177 車中で指輪を作ることになった
「まさか警察まで来るとはね。どうしてこうなったって言いたくなるな」
つい車中で愚痴ってしまうのはサービスエリアでほとんど休めなかったからだ。
隠れ里の民たちのところに人が集まってきて大変だったからなぁ。
キャーキャー騒ぐだけなら、まだ良かったんだけどね。
質の悪い輩がからんできたおかげで警察まで来てしまう始末だ。
「人気者は大変だねー」
人見知りが発動して何もできなかった真利がクスクスと笑う。
「他人事のように言ってくれるじゃないか」
実際、真利は何もしていないに等しいからね。
「俺たちは露払いじゃないんだが」
もしくはマネージャーだな。
とにかく芸能人でもない隠れ里の民たちに群がってくる一般人にお引き取り願う役割を務め続けた。
「仕方あるまい。エルフは耳でバレるからな」
英花も運転しながら会話に加わってくる。
「こんなことなら変装用の魔道具を用意しておくんだった」
「無理じゃないかな。だってジェイドさんは今日になって駆け込んできたんだし」
まさか俺たちの東京遠征に同行したいと言ってくるとは思わなかった。
事前に言ってくれているなら準備のしようもあったんだけど。
「冒険者免許を取った時にって話だよ」
「それって冒険者として活動する時もってこと?」
「無理があるんじゃないか」
真利が疑問を呈し、英花が否定的な言葉を投げかけてくる。
「耳が尖っていないように見せる程度なら許可されたと思うんだ。何処に行ったって騒ぎになると思うからさ」
「あー、ね。それはあるかな」
「今からでも作っておいた方がいいんじゃないか。少なくともプライベートなら、とやかく言われる筋合いはあるまい」
「だよなぁ」
何が悲しくて移動の車中で仕事みたいなことをしなきゃならないのかとは思うが、やっておかないと行く先々で同じことの繰り返しだ。
出先でも仕事じみたことをするのは勘弁してほしいんだけどね。
部分的に幻影をまとわせる感じだから魔力消費も少ないし術式も複雑にはならないだろう。
かさばるようなのは使い勝手が悪くなるので指輪にしておく。
サイズは自動調整されるようにしておけば問題にはならないだろう。
そんな感じでササッと仕様を決定して突貫作業でまずはひとつ終わらせましたよ。
ひとつ仕上げれば後は複製するだけ。
50個分の変装用魔道具が用意できたら移動中の全員にスマホで通達を出して転移魔法で送った。
「これで少なくともプライベートの時だけは囲まれずに済むな」
「ねえ、涼ちゃん。ドワーフの分も用意したのはどうしてなの?」
「ヒゲもじゃでドワーフだってバレたら芋づる式にエルフのこともバレる恐れがあるだろ」
「そっか、なるほどね」
「髭のないドワーフか。ちょっと想像がつかないな」
英花が車を運転しながら眉間にシワを寄せている。
「そんなの俺も想像つかないって。それより深く考えすぎて運転の方をおろそかにしないでくれよ」
「ああ、そうだな」
「でもさー」
何か納得しかねるものがあるのか真利が、この話を終わらせてくれない。
「ジェイドさんたち髭なしになるの納得するかなぁ」
そこは俺も考慮した。
「多少は残すようにしたさ」
ヒゲもじゃでなくなれば印象もガラッと変わるはずだから大丈夫なはず。
たぶん……
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当然のことながら魔道具の仕上がり具合を確認する必要がある訳で、次の休憩時に見に行きましたよ。
小型バスから降りてきたドワーフやエルフたちは、ちゃんと魔道具の指輪を装着していた。
握手攻めはこりたんだろうね。
サインは芸能人ではないので個人のプライバシーに関わるからと断れたものの、その反動でせめて握手だけでもとなったからかな。
今回は外国人観光客のように見えるらしく距離を置かれている気すらする。
「効果は絶大だな」
満足のいく結果と言っていいだろう。
「冒険者として活動するときに使えないのがネックだな」
英花が残念そうにしているが些か気が早いのではないだろうか。
「そこは交渉次第じゃないか? 冒険者組合の受付で周囲がどういう反応をするかにもよるとは思うけどさ」
「涼成は先程のような感じになると思うか?」
「さあ、どうだろうな。ミーハーな冒険者が多いと似たような感じにはなるかもね」
「それよりさ、どんな感じになってるのか見に行こうよ」
かなり気になるようで真利が急かしてくる。
「そう慌てるなって。さっきはまともに休憩できてないんだから一息つかせてやれよ」
「そうだな。バスに戻ってきたところを確認するくらいで丁度いいと思うぞ」
「そっかー。皆さっきと違って伸び伸びしてるもんね」
という訳でバスの近くで待つことしばし。
チラホラと隠れ里の民たちが帰ってきた。
「御屋形様」
金髪のイケメンが小走りで駆け寄ってきた。
顔に見覚えはあるが耳が尖っていないので人違いかと思ってしまうところだったよ。
「まるで別人だねー。これなら外国人観光客にしか見えないよ」
「知り合いでも誰だかわからんレベルだな。ここまで変わると逆に問題にならないか」
英花が懸念するのは身内同士で人違いをしかねないということだろう。
「そこに抜かりなどないさ」
「そうなの?」
「指輪をつけている者同士では、いつも通りに見える仕様だ」
言ってみれば戦闘機などに搭載されている敵味方識別装置のような感じだ。
別に他人を敵と見なしている訳じゃないけどさ。
「なるほど。我々は魔道具を身につけていないから別人に見えてしまうと」
「考えたねー、涼ちゃん」
「だが、我々もわからなくなりかねんぞ」
そう言うだろうと思ったさ。
「だから変装をしない同調機能だけの指輪も用意している」
言いながら2人に指輪を渡して俺自身もつけた。
「あっ、元通りだ。スゴいねー」
「元通りというか幻影をカットしただけだから姿は元から変わっていないぞ」
細かいことにツッコミを入れている英花である。
確かに耳を変形させたり髭を落としたりしてる訳ではないけどさ。
「御屋形様よ」
ジェイドが話しかけてきた。
「なんだ?」
「鏡で見ると落ち着かんのじゃが」
そりゃそうだ。本人にも幻影の効果が出るからね。
「そこまで高機能にはしてないよ。術式の記述が増えると魔力の消費量が増えるだろ」
「ぐぬぬ」
「髭ゼロよりはいいだろう?」
そう問いかけてもジェイドの表情は渋い。
「それともいっそのことゼロにしてしまうか?」
「それはやめてくれぇ」
情けない声を出して懇願してくるジェイド。
試しに指輪を外してみると表情も豊かに見えるし厳つさも薄らいでいる。
髭を見えなくしたら無表情って訳にもいかないので顔の筋肉の動きに連動して幻影も変わるよう工夫したところだ。
寸分違わず実際の表情と同じものが見えている、はず。
そうした方が話しやすいというか親しみやすくていいと思うのだ。
ジェイドはそういうのがダメみたいだけど。
そうなると、あとは仮面を被るくらいしか変装しようがないんじゃないかな。
どう考えたって目立つから一発で素性がバレること間違いなしだ。
「そのうち慣れるから我慢するんだな。他の皆は大丈夫なんだろう?」
「そうでない者もおる」
「少数派なんだな」
ジェイドの返事はない。
認めたくはないので沈黙で肯定する訳だ。
難儀な爺さんである。
「とにかく握手をねだられたりサインを求められたりしなくなったんだからトレードオフで我慢してもらうしかないよ」
「……わかった」
渋々といった感じでジェイドは首肯した。
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