178 変装用指輪は認められるか
変装用指輪が上手く機能することが確認できたら次は冒険者組合に直談判とはいかない。
冒険者の反応が一般人と異なる可能性だってあるからね。
そんな訳で道中で多少の寄り道をしてみた。
指輪を外した状態でダンジョンを軽くハシゴするだけなんだけど。
とはいえ数件回るだけで本来の予定は潰れてしまう。
これが日程まで決まっている本物の修学旅行であったなら完全にアウトだ。
俺たちは長期遠征のつもりで来ているのでなんら問題はないのだけど。
で、結果はというと……
「うっわ、マジでエルフじゃん?」
「俺、初めて本物見たわ」
「当たり前だろ」
「おい、声かけてみろよ。挨拶くらいなら大丈夫だろ」
「俺に言うな。お前が行けよ」
「無理だ、無理。俺は見てるだけで充分だ」
「だったら言うな」
1件目はこんな具合に遠巻きにして見られるだけだった。
「おい、あれエルフじゃね?」
「うぉっ、マジか!? ドワーフもいるじゃんかよ」
2件目は見つかった途端に囲まれてしまった。
不埒な真似はされなかったが質問攻めにはあったな。
「普段は何を食べてんすか?」
「すまないが質問の意図がわかりかねる。特に変わったものを食べているつもりはない」
「いや、そういうことではなくてですね。エルフは肉を食べないという話が通説のようになってまして……」
「そんなデタラメな話が巷では出回っているのか」
エルフの1人が呆れた面持ちで頭を振った。
「我らとて肉は食べる。行きすぎた偏食など健康を害するだけだからな」
周囲からおおーっという驚きの声が上がる。
他にも色々と質問されて2件目はダンジョンの様子を満足に確認することができなかった。
メインの目的ではないのでしょうがないんだけどね。
3件目は思い出すだけでも論外な結果だった。
ざっくり言うと最初のサービスエリアでからんできた輩のような連中に出くわしたのだ。
他の冒険者がかばってくれたりもしたけど、しつこくからんできて最終的には警備担当職員に連行されていたけどね。
「エルフとかいる訳ねえだろ」
「そうだそうだ」
「すかした顔しやがって。冒険者を舐めてんじゃねえぞ」
そう言いながらエルフの1人につかみかかろうとした輩の前に立ち塞がる冒険者がいた。
「なんだよっ、テメエやんのかゴルアッ!?」
「よせよ。暴力沙汰を起こして免許を剥奪されたいのか」
「へっ」
輩が止めに入った冒険者の胸ぐらをつかんだかと思うと鼻で笑った。
「免停が何だってんだ。そんなのが怖くて命張って冒険者やってられるかよ!」
「コイツ、ビビりじゃねえか!?」
「臆病モンのくせに出しゃばってんじゃねえぞ、オラ!」
輩の仲間も大声ではやし立てるが、そのせいで騒ぎが大きくなっていることに気付いていない。
「お前はちょっと黙ってろよ」
輩が冒険者の顔面を殴った。
タイミングとしては最悪の部類だろう。
もちろん連中にとっての話だ。
「現行犯だな。逮捕する」
背後から声をかけられ振り向いた輩どもがギョッとした顔で固まった。
屈強な警備担当職員が何人もいたからだ。
「うるせえっ。邪魔すんな!」
すぐ我に返って反抗心をむき出しにして吠えると──
「警察でもないのに逮捕とか言ってんじゃねえよ」
「俺らがビビるとでも思ってんのか、ああん?」
「俺らは最強なんだぜ。こんくれえでビビるかっての」
口々に挑発的な言葉を発して食ってかかる輩ども。
それだけではなく警備担当職員たちにつかみかかっていくのだから始末に負えない。
まあ、それも俺たちからすればの話だ。
あんなのに関わってこっちまで処分対象にされたんじゃたまらないからね。
一方で職員からすれば全員を力尽くで拘束できる口実ができた訳で。
「確保ぉっ!」
その一声で職員全員が迅速に動き始めた。
一瞬で終わったけど。
最強などとうそぶく輩の抵抗など許すはずもなく、あっという間に拘束して連行。
こんなことになったおかげで3件目もろくにダンジョンの様子は確認できなかった。
事情聴取を受けなかっただけありがたかったけどね。
「すまないな。我々のせいで不要な怪我を負わせてしまった」
「いえ、問題ないです。軽くいなしたのでダメージはほとんどありませんよ」
エルフが謝ると止めに入った冒険者が事もなげにそう言った。
「そうは言うが口の中を切っただろう」
「それくらいは仕方ありませんよ」
「これを使うといい」
そう言ってエルフは冒険者に小瓶を渡した。
「これは?」
「傷薬だ。飲むと治りが早くなる」
「いいんですか?」
「せめてもの詫びだ。使ってくれないとこちらが落ち着かない」
「そういうことでしたら」
という訳で冒険者が小瓶の蓋を開けて中身を飲み干したのだが、次の瞬間。
「んん?」
冒険者が怪訝な表情となった。
仲間がどうしたのかと心配そうに見守る中、冒険者の顔が驚愕のそれに変わっていく。
「傷が消えた。これ、もしかしてポーションじゃ……」
そして絞り出すようにようやく言葉を発した。
彼の仲間たちもギョッとした顔になっているのはポーションが滅多に出回らない代物だからだろう。
「そうとも言うらしいな」
「こんな貴重なものを」
「我々からすれば薬草の用意があればいつでも作れるものだ。貴重でもなんでもない」
呆気にとられる冒険者一同。
その後は対価を払うという申し出を断るのに苦労させられたが、どうにか納得してもらった。
結局、輩に遭遇したのは3件目のみ。
残りの数件も遠慮して遠巻きに見ているか、物怖じせずに話しかけてくるか。
そのあたりはコミュ力が影響している気がするけど気にすべきはそこではない。
とにかく彼らが節度ある態度だったのは、揉め事を起こせば罰則があるからだろう。
一般人にはそういうものがないから遠慮がない人が多かった訳だ。
そんな訳で回った先々において密かに撮影していた動画データを添付して大川曹長宛に送信して終了だ。
もちろん変装用指輪が使えるように嘆願する内容の文面がメインである。
その日のうちに返信はなかったけど、何日かしてから面談がしたいという連絡があった。
当然と言えば当然か。
事情にうなずけるものがあるとしても変装なんて認めたら混乱が起きるのは目に見えているからね。
たとえ特例措置であっても認められないだろうとは思っていたし想定内だ。
向こうが積極的に解決策を用意してくれるように動いてくれればいい。
困っていることを真剣に訴えると同時に無茶な要求をすれば向こうも重い腰を上げて動いてくれるだろうというのが俺の読みだった。
後日、面談の際に事情を聞かれたけど、その上で許可はできないと言われた。
そこで終わるなら抗議もしたけど対案を用意してくれていたので読み通りと言える。
罰則の強化などで対応してくるだろうと思っていたんだけど案の定その通りとなった。
輩相手には抑止力にはなりづらいが普通の冒険者が暴走しなければ充分。
輩も実際に行動すれば罰せられる訳だし、こちらが一方的に被害を受けて終わりということにならないのであれば納得するしかあるまい。
という訳で変装用指輪はプライベートの時しか使えなくなってしまった。
しょうがない?
いいや、上出来の結果だよ。
プライベートでも冒険者としても隠れ里の民たちが他人に振り回される恐れが大幅に減ったんだから。
読んでくれてありがとう。
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