171 思った以上に大きな話だった
「それで別の問題とは?」
「燃料です」
「あー、原油価格が高騰してましたね」
そのせいで電気代も値上げされたから国民の生活が困窮しているとテレビのニュースを見た。
「現段階ではその程度ですんでいますが、この先は厳しくなるというのが政府の非公式な見解です」
「そんな情報、俺たちに流して大丈夫なんですか。極秘なんでしょ」
「そうですね。ですが張井さんたちの協力が得られれば解決するための一手にはなるかと」
「まさか日本中の車を魔力モーター車にするつもりですか」
「すべてとは言いません。ですが、かなりの割合を魔石で走る車に置き換えることができればとは考えています」
ガソリンや軽油に回す石油を他で使用できるようにすれば多少は経済的な負担が軽減されるという目算があるのだろう。
「誰が舵を切ったか知りませんが思い切りましたね。魔力モーター車を大幅に増やすのは、あまり賛成できませんが」
「どうしてですか?」
「何年か前にヨーロッパは電気自動車にシフトしようという流れになりましたよね。あれって結果は微妙ですよね」
化石燃料車の心臓部とも言えるエンジンに関わる仕事をしている大勢の人たちが職を失い再就職もままならない状況となった。
これは電気自動車は部品点数が減るということを考慮していなかったために起きた悲劇だ。
それだけではない。
モーターを動かすために必要なバッテリーの材料は人体に有害であり環境汚染につながるものが使われている。
長く使えば劣化して廃棄することになるため処理費用も無視できない。
そして充電するための電気の大本となる発電所は化石燃料を使用する火力発電が多い。
そうでない国もあるが日本は火力発電に頼っているのが現状だ。
これでは電気で走るからエコだとかカーボンニュートラルだとは必ずしも言えないだろう。
目先のことだけを見ていると大事なことを見落としてしまうという典型例である。
「電気と魔力では別物ですよね」
「エンジン車が失われるのは雇用も技術も失われるということでもありますよ」
「完全には無くしませんし段階的に減らしていく方向で調整することになっています」
なんだか魔力モーター車ありきで話が進んでいないか。
「試作車両はできましたけど実用化には時間がかかるかもしれませんよ」
「だからこその共同開発のお願いだったのです」
実用化までの期間を少しでも短くしようということか。
こうなってくると、この計画に関わっているのは日鍛自動車だけということはなさそうだ。
遠藤大尉はいったい何処に話を持ち込んだのだろう。
「ずいぶんと背後の裾野が広そうですよね」
「わかりますか」
「筋書きを書いて話を進めたのが全日本自動車振興会あたりだったとしても驚きませんよ」
俺の言葉を受けて大川曹長が困ったような顔で嘆息した。
「今日は林田さんだけ来てもらったのに、そこまでわかってしまうのですか」
「あ、鎌かけただけですよ。国内の全メーカーが加盟している所なら、この話で音頭を取っていても不思議じゃないなと思ったので」
ガクッと大川曹長の膝が落ちたように見えた。
実際にくずおれることはなかったけど、それほどのショックを受けたせいでそう見えたというところかな。
「自分がこんなに迂闊だったとは」
「隠される方が嫌ですけどね」
「いえ、そういうつもりではないのです。変にプレッシャーをかけてはいけないと思いまして」
気遣ったつもりだと言いたいのか。
それは自動車メーカーの人間を1人しか連れてこなかったことからも明らかである。
大挙して押し寄せてきていたら拒否反応を起こしていたと思うので間違った判断ではない。
「それはともかくオール日本で舵を切るという認識でいいですか」
「はい、そうなります」
今度はこちらが嘆息する番だった。
こうなった以上は方針を変えさせることなどできまい。
こちらも流れに乗るしかないだろう。
でないと魔石買い取り反対派みたいな連中が出てきかねない。
そんな訳で日本の車関連のメーカーと魔力モーター車の開発を協同で進めることになってしまった。
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開発を進める上で提供されるベース車両は数多く用意された。
各メーカーから1種類ずつだから当然と言えば当然か。
トラックなどはもちろん、2輪車も含まれるからね。
隠れ里の民たちも対応する人員を増やしベース車両ごとに班分けをして急ピッチで開発を進めている。
班分けはしたが情報の共有はしているので特定の車両の進捗が偏ることはないようだ。
「それで涼ちゃんはバイクを担当するんだね」
「直接は開発に手を出さないんじゃなかったか」
「どうも嫌な予感がしたんだよね」
「嫌な予感? どういうことだ?」
英花が怪訝な表情をのぞかせて問うてくる。
「ほら、魔石買い取りの反対派がいただろう」
直接は関わっていないので何処の誰かもわからないけれど。
「まさか、その連中がこの話にまで噛んでくるというのか」
「遠藤大尉たちの慌てぶりからすると、あながち的外れでもないと思うんだ」
「そうか……」
「やっぱりゴーレムを斥候で送り込んじゃう?」
真利が再提案してきた。
口調の軽さからすると思いつきに等しい発言のようだ。
「いや、やらないよ。生兵法は怪我の元って言うからな」
「大丈夫か、涼成。躊躇っているうちに手遅れになることも無いとは言えないだろう」
英花までそんなことを言い出す始末だ。
何かしら予感めいたものを感じているのかもしれない。
そこにミケが何食わぬ顔で入ってきた。
わざわざ人の前で座って毛繕いをしながら、くつろぎ始める。
外連味たっぷりなこの態度は何かしらの成果があったのだろう。
「そういうわざとらしい真似はいいから報告してくれ」
「ニャハハ、ニャーもまだまだ芝居が下手ですニャー」
そう言いながらも、だらけた態度を改めてシャキッとした姿勢で座り直すミケ。
「結論から言うと例の反対派はどいつもこいつも売国奴でしたニャン」
「えっ!?」
「いつの間に……」
真利も英花も驚きを禁じ得ないようで唖然としている。
「この間の試走試験の直後にね。言っただろう? 嫌な予感がしたって」
「それはそうだが」
「だったらゴーレムで監視しても良かったんじゃない?」
「そんな面倒なことをしなくても、うちには自発的に任務を遂行してくれる優秀な忍者がいるじゃないか」
「照れますニャー」
クネクネと身をよじらせるミケ。
「キモい」
「グハッですニャン」
英花に指摘されたミケがダメージを受けている。
芝居がかっているので本気で傷ついたとかではないだろう。
「報告の続き」
そう催促すると倒れ込んだ状態で前足を伸ばしピクピクしていたミケはすぐに姿勢良く座り直した。
「黒幕は海外に拠点を持つ亡国の生き残りですニャン。国の乗っ取りを考えていましたニャー」
「うわ、面倒くさいのが引っ掛かったな」
国内で反対派の連中を潰しても次の反対派が出てくるのが目に見えているからね。
しかも国の乗っ取りだって?
冗談じゃないぞ。
「御心配なくですニャ。呪い返しをかけておきましたニャー」
「おいおい、黒幕は日本を呪っているような奴なのか?」
「そうでなきゃ乗っ取りなんて考えるはずないですニャ。まともな思考なんてしていませんニャ」
「それはいいとして相手は外国にいるんだろう?」
よくそこまで調べて呪い返しをかけられたものだ。
「霊体モードで電話回線に乗ればひとっ飛びですニャン」
「なにそれ怖い」
「通話中しか移動できないのが難点ですニャ」
何でもありって訳じゃないのか。
読んでくれてありがとう。
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