16 でも忍者ニャン
結局、なし崩しのように三毛猫ケットシー──仮称ミケネッコシー──を使役することになった。
英花の妄想垂れ流しの戯れ言を止めずに聞き終えたのが良かったらしい。
(とめなくて良かったな)
(ですニャ)
俺とミケネッコシーでヒソる。
なんだか絆まで生まれたような気がするが、たぶん気のせいだ。
認められた直後にはしゃいで庭を駆け回り──
「帰るか?」
と英花に冷たく詰められた迂闊さがどうにも不安を抱かせるからなぁ。
童謡の雪に出てくる猫と犬が逆転している姿まで想像してしまいましたよ?
土下座で許しを請うあたりオーバーアクションなところは地のようだけど大丈夫なのかな。
「魔王様は怖いですニャ」
「お前が調子に乗るからだ」
「ごもっともですニャ」
勇者はダメで魔王呼ばわりは許容するのか。相変わらず意味がわからん。
「それより、そろそろ名前をいただきたいですニャン」
「ああ、そうか。忘れてた」
召喚しただけじゃ契約は成立しない。
名前を提示して了承されて初めて契約が成立する。
「名前か、そういうのは苦手だ」
英花が早くも投げ気味だ。
とはいうものの俺もネーミングセンスとは縁遠い人間なので人のことは言えないだろう。
「猫だからタマとか?」
英花はシンプルイズベストな名前を提案してきた。
「酷いですニャン。安直すぎますニャー」
「プッペルテングボラゲベロンゴボボよりはマシだと思うが?」
「ギニャーッ、そんな意味不明のは絶対嫌ですニャーッ!」
毛を逆立てて拒否するミケネッコシーである。
意味まで求めるとは……まあ、それは普通なのか。
親が我が子の名前を決めるときには願いと同時に意味を込めると聞くし。
ただ、変に張り切ってキラキラネームにしたり解読不能名にしたりということもあるけれど。
「だが、タマという実に猫らしい名前は嫌なのだろう?」
これは勇者呼ばわりされたことを根に持っているな。
普通なら謝れば流してくれると思うのだが、ミケネッコシーは最初から印象がよろしくなかったからなぁ。
「もっとこう忍者っぽいのがいいですニャ」
隠密行動が巧みなだけあると思わせられる注文だが。
「ちょっと待て」
「何ですニャ?」
「ケットシーで忍者ってどういうことだよ」
「趣味ですニャ」
「無茶苦茶だな。お前はケットシーだろう」
妖精と忍者というのが結びつかないっての。
「でも忍者ニャン」
ダメだ。自分の世界へズブズブに入り込んでしまっている。
沼ってるというか完全に厨二病だな。
現実へと引き戻すのは苦労させられそうだが今はスルーだ。
「で、忍者らしい名前がほしいというんだな?」
「ハイですニャ」
「そうは言うけど、本当に忍びを目指すなら目立たない名前にすると思うんだけどなぁ」
それこそ英花が提案したタマとかね。
ただ、ミケネッコシーにとってそれだけは受け入れ難いようでダメなようだ。
「タマがダメならミケだな」
「三毛猫だからミケとは私以上に安直だな」
対抗した訳ではないが真っ先に思い浮かんだのがこれだから仕方がない。
もちろん反論するつもりもない。
いや、それよりも問題はミケネッコシーだ。
当人が受け入れないことには提案しても意味がない。
「それでいいですニャ」
「なにぃっ!?」
意外な返答に英花が目を見開いて驚いている。
俺だってビックリだし訳がわからん。
「納得いかん!」
英花が怒り始めたが無理もない。
俺が同じ立場でも馬鹿にされたと思って怒ると思う。
「自分は雌ですニャ」
「だから、どうだと?」
「タマは雄の名前だと思ってますニャン」
「そうか?」
「雄の名前ならば仕方あるまい」
ごねていた英花も何故か納得した。
異論を呈してもおかしくない説明ではあったが、当人がそう思ってしまったのでは覆しようがない。
「じゃあミケを受け入れる理由は? これも安直だぞ」
が、俺の方が納得できていない。
半ば冗談に近い形で言ったからなぁ。
「自分はケットシーであることに誇りを持っていますニャン」
「それは聞いたよ」
「同時に三毛柄にも誇りがありますニャ」
種族としてだけでなく個人のアイデンティティーにもプライドがある訳か。
「まあ、そういうことなら」
しつこく追求しても意味がない。
かくしてミケネッコシーの名前はミケとなったのであった。
揉めた割には単純な名前に落ち着いたのがモヤらなくもないが本人が気に入ったのであれば不満を口にはできない。
ミケをもじって外国風の名前にするかとか考えていたのは秘密にしておこう。
というのも女性名で短いのなんて何も思いつかなかったんだよ。
ミケランジェロなんて長いし、そもそも男の名前だし。
まあ、ミケは短くて呼びやすいから受け入れてくれたのはありがたい話だ。
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次の日、ミケを南の瘴気溜まり近くまで連れて行く。
偵察してもらうためなのは言うまでもないだろう。
「では、行って参りますニャ」
二足歩行の状態でミケはビシッと敬礼をした。
「くれぐれも無理はするなよ」
「了解ですニャン。必ずや成果を御覧に入れてみせましょうニャ」
ウィンクしながらサムズアップを決めたかと思った次の瞬間には、ミケはその場から姿を消していた。
忍者を自称するだけあって、それっぽく動くことを意識しているようだ。
消える前の仕草はどうなのよと言いたいところだが本人はすでにいないので何もできない。
「ホントにわかってんのかねえ?」
英花がさっそく懸念をあらわにしている。
簡単に発見されるとは思っていないが世の中なにが起きるかわからない。
「アレのお調子者ぶりは病気に等しいからなぁ」
能力はあるのに調子に乗ったあげくヘマをするタイプだよな。
「軽率な真似をして消えちゃいましたではシャレにもならん」
「まだ、そうなると決まった訳じゃないよ」
やらかしそうな予感はあるけれど。
「そうなったときのために先に愚痴っておく」
「何だ、そりゃ。全幅の信頼を寄せるのは無理でも少しは期待してやってもいいだろう?」
「期待すればするほど見るも無惨な結果になったときの絶望が大きくなるじゃないか」
完全に失敗してしまうことが前提で話をするのはどうかと思うぞ。
ミケの能力からすれば何かしらの成果を上げてくれる可能性の方が高いはずなんだが。
「だからって完全否定はしないでやろうぜ」
「……それもそうか。ミケは我々が呼び寄せたんだしな」
一応の納得が得られた後は沈黙が続く。
結果が気になってしょうがないのだけど喋ると失敗してしまうような錯覚に陥ってしまったせいかもね。
どれほど待っただろうか。
少なくとも1時間以上は経過していたように思う。
そこに一陣の風が吹いた。
俺たちの前で渦を巻いた風が凪ぐ。
次の瞬間、小さな破裂音とともに白煙がモワッと湧き上がったかと思うとミケが姿を現した。
「忍者ミケ、ただいま参上」
片膝をついてそれっぽくかしこまっているが。
「ええいっ、妙な現れ方をするな!」
英花の雷が落ちた。
「すいませんニャー……」
一瞬でションボリさんになってしまったミケである。
報告をする前から何をやってるんだか。
「そんなことより報告をしてくれ」
こんな登場の仕方をするくらいだから失敗はほぼなしの成功なんだと思いたい。
読んでくれてありがとう。
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