190 教員問題
養護教諭の沢井をスカウトしたはいいのだが、それで話が先に進むほど世の中は甘くできていない。
「残るは中高の英語と国語、それから小学校の教師だな」
良しと片手でガッツポーズを決める遠藤大尉。
「気軽に言わないでください。自衛軍の中で探して見つからないんじゃ厳しいですよ」
生徒が隠れ里の民たちだから下手な人間に教師を任せる訳にはいかないのだ。
ぶっちゃけると部外者お断りなのである。
それくらい慎重に人選を行わないと昨今は変な教師がニュースで報道されたりするからなぁ。
「そうですね。外部委託する訳にはいかない案件ですから」
俺がボヤくと大川曹長が援護してくれた。
「あんまり深刻に考えるなよ。ハゲるぞ」
嫌なことを言ってくれるじゃないか。
だが、どう考えても安い挑発なのは明白である。
ここで向きになっても大尉のペースにはめられるだけなのでスルーしておく。
大川曹長も苦虫を噛み潰したような顔をしているが俺と同じ結論に達したようで反論はしないようだ。
「面白そうな話をしているな」
誰だ? ハゲる話が面白いとか言い出すのは。
この部屋にいる人間なんて限られているんだから誰何するまでもないんだけどね。
俺たちは医師の方を見た。
「その募集に応募することは可能なのかな」
「ちょっと、先生っ」
それまで黙っていた看護師がとがめるように医師に声をかけた。
「英語の教員免許なら持っているのでね。可能なら応募したいところだ」
医師は看護師のことはいないかのように声掛けに反応することなく話を続ける。
「ついてるねえ。人の縁は大事にしないといけないな」
「大尉は楽観視しすぎです。まだ採用すると決まった訳じゃないんですよ」
もう採用したつもりの遠藤大尉に対して大川曹長はブレーキをかける。
「いや、大丈夫だろ」
こういう時の遠藤大尉はとことんポジティブだよな。
この医師のことを勘で問題ない人物だと見抜いているからかもしれないけど。
「先生、うちの地元はここから通えませんよ」
「それなら引っ越すしかないな」
「病院の仕事はどうするんですかっ」
再び看護師が医師を止める。
「辞めるに決まってるだろう」
何を当然のことを聞くのかと言いたげに医師は看護師の方を見ながら肩をすくめた。
「給料は良くないですよ。医者の方が稼げると思いますがね」
「給料なんて私1人が食っていければ充分だよ」
ハハハと笑う医師だが、軽い調子とは裏腹にその決断はちょっとやそっとでは動かないであろう重さを感じた。
何だ? 違和感があるな。
「じゃあ、決定だな」
「大尉に人事権はありませんよ」
「堅いことを言うなよぉ」
遠藤大尉が唇を尖らせて不服を口にする。
「大尉がいい加減なだけです」
遠藤大尉と大川曹長のやり取りが漫才じみてきた。
そういうのは需要のある場所でやってもらいたいものだ。
何処で求められているかは知らないが。
「同じ先生でも医者と教師では畑がまるで違いますよ」
遠藤大尉たちのことは放置して医師に話しかける。
「ああ、御心配なく。短いながら教師の経験もあるんですよ。医者になったのは身内が病気になってからなんでね」
言いながら医師は苦笑する。
「そんな訳で教師に嫌気がさした訳でもないんですよ。むしろ最近は医者であることに意義を見いだせなくなっていましてね」
それはつまり病気だった身内が治療により完治したか、あるいは……
迂闊に踏み込めないな。
面識もろくにない相手の深い部分に土足でずけずけと踏み込むような真似はするものじゃない。
「人の死を見るのに疲れました。人間、死んだらおしまいですからね」
医師は何処か寂しそうな雰囲気を漂わせる。
どうやら踏み込まなくて正解だったみたいだな。
「どうせなら、これからを生きる子供たちを見ていきたいものです」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
俺は医師と握手した。
そこで、ふと気付いたことがある。
俺、この先生の名前を知らない。
女児の治療にばかり目が向いていたため挨拶もそこそこにポーションを使ったためなんだけどね。
だから向こうも俺の名前を知らない。
手が離れた直後に医師と視線が合うと何かに気付いたような表情を見せた。
どうやら医師の方も同じことに気付いたようだ。
互いに苦笑する。
「張井涼成と言います」
「野木一二三だ。よろしく」
その後の細かな話は後日ということになった。
俺も大人の修学旅行へと合流する。
合流先が東京タワーとなったのはジェイドにとっては不幸なことであろう。
「また鉄塔の上に登るのか!」
「1人だけ下で待っているという訳にもいかないだろ」
「こんなことなら宿で休んでおれば良かったわい」
「それはそれで暇を持て余すだろ」
「ふん、退屈などせんわ。仕事をすれば良いのじゃからな」
ワーカホリックな爺さんだ。
「修学旅行中は仕事禁止のルールを忘れたのか」
修学旅行のしおりに書かれているので知らなかったとは言わせない。
隠れ里の民たちは、よほど修学旅行が楽しみだったのか隅から隅まで余すことなく読んでいたからね。
「ぐぬぬ」
「どのみち今から宿に帰るなんてできないんだから、諦めろ」
「何故あのようなものに登らねばならんのだぁっ」
「修学旅行の予定に入っているから」
「ぐふっ」
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東京タワーの展望台に上がるのに一苦労させられた。
言うまでもなくジェイドが原因だ。
しょうがないので魔法で眠ってもらってミケに憑依させた。
下に戻ってきてから起こすのがもっとも平和的解決法だろう。
1人だけ放置していく訳にはいかなかったので苦渋の決断である、という理由付けはしておいた。
誰も反対しなかったので文句はないだろう。
先に眠らされたジェイド以外はね。
眠っている間に上に行ってきたと知ったら、どんな反応をするやら。
「あれえっ、魔王様やないですか!?」
展望台に着いたと思ったら意外な先客がいた。
大阪遠征の時に知り合った冒険者チームの一団だ。
全員ではなく一部ではあるけどね。
「む、大阪組か」
「ちょっ、待ってくださいよ。何ですの? そのけったいな名前は」
「まとめて呼ぶときに便利だろう」
「勘弁してくださいよぉ」
「ここにおらん他の奴らと込み込みの名前とかあり得へんのですけど」
「そうっすよ。十把一絡げみたいやないですか」
文句を言いながらも笑っている大阪組の一団。
ネットを通じてやり取りがあったとはいえ久しぶりに会えたからね。
もちろん、それだけ気安くできる仲間意識があるからなんだけど。
「別に低くは見てないから安心しろ」
「「「「「ホンマですかぁ?」」」」」
そして隠れ里の民たちを除く全員で笑い合う。
ひとしきり笑った後は自由行動という体で各自ばらけた。
うちの面々だけで固まっていると他の客に迷惑以外の何ものでもないから当然だ。
それに俺たち3人は大阪組と旧交を温める訳だけど、大阪組のことを知らない隠れ里の民たちに付き合わせるのはどうかと思うし。
「それにしても大人の修学旅行ですか。おもろいこと考えますなぁ」
「ホンマや。子供を引率するのはしんどいから、そういうのやってみたかったなぁ」
「なに言うてんねん。今の俺らかて修学旅行みたいなもんやんか」
「絵に描いたようなお上りさんやもんなぁ」
話は尽きない。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




