174 修学旅行リベンジ?
世の中の流れが急速に変わっていく。
魔道具が日本人の生活になくてはならないものとなり魔力車もかなり普及してきている。
家電メーカーも方針転換をせざるを得ず魔道具を作るようになった。
その際には隠れ里の民たちが講師として指導したりもした。
そうでもしないと急激な変化に誰も対応できなかったからね。
挙げ句の果てには海外からも研修目的で職人が来日する始末で大変だった。
対外的には隠れ里の民より技術的に劣ることになっている俺たちまで講師として駆り出されたくらいだからね。
きっと2輪車の開発に関わったせいだろうなぁ。
おかげで冒険者としての活動がしばらくはできなかったほどだ。
まさか、そこまで影響があるとは思わなかったさ。
俺たちの日常が落ち着きを取り戻すまでには何ヶ月も要した。
ただし、隠れ里の民たちには未だに結構な頻度で指導の仕事が舞い込んでくる。
半数近くは本来の仕事ができない有様だ。
故に新規の受注を停止している。
それどころかバックオーダーをさばくので精一杯。
俺たちも手伝っていたのは言うまでもない。
そして魔力モーター車が街中を普通に走るようになる頃には世界中に魔道具が行き渡っていた。
初期の車両よりも高性能なものも出始めている。
電化製品が魔道具に置き換わりつつあるのは電気代が下がらないからだろう。
「まさかこうまで時間を奪われるとは思わなかった」
魔道具職人としての活動しかしていなかったので一段落つくと愚痴が自然とこぼれてしまう。
「異世界から帰還して2年になるからな」
英花の言葉に軽い驚きを覚える。
「そんなになるのか」
レベルも53に上がって以来そのままだ。
当然のことながら免許も特級のままである。
まあ、特級の上には超級しかないので余程のことがない限り等級が上がることはないんだけど。
日本では誰も取得できていないからね。
海外ではスタンピードの時の功績で超級になった冒険者がいるそうだけど、公職で言えば殉職による特進なので現役の冒険者ではいないはずだ。
これ以上、昇格なんてしようものならどうなることやら。
「でも、本当だったらもっと時間がかかったんじゃないかなぁ」
真利の言うことも決して大袈裟ではない。
かなり無理をしてきた結果として今がある。
レベルを上げていなかったら、こうはいかなかっただろう。
「終わったことはもういいよ。今後どうするかじゃないか」
「そうだな。久々に遠征しに行くのも悪くあるまい」
「じゃあ、延び延びになっていた東京遠征だね」
「その前にリハビリしていかないか」
「ブランクがあるからな。勘が鈍っているかもしれん」
「そっかー。近場でちゃちゃっと終わらせるのは違うんだよね」
「それだと難易度が低すぎて意味がないぞ。そこそこに手応えを感じられるダンジョンでないとな」
「だったら、うちのフィールドダンジョンはダメなの? あそこなら難易度を調整できるでしょ」
「それじゃあ意味がない」
「えーっ、どうしてー!?」
真利にはわからないようだ。
このあたりは促成するように短期間でレベルアップしてきた弊害だと思う。
「何が起きるかわからない状況を作り出せるなら構わないが、うちのフィールドダンジョンでは無理だよな」
「うっ」
ガーンという顔で真利は短くうなった。
ここまで言われれば、さすがに理解するよな。
「今までに行ったことがなくて、ほどほどに難易度の高いダンジョンとなると探すのが大変だぞ」
「それなら東京に行っても同じことじゃないかな」
英花と真利の言うことも至極もっともである。
あれこれと入念に準備を進めるのも悪くはないが、久々にダンジョン攻略するんだからシンプルに考えた方が良いのかもしれない。
「真利の言うことにも一理ある。別に完全攻略しなくても構わないだろう」
「そうだな。ちょっとこだわりすぎていたか」
今までは遠征すれば確実に攻略してきたから完全攻略しなければならないという思い込みができていたのかもね。
「軽く覗き見する感覚で潜ってみるか」
本格的に攻略するのは、その後で充分だろう。
「じゃあ東京遠征に決まりだね」
真利は御機嫌だ。
「そんなに腕が鳴るのか、真利?」
英花も不思議に思ったようで本人に問いかけている。
「そういうのとは違うかなー」
ニヘラと笑いながら答えている真利だ。
この様子だとダンジョン攻略とは別件かもね。
思い当たる節と言えば……
「小学校の時の修学旅行か」
「そうそう。リベンジだもんねー」
「どういうことだ、涼成?」
事情を知らない英花が俺に聞いてきた。
真利がニヤニヤしたまま自分の世界に没入してしまったせいだろう。
「小学校の修学旅行が東京だったんだよ」
「それは想像がついたが、そんなに思い出深い修学旅行だったのか?」
ある意味ではそうだと言える。
「真利は行ってないんだよ」
「はあっ?」
つい素っ頓狂な声を出してしまう英花。
真利はそれでも気付かない様子で笑みを崩していない。
「風邪を引いて欠席したからね」
「ああ、そういうことだったのか。それは楽しみにもなるんだろうな」
「みたいだな。最初の遠征の時もキャンセルしているし」
「ああ、そうだった。リベンジと言うのも大袈裟ではないのだな」
「今の状態がすべてを物語っているぞ。今日はもう細かい話はできそうにないからな」
真利の意識はすでに東京にあるらしく心ここにあらずとは正にこのことである。
「打ち合わせは明日にしようか、涼成」
話を続けることを諦めた英花が提案してきた。
「ああ」
俺もそうするしかないと思っていたところだよ。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
明けて翌日。
真利は「打ち合わせ? 何それ、美味しいの?」と言わんばかりの状態となっていた。
「おい、真利」
「なぁに、英花ちゃん?」
「いくらなんでも気が早すぎだろう」
呆れて嘆息する英花の気持ちはよくわかる。
真利はすでに準備万端で今すぐに遠征する気満々だったからだ。
「宿泊施設も決まってないだろう」
「えー? キャンピングカーでいいんじゃない?」
「東京でそんな場所があればいいがな」
真利の問いかけに答える英花の目は冷ややかだ。
「名古屋の時のように冒険者組合の駐車場を借りるわけにはいかないんだぞ」
あの時は緊急事態で招聘されたから使用許可が下りたのだ。
個人の都合では借りることなどできないだろう。
「うっ」
「もし借りることができたとしてもだ」
まだあるらしい。
「長期遠征だと疲れが蓄積するぞ。久々の遠征だし無理は禁物だ」
「あう」
英花の追い打ちにより真利は撃沈した。
まあ、我を通して何がなんでもと言い出さないだけ良かったよ。
止めるのも一苦労だ。
「それに修学旅行のリベンジをするのだろう?」
「うん」
ションボリ落ち込んだまま返事をする真利。
「だったら、行き当たりばったりではなく相応の計画を立てて初めて修学旅行と言えるんじゃないのか?」
「それもそうだねー」
とは返事をしつつも真利はまだそわそわしている。
このまま放置していると1人で東京に行ってしまいかねないな。
「そもそも、しおりのひとつもなしに修学旅行に行くつもりか?」
英花も俺と同じ懸念を抱いたのはわかるが、ちょっと意味がわからないことを言い出したぞ。
そんなことで真利が止まるなら苦労はしない。
「そっか、そうだよね! しおりが無くちゃ修学旅行じゃないよ」
ピューッと自室へと駆け戻っていく真利。
それを英花が信じられないものを見る目で見送っていた。
マジで止まるのかよ。
読んでくれてありがとう。
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