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154 赤い殺意

 遮音結界を主の館に展開した俺は森を抜けた。

 姿を現したのは囮になるためだ。

 主が飛び出してきた時点で反対側に回り込んでいる英花が館に突入して堂島氏の救出を行う。

 英花のバックアップを真利が行い、ミケが森の中から俺の支援をするという形で動いている。


 今のところ館の方に動きはない。

 まだ不快な音を出していないからね。


『準備完了だ、涼成。いつでもいいぞ』


『同じくだよー』


 英花と真利から突入準備が整ったと念話で連絡があった。

 ミケはすでにいつでも魔法が放てる状態で待機しているので特に何かを言ってくることはない。


『じゃあ始めるぞ。カウントダウン5・4・3──』


 皆の念話は伝わってこないが緊張感は感じる。


『2・1・GO!』


 キーキーという不快な音が、聞こえてこない。


『涼ちゃん、何ともないよー』


『当然だ。遮音結界の中だけで聞こえるようにしているからな。それとも真利はあのキーキー音が聞きたいのか?』


『そそそそんなことないよっ!』


 必死すぎるだろとは思ったが、無理からぬことか。

 誰だってあんな不快な音は聞きたくない。

 俺だってそうだ。

 だから念入りに遮音結界を張ったのだが、何も聞こえないと状況が把握しづらいというのはあるな。


 そのまま何も変化のない時間が過ぎていく。

 数十秒はすでに経過したと思う。

 ひょっとすると数分かもしれない。

 さすがに数時間ということはないものの、変化がないとそれくらいではないのかと思ってしまうのも仕方のないところか。


『出てこないな』


『向こうも魔法で遮断したんじゃないか』


『それはあり得るな』


 邪妖精も妖精に分類されるのだから魔法が使えて当然だ。

 ゴブリンやコボルトなど魔法の使えない邪妖精もいるにはいるけどね。

 ただ、今回の相手は隠れ里の一種である風の揺りかごの主である。

 亜空間を形成する能力がありながら魔法が使えないのは、むしろあり得ないだろう。


『どうするの?』


『音源を増やすだけだ』


『そんなのでいけるの? 遮断されて終わりじゃない?』


『閉鎖空間で音をブロックする魔法なんて限られてくるぞ』


『そうだな。大音量を風で散らそうとすれば室内が無茶苦茶になるだろう』


 英花がフォローしてくれた。


『反射されたら?』


『あらゆる方向から入ってくる音を反射するというのは言うほど簡単じゃないぞ』


 そういうことも考慮して音響結界で館を封鎖しているのだ。

 乱反射して主の結界を音が何度も叩きつけることになり、その度に消耗することになる。

 いつまでも結界を維持していられなくなるだろう。

 ただ、向こうは堂島氏を魔力タンクがわりにできるから粘られてしまう恐れはある。

 こちらは魔石で対抗するので根比べで負けることはないと思うが、そこは相手しだいか。

 それでもミケのバックアップがあるので負けることはないはず。


 さらに何分か粘る。

 もちろん音源を増やした状態なので結界内はキーキー音のオーケストラ状態になっているはずだ。

 それぞれの周波数を変えているので弾くにしても何倍もの魔力を消耗することになるだろう。

 ただの音ならそうでもないが、音に魔力を乗せているからね。


『涼成、注意しろ。主が動くかもしれん』


『どうした?』


『そちらには何の動きもないのか?』


『涼ちゃん、館が細かく揺れてるよ』


『なんだって?』


 目をこらして見てみると、確かに真利の言ったように館が小刻みに揺れている。

 地震のような揺れとは明らかに違う。

 もっとも、ここは亜空間なので地震など起こり得るはずはないのだが。


『よくわかったな』


『堂島さんの車が揺れてなかったからだよ』


 なるほど。比較対象があったから簡単に気付けた訳か。

 などと呑気なことを考えていたら館が激しく揺れだした。


『出てきますニャ』


 ミケがそう言った直後、館の屋根が吹き飛んだ。


「おおっ、派手なことするなぁ」


 穴の開いた屋根から飛び出してくる何かの影。

 それは音響結界を飛び越えて館の庭に降り立った。


『出たぞ。英花、行け』


『わかっている』


『涼ちゃん、気をつけてね』


『了解』


 少し間合いを取った状態の相手と対峙する。

 見た目は子供かと思わせるほど背の低い老人だ。

 それよりも目を引いたのは不潔そうな長髪に載っていた赤い三角帽子である。

 よりにもよってコイツとはな。


 レッドキャップ。

 邪妖精の中でもとびきり残忍で知られる奴だ。

 当然、人間を見れば問答無用で襲いかかってくる。

 魔力を搾取するためにさらわれた堂島氏はある意味、運が良かったと言える。


『お気をつけくださいニャ。物理攻撃は透過してしまいますニャン』


 ミケから警告が入った。


『ああ。おまけに魔法に耐性を持っているからファントムフォックスより厄介だ』


『ちょっと、大丈夫なの!?』


『人の心配をしている暇があったら、そっちの仕事に集中しろ』


「招かれざる者よ。何をしに来た」


 真利の返事に被る格好でレッドキャップが喋り始めた。

 今はこっちに集中だ。


「招かれざる、はお前の方なんだよ」


「なんだと」


「人のテリトリーに土足で踏み込んできておいて何様のつもりだ?」


 土足と言うよりは縄張りごとと言うべきなんだろうけど。


「黙れっ、人間風情が!」


「うるさいよ、邪妖精の分際で」


「貴様ぁっ!」


 顔を真っ赤にして赤い瞳をさらに赤く血走らせるレッドキャップ。

 挑発すればするほど意識は俺に釘付けとなる。

 やり過ぎると……


「死ねっ!」


 己の身の丈を越える斧を振りかぶって襲いかかってくるのだが。


 間合いに踏み込む直前、レッドキャップはその背丈には似つかわしくない高さの跳躍を見せた。

 そして、俺の頭上から大きな斧を振り下ろしてくる。

 頭から胴を経て股に抜ける斬撃だ。


 そのまま地面に着地したレッドキャップが醜悪な笑みを見せた。


「ふひっ、口ほどにもない。人間風情が調子に乗るからだ」


「調子に乗るとどうなるんだ?」


「なっ!?」


 背後から声をかけるとレッドキャップはあたふたした様子で振り返った。


「バカなっ!」


 俺の姿を見て奴は驚愕し叫び声を上げる。


「確かに貴様を真っ二つにしたはずだ。どうして生きているっ?」


「俺を真っ二つにだって? 夢でも見ていたんじゃないか?」


「貴様っ、この俺を愚弄するかっ!!」


 激高したレッドキャップは逆袈裟に斧を振り上げたが、その動きに合わせて斜めに跳んで回避した。

 手品の種は連続して見せるものじゃないからね。


「なんだ、踏み込みが浅いんじゃないか。ビビってるのか?」


「貴様ぁっ!」


 頭に血が上った状態でもレッドキャップの攻撃は正確無比だ。

 確実に急所を狙ってくる。

 だが、正確であればあるほど読みやすい。

 虚実を巧みに使い分けることもせず、ひたすらに殺意を向けてくるだけではね。

 威力があろうと殺意が高めだろうと異世界で死線をくぐり抜けてきた俺にはぬるく感じてしまう。


「ほらほら、こっちだ」


 突進して斬りかかっては空振りすることを幾度となく繰り返すレッドキャップ。

 それでいて息切れしないのは大したものだ。


「おのれっ!」


 動きが鈍った様子も見られないのは、ちょっとマズい。

 余裕を見せてあしらっているように見せてはいるものの実際のところ余裕はさほどないのだ。

 レッドキャップが守りに入ると透過で物理攻撃をほぼ無効化するし魔法も対抗してくる上に効果が薄いので無敵状態に近くなる。

 弱点はあるけど準備をする隙は与えてくれないだろう。

 せめてスタミナ切れを起こしてくれれば、何とかできるんだが。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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