170 遠藤ジョー試乗する
大川曹長があんなことを言うものだから遠藤大尉の運転はどれほどヤバいのかと思ったが、拍子抜けするほど普通だった。
敷地内なので無茶しようがないという考え方もできるがコースアウトするとか横転しそうになるという気配は微塵もない。
「壊すような走りじゃないですが?」
俺が問いかけると大川曹長は含みのある苦笑を見せた。
「今はまだ、よ。そのうち馬脚を現すわ」
何とも不穏な物言いだ。
『おいおい、ひでえな。そんなに信用ないの、俺?』
無線から遠藤大尉の声が聞こえてくる。
いたって普通というか、いつも通りの調子である。
某ギャグマンガの白バイ警官張りにハンドルを握ると豹変してしまうということもない。
「ありませんよ。先日の峠でのアレを私は忘れていませんので」
アレって何だ?
どうやら大川曹長が根に持つほどのやらかしをしてしまったようだけど。
『いやー、スマンスマン。FRの車に乗るとつい血が騒いじゃって』
ハハハとなんだかわざとらしさの感じられる笑いが無線機のスピーカーを通して聞こえてきた。
FRの車に乗って無茶をするって、まさかねえ……
「急ぐ必要はないのに下りに入った途端、加速しましたよね。ジェットコースターじゃないんですよ」
思い出して怒りがこみ上げてきたのか大川曹長の目が釣り上がっている。
一体どんな走りをしたんだか。
いや、想像はつくけどね。
おそらくマンガ原作のアニメに影響されたんだろう。
普通は真似をしようとしても事故るのがオチなんだけど、遠藤大尉には相応の運転技術があるようだ。
まあ、元米軍の軍人だし運転技術も訓練で身につけていたというのはあり得る話か。
例のアニメのようにドリフトでコーナーを駆け抜けていくような訓練があったかは知らないけれど。
「もしかしてドリフトしました?」
念のため推測通りなのか聞いてみた。
『よくわかったな』
上機嫌な返事が聞こえてくるのに対して大川曹長が殺意のこもった目をしている。
「連続で?」
『おうよ、峠を下りきるまでな』
そりゃあ大川曹長が怒るわけだ。
横を見ると真っ赤な顔でブルブル震えているんですけど?
「そういうのは自分1人の時にした方がいいですよ。同乗者にはいい迷惑ですから」
「ホンマですわ。めっちゃ冷や汗かいてしまいましたがな」
背後から堂島氏が非難の声を上げる。
振り返って見てみると堂島氏の隣にいた氷室准尉が苦笑しながらうなずいていた。
『おう、スマン。善処する』
実に疑わしい返答だ。
しかしながら、遠藤大尉にスイッチが入ってしまうのは特定条件下だけのような気がする。
キーワードはFR車と峠の下りだ。
魔力モーター搭載の試験車両は全ホイールがモーターのAWDである。
乗り味がFRとは変わってくるのでスイッチは入らないだろう。
よしんばAWDでも条件を満たすとしても、ここは平坦な場所なので大丈夫だと思いたい。
万が一、いま大尉が暴走したとしても試験車両は出力が低く一般道の制限速度程度しか出ないので事故にはつながりにくいはずだ。
「大尉、マンガやアニメに影響されるのはほどほどにしておいた方がいいですよ」
『おっ、張井はアレがわかるのか』
「ええ、まあ」
『だったら今度、峠に繰り出そうぜ』
この調子だと話に出ていたFR車は大尉の私物なんだろう。
「謹んでお断りします」
『なんでだよぉ』
「そういう趣味はありませんので。峠でドリフトなんてゲームの中で充分です」
背後でしきりにうなずいている気配を感じる。
おそらく堂島氏だろう。
『つれないねえ』
「なんとでも言ってください。それより試験車両はどうですか」
いい加減、雑談を切り上げるべきだろうと話題を強引に切り替える。
『物足りないな。全輪駆動のトルクフルな感触はあるんだが、いかんせん限界値が低すぎる』
「急ピッチでどうにか形にしただけの試作機に無茶言わないでくださいよ」
『それもそうか。もちろん、これで終わりじゃないよな』
「魔力モーターの改良は続けてますよ。ただ、試験車両をそちらに提出するなら新たなベース車両を追加で購入しないといけないんですよね」
『おー、そうだったな。それなんだが提案があるんだよ』
「提案? 何です」
『とりあえず、その話は降りてからな』
焦らしてくれるじゃないか。
それだけに何か予感めいたものを感じてしまう。
変なことじゃないといいんだけどな。
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「日鍛の林田です」
アラフォーくらいに見えるスーツ姿の人物が自己紹介しながら名刺を出してきた。
日鍛というと日本を代表する自動車メーカー日鍛自動車株式会社のことだな。
たしか前身の会社は日本鍛造株式会社だったか。
「あ、どうも初めまして。冒険者の張井と言います」
名刺を両手で受け取りながらぺこりと頭を下げ冒険者証を見せる。
「おおっ、特級免許ですか。現物は初めて見ましたよ。スゴいですねえ」
これと言って特徴のない普通の人という第一印象は少年のような無邪気な笑顔を見たことによって崩れ去った。
「ああ、いや。失礼しました」
林田氏は周囲の視線に気付いて照れ笑いで取り繕いながら真顔に戻った。
その間に名刺のチェックは完了している。
肩書きを見ると林田氏は開発部の部長だそうだ。
そんな偉いさんが遠藤大尉によって呼び出されているとは思わなかったさ。
意外性のある人脈を持っているよな。
提案というのは十中八九、この林田氏が関係しているだろう。
「どうせなら専用の車両でお披露目したいと思わないか」
遠藤大尉がドヤ顔で言ってきた。
「話が飛躍しすぎてませんかね」
「おいおい、言いたいことはわかるだろう?」
「要するにベース車両は専用設計のものを提供するから共同開発しないかということですよね」
「わかってるじゃないか」
「俺たちは確かに車を作るノウハウがありませんけど、そこはどうでもいいんですよ」
「いいのかよっ」
ビシッとツッコミを入れられてしまった。
「魔力モーターと専用チャージャーを開発したら後は丸投げするつもりでしたからね」
「つまらんなぁ。張井にはロマンを感じる心がないのか」
「開発するのは隠れ里の民たちですから。あまり外部と接触させたくないという話は前にしましたよね」
「それはそうなんだが」
「敵認定されたいと?」
林田氏の前だが遠慮せずに言っておく。
ここで押し切られると後々に響いてしまうからね。
「待て待て、そう極端にならなくてもいいじゃないか」
「大尉は無神経すぎなんです」
慌て始めた遠藤大尉の前をふさぐように大川曹長が出張ってきた。
「張井さん、申し訳ありません」
深々と頭を下げる大川曹長。
「私どもの焦りがこの事態を招いたのは事実ですが、どうか御容赦ください」
「別に許さないとは言ってないですよ。これ以上、踏み込んできたら話は別ですが」
「ありがとうございます」
安堵する大川曹長。
「それで、そこまで焦らなきゃならないほど向こうの動きが活発になってるんですか」
「そういう訳ではないのです。別の問題がありまして」
なんだか面倒な話になってきたな。
「それ、俺たちが聞いても大丈夫な話なんでしょうね」
「むしろ聞いてもらっておいた方が良いかと」
できれば聞きたくないところだ。
絶対に厄介ごとだぞ、これ。
読んでくれてありがとう。
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