179 ジャンケンのちハイキング
初日と2日目は予定が潰れてしまったので3日目が大人の修学旅行初日である。
で、かねてより予定していた高尾山に向かうことになったのだけど出発前から軽く揉めた。
あんまり固まっていると目立つから隠れ里の民たちにばらけてほしいと言ったせいだ。
俺たちはいつものパーティメンバーで勝手に行くからと言うと──
「せめて数名は同行させてください」
懇願されてしまいましたよ。
これ自体は1チーム限定で認めたので揉めた訳ではない。
問題はその後だ。
自分が行く、いや私だ、などの言い合いが始まってしまった。
「勘弁してくれよぉ」
「人気者はつらいな、涼成」
「他人事だと思ってさぁ」
「邪魔をしても恨まれるだけだからな」
「それにしちゃあ一喝してただろ」
「ホテルのロビーで大声を出し始めていたからな」
そんな訳で喧々囂々の騒ぎには発展していないが睨み合いが続いている。
「この調子じゃ何時間も潰れかねんぞ」
「かもしれんが、ガス抜きして恨みっこなしの方がいいだろう」
「今のうちにこっそり出発するか」
「やめておけ。気付いた時に騒ぎを起こしかねん」
「あー、それはマズい」
ならば待つしかないのか。
あるいは全員一塊で行くことにすれば、この場は収まるはず。
今から方針を変更することも考えねばならないかと悶々としていたのだが。
「ふむ、真利が何か話しかけているな」
「んん、どういうつもりだ?」
雰囲気からすると妨害しようとしている訳ではなさそうだ。
さりとて仲裁しようとしているようにも見えない。
何事かと思って見守っていると、50人総出のジャンケントーナメントが始まってしまった。
「パーティの代表でジャンケンをすれば手っ取り早いのに」
「そのやり方だと負けたパーティの代表が恨まれるぞ」
「ああ、そういうことか」
全員参加となれば負けたとしても自分の運がなかっただけとなるから不平不満は表に出てこないと考えたのだろう。
真利も考えたものだな。
これ以上、無駄に時間を潰されたくなかったからだとは思うけど。
「それに、トーナメント方式だから必然的に人数を絞ることができる」
「なるほど。1パーティより少なくできる訳か」
あまりゾロゾロと大勢で回りたくないこちらとしては好都合だ。
「それにしてもシュールな光景だな」
ホテルのロビーでドワーフとエルフたちが黙々とジャンケンをしている姿は違和感がハンパないんだよね。
まあ、俺たち以外からは外国人観光客が何故かあちこちでジャンケンをしているようにしか見えないんだけど。
それはそれで異様な光景か。
「確かにそうかもな。周りの客がドン引きしている」
「そりゃあ静かに一喜一憂されれば何事かと思われるって」
英花の一喝が効いているようでなにより。
まあ、最初に叱り飛ばしたときに大声を出してしまったことを棚に上げてしまう気はするけど。
で、誰が残ったのかというと……
「ふん、伊達に年は取っておらんわ」
ドヤ顔で鼻息を荒くしているジェイド。
「年齢とかジャンケンに関係あるか?」
「ヒヨッコどもは読みやすくて楽勝じゃったわい」
「あー、そうかい」
洞察力の勝利だったようだ。
そしてもう1人は……
「よろしくお願いします、御屋形様」
見た目は俺たちとそう年が変わらないように見えるエルフ女子。
確か名前はメーリーとか言ったよな。
金色の長髪と灰眼は隠れ里の民のサブリーダーであるネモリーと同じだが、面立ちは似ていない。
あと、メーリーの方がわずかに背が高いんだよな。
俺が目線を合わせようとすると、やや上を向くことになる。
どうして俺の周りには背の高い女子ばかりいるんだろう。
何はともあれ、ようやく移動できる目途がついたのは良かったよ。
ジャンケン大会に発展しない状態だと、いつまでかかったかわからないからね。
人数を絞り込んだおかげで車で移動する時点からジェイドたちが同行することになった。
ミケは霊体モードで同行することになったけどね。
まあ、もともとホテルにチェックインする前から霊体モードだったので特に愚痴ってきたりはしなかった。
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高尾山は山頂へ向かう登山道がいくつもある。
途中でケーブルカーやリフトが使えるコースもあるが、俺たちは最後まで自分の脚で登ることにした。
事前に調べたところによると2時間程度で上ることができるそうだが。
「あんまりスタスタ行っちゃうと1時間かからないかもね」
真利が言うようにレベルアップしたことで常人離れしたステータスとなった俺たちが本気で登るとそういうことになる。
それどころか走ってもいいなら、あっという間に到着してしまうだろう。
もちろん他の登山客の迷惑になるので走ったりはしないし景色と風情を味わいたいのでゆっくりと歩を進めていく。
人が少ないコースを選んだので喧噪などもなく静かなものだ。
そのせいか厳かな雰囲気すら感じてしまう。
ダンジョンに挑むときの殺伐とした空気感とは正反対で癒やされるね。
「皆は今どのあたりだろうねー」
「バスと車では駐車場が離れているから遅れているだろう」
「それもあるけど分散してコースを変えるように言ってあるから、こっちには来ないぞ」
「そっか。合流地点まで行ったら追い抜かれてるかもね」
車に乗る際に何とも言えない目で見送られたから真利の言った通りになることも充分に考えられる。
二度と会えなくなる訳じゃないというのにねえ。
「そんなことはどうでもいいじゃろう。御屋形様たちは景色を楽しむために来たのではないのか」
ジェイドにもっともなことを言われてしまった。
そこからは黙々と歩く。
時折立ち止まって周囲を見回したり鳥の鳴き声に耳を澄ませたりもした。
厳かな空気は相変わらずだ。
むしろ強まっているような気すらする。
それと同時に誰かに見られているような感じもわずかながらにあった。
近くに何者かの気配はないんだけどね。
動物とおぼしき息づかいは感じるんだけど、そちらからは見られている感じはしない。
何者だ?
敵意は感じないけど、ちょっとイライラしているかもしれない。
それと空間魔法が使われている。
上手く隠蔽されていてわかりづらいけど、これってアレだよな。
魔法が得意な隠れ里の民たちでも気付けるかどうかといったところだけど。
そして、中腹あたりで立ち止まった時のことだ。
「なんだか不思議な場所ですね」
メーリーが周りを見渡しながら言った。
「なんじゃ、お主は気付いておらんかったのか」
「何がです?」
「お主が妙に感じておるのは隠れ里の気配だ」
「あっ、確かにそうです! さすがジェイドさん」
メーリーがコクコクとうなずいている。
「何を言っておるか。御屋形様たちも気づいておるわ」
ジェイドにうながされるようにしてメーリーがこちらを見たのでうなずいておいた。
「精進します」
神妙な面持ちでペコッと頭を下げるメーリーであった。
「それにしても、こんなところに隠れ里があるとは思わなかったな」
「旅行前には想像もつかなかったよねー」
「規模は高尾山全体くらいか」
真利は割と呑気に構えているが英花は警戒を強めている。
「敵対的な雰囲気も邪悪な気配も感じないからスルーでいいんじゃないか」
自分ちの敷地内というなら話も変わってくるけどね。
読んでくれてありがとう。
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