180 高尾山の事件
「どうする、涼成?」
英花が表情を険しくさせながら聞いてきた。
「どうするって何を?」
高尾山で存在に気付いた隠れ里のことを言っているのだとは思うが、念のために確認しておく。
「何をって隠れ里のことに決まっているだろう」
「それならどうもしないよ」
「何故だ」
声を荒げこそしなかったが気の高ぶりを感じた。
これはかなり苛立っているな。
「そんなにイライラするなよ。相手を刺激してしまうだろ」
「ぐっ」
何者かに見られていることには英花も気付いているようで、短くうなって歯噛みする。
「御屋形様よ、相手とは何じゃ?」
それまでは平然としていたはずのジェイドが軽く眉間にシワを寄せ、周囲の様子を落ち着きなく探り始めた。
「見られてるんだよ。けど、俺たちはケンカを売りに来たんじゃないよな?」
「うっ」
俺の問いかけにうなったジェイドはしばし沈黙したかと思うと、強張らせていた体の力をフッと抜いた。
「どんな事情があるか知らんが、向こうはなんか苛ついているみたいだから刺激しないのが一番だ」
「攻撃されたらどうするつもりだ」
「ええっ、そんなにピリピリした相手なのぉ?」
仮定の話をしてくる英花に真利が大きく目を見開いて驚きをあらわにした。
「そこまで苛ついてはいないだろう。それに向こうは気配を上手く殺しているし変に刺激しなければ何もされないと思うけどな」
「それはそうかもしれんが、ただ者ではないぞ」
英花がピリつく理由はそこか。
向こうの実力は未知数ではあるが俺たちと同等かそれ以上だと思われる。
おまけに相手にとってはホームグラウンドだから俺たちには不利な条件がそろっているんだよな。
それでも向こうが苛立っていなければ英花も警戒したりはしなかったはずだ。
「だからって、こっちから土俵に上がる真似をしたらそれこそ無用な争いを引き起こしかねないだろ」
「しばらく様子見でいいんじゃない?」
「そうじゃな。なにか不穏な気配が流れ始めたら急いで下山すればええ」
真利の提案にジェイドも賛同する。
俺もそちら側なのは言うまでもない。
英花は反論はしないものの表情を渋らせているので積極的には賛成できないといったところか。
残るはエルフ女子のメーリーなんだが。
そちらを見ると、何故かわたわたし始めた。
「えっと、自分ですか? そうですね、えっとえっと……」
「そんなに泡を食うようなことではないと思うんだが」
「いえっ、あのっ、自分の意見ひとつで、この先の状況を変えてしまうんじゃないかと」
杞憂もいいところだと思うのだが自分に自信が持てないのだろう。
「責任は問わないから参考意見を聞かせてくれればいい」
「では、あのっ、刺激しない方に一票で」
おずおずとではあるが即答してくれた。
「自分だけ反対しても意味はないか。確かに敵対的な姿勢を見せるよりは問題は発生しにくいだろうな」
「一応は警戒しておくさ。何か引っ掛かるものを感じたんだろう?」
「根拠のない勘だがな」
そう言って自嘲の笑みを浮かべる英花だが、勘を馬鹿にするつもりはない。
「何かしらあると思っておくべきだろうな」
「そうだね。はやく皆と合流した方がいいと思う」
真利の意見に反対する者はいない。
「そういう訳だから、ミケ」
『はいですニャー』
「周囲の登山客に怪しまれないようにしつつ合流地点に急ぐよう全員に通達を頼む」
『アイアイサーですニャン』
霊体モードでビシッと敬礼したミケは次の瞬間には残像を残して姿を消していた。
「は、速い……」
ミケのトップスピードを知らないメーリーが唖然としている。
「ボケておる場合ではないぞ」
ジェイドに注意されてすぐ我に返ってはいたけどね。
「俺たちも急ごう」
何が起きるかはわからないが今までのように度々立ち止まるようなことをせずに先を急ぐ。
何も起きなかった場合はちょっと損した気分になるかもしれないけどね。
が、そうはならないだろう。
俺は相棒の勘を信じる。
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ペースを抑えつつも半時間ほどで合流地点に到着すると隠れ里の民たちは全員そろっていた。
思ったよりも皆の到着がはやい。
各パーティごとに別の登山道を使ったはずだから俺たちより遅れる面子がいてもおかしくないんだけどね。
誰も走ってはいないと思いたい。
『最初からハイペースで来ていたようですニャ』
俺の懸念を察したのかミケが教えてくれた。
そういうことなら、とやかくは言うまい。
途中の景色を楽しんでほしいと言ってあったことについては残念だとは思うけど事情が事情だ。
非常事態に備えるには好都合だった訳だし。
それよりも問題なのは一部の面子が深刻な雰囲気を醸し出していることだ。
さっそく何かあったのかもしれない。
「英花の予感が的中したみたいだ」
「当たってほしくはなかったがな」
「何があったのかな。誰かが怪我をしたとかじゃないよね」
そういうのは魔法やポーションで対応できるから大丈夫なはずだ。
人目につかないように気を配る必要はあるけど。
「とにかく話を聞いてみんことには何もわからんわ」
ジェイドの言うことももっともである。
その言葉にうながされるように、お通夜のように落ち込んでいる面々のところへ向かう。
「何があったか聞かせてもらえるか」
「御屋形様」
俺が声をかけるとうつむき加減だった一団が顔を上げた。
「ワシらは寺のそばを通るコースで来たんですが──」
ドワーフの1人が話し始める。
「うん」
「山門のあたりで人が集まってちょっとした騒ぎになってましてな」
「山門で騒ぎ?」
薬王院という寺の山門だな。
そこで騒ぎになるなど余程のことだろう。
「ケンカではないんだな」
通りすがった彼らの様子からそんな事態にはなっていないとは思いつつも確認する。
「はい、そういうことにはなっとりません」
「それじゃあ何が起きていたの?」
気になって仕方なかったようで俺より先に真利が問いかける。
「どうも遠足で来ている子供が行方不明になっとるようです」
その報告に俺たちは顔を見合わせた。
「「「隠れ里だ」」」
示し合わせた訳ではないが3人でハモってしまった。
「それしかあるまいよ」
ジェイドも同じ意見だ。
「問題は迷い込んだのか、誘われたのか」
「どう違うのですか?」
よくわからないという顔でメーリーが聞いてきた。
「迷い込んだなら隠れ里の住人がどうにかして追い出すと思う」
誘われた場合のことは説明するまでもないだろう。
堂島氏と同じようなことになっているとまでは言わないが、何のアクションも起こさなければ今日中に帰ってくることはあるまい。
「大変じゃないですか。何とかしないと」
メーリーが慌て始めるがジェイドに腰のあたりを叩かれてつんのめる。
「落ち着かんか、バカ者」
「痛いですよぉ」
「それくらいせんと、お主は1人で山門に向かっておったじゃろう」
「うぐっ」
否定しないということはジェイドの指摘通りのことをするつもりだったのか。
そそっかしいエルフ女子だな。
「どうする、涼成?」
「子供が行方不明じゃ放っておくことはできないだろう」
隠れ里が関わっているとおぼしき状況だから人任せにできないし。
「では捜索に協力する体で隠れ里に向かうのだな」
「ああ。そうするしかないと思う」
「となると、もっと詳しい情報が必要だな」
英花の言葉で事情を説明してくれたドワーフに皆の視線が集まった。
読んでくれてありがとう。
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