「では、充分に卒業できる資格があることにはならないか」


「「「「「うっ」」」」」


 全員が短くうなって「しまった!」という顔をする。

 そんなに特訓を卒業するのが嫌なのか?

 かなり厳しくやってきたはずなのに何を考えているのだろうか。

 普通は、やっと解放されると安堵するものだと思うのだが。


 っ!? もしかして大阪組はMに目覚めたのか?

 あるいは元から被虐趣味があったとか。

 それはないと思いたいけどね。

 特訓でひいこら言っているときは喜んでいるようには見えなかったし。


「いや、多少は強なったかもしれませんけど、まだまだ弱いのは間違いないですわ」


「オークキングも倒せるとは思いますけど安心できひんいうか」


「ワーウルフみたいな素早いんはまだ心許ないっちゅう感じですねん」


 そんなことを言い募り始めた大阪組に英花はオーバーアクションで嘆息した。

 そして、ギロリとひと睨みする。


「甘ったれるな」


 怒鳴りこそしなかったが英花のその声はズシリと体全体にのしかかるような錯覚を覚えさせたことだろう。

 殺気に至らないまでも刺すような、それでいて重い気が大阪組に向けられてもいる。

 それだけで大阪組は風船がしぼんでいくように畏縮してしまった。

 ただ、ビビっているのとは少し違う気がする。


 きっと彼らも特訓をずっと続けることができないのはわかっているのだ。

 頭では理解しながらも体が拒否する感じとでも言えばいいのか。

 それだけ不安があるということなのだろう。

 冒険者なんて安定も保証もない自己責任の極みのような商売だからね。


 だが、そこから逃げていては長続きはしない。

 これから先も冒険者として活躍したいのであれば厳しい環境に及び腰になるようでは話にならないのだ。

 安全マージンを過剰に取ってルーチンワークのように活動するのもありだとは思う。

 しかしながら、大阪組のような向上心があるタイプの冒険者には不向きだ。

 代わり映えのしない活動は時間の経過とともにメンタルがやられてしまうだろうからね。


「恐れるなとは言わない。それは必要なことだ」


 特訓の間、俺たちが何度も言ってきたことだ。

 恐れない者は油断する。

 恐れない者は引き際を見誤る。

 恐れない者は調子に乗ってつまらないミスをする。

 だから適度に恐れろ、と。


 必要以上に言い過ぎてしまったのだろうか。

 もしこれが指導スキルの影響なら頭の痛いところだ。


「だがな、それでも限度というものがある。ハッキリ言って特訓前の方がずっとマシだったぞ」


 怖いもの知らずなところはあったのかもしれないけどね。

 鍛えれば勝てるという脳筋発想が通用しないワーウルフやサーベルウルフが出てきたことで未知の魔物に対する恐怖が増した側面はあると思う。

 だから単純比較は意味がないと言われてしまう恐れはあるのだけど。

 それでも英花はあえて無視する形で大阪組を諭すように叱った。


 これで、まだうだうだ言うようなら特訓のやり直しになりそうだ。

 同じ方法ではダメなことはわかるが、どうやっていくべきなのか何が有効なのかがわからない。

 手探りで進めるしかないだろう。

 時間がかかりそうだ。


 できれば勘弁してほしいところである。

 ここのところ大阪組にかかりきりだったので俺たち自身のダンジョン攻略がまるで進んでいない。

 休養日はリベンジ修学旅行に割り当てられているからね。

 すでに浅草や上野などに行ってきた。

 かっぱ橋の道具屋街とか動物園とかは隠れ里の民たちにも受けが良かったんじゃないかな。

 これをないがしろにはできない。


「勘違いするなよ」


 この言葉にしょぼくれていた大阪組が顔を上げて軽い驚きを見せていた。

 英花が何を言いたいのか想像できなかったのだろう。


「我々は保護者ではないのだぞ」


 この一言はガツンと響いたようで全員がハッと目を見開いていた。


「仮に保護者だったとしても、いつかは巣立たせるものだ」


 大阪組にとっては今が丁度そのタイミングである。

 言い訳だと思われてしまうかもしれないが、こちらの都合だけで決めたことではない。


「未熟だからと親離れさせない野生動物がいるか? いないだろう」


 返事はなかった。

 が、この状況で無言を否定と受け取る者はいないだろう。


「単位が足りているのに社会経験がないからと卒業させない学校があるか?」


 これも返事なし。


「不安があるから納得いくまで鍛えてくれ? ふざけているのか?」


 気まずい沈黙が流れるが誰も答えようとしない。

 ふざけてなどいないと否定するしかない問いかけだが、答えれば厳しい追及が待っていることだろう。

 答えられる訳がなかった。


「その態度は、わざと単位を落として留年する不届き者と変わらないな」


 そんなつもりはなかったと言いたげにしている大阪組。


「気付いてないのか。腑抜け丸出しの発言をしていると永遠に終わらんぞ」


 その指摘で大阪組は驚愕の表情に固まってしまう。

 今頃になって気付いたのか。


「今の不安は強く感じるか否かは別にして、ずっとつきまとうものだ。それでも踏み出さなければならない」


 人間は進学や就職などでそういう節目を何度も経験するはずなんだけどな。


「どうする? 覚悟がないならやめておくか?」


 なかなか酷なことを聞くね。

 でも、これくらい言わないと踏ん切りがつけられないんだろうな。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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