15 こう見えてケットシー
よく見れば目の前にいる三毛猫は普通より二回りは大きい。
そして人語を解し喋ることもできるのは間違いなさそうである。
ただの猫でないことだけは確かだ。
つまり召喚には成功したということであり召喚時に求めた条件を満たす相手なのだが……
「本当にこれがそうなのか?」
魔法陣の外周をなぞるように歩を進め俺の隣に来た英花が疑わしげな目で三毛猫を見ている。
「悪いが胡散臭いぞ」
英花も俺と同じことを考えていたようだ。
「ガーン!」
三毛猫の方はショックを受けているのだけど、それを口で言い表すあたりふざけているとしか思えない。
両前足を頬に当ててポージングしているし。
本気で衝撃を受けて動揺しているなら、こんな真似はできまい。
「あんまりでございますニャー。勇者様方にお仕えできると張り切って召喚に応じましたのに」
身振り手振りが激しく芝居がかっているせいで俺たちは白けてしまうのだが、当人はそれに気付いていないみたいだ。
「勇者と呼ぶな」
ドスのきいた声で英花が抗議する。
「何故ですニャ」
そう呼ぶことが当然と思っていたらしく、三毛猫は驚きをあらわにしていた。
「勇者など都合よく使われる道具でしかない」
同感だ。
異世界の連中は猫を被って本音を伏せてはいたが英花の事情を知ってしまえば体よく使われていたのが丸分かりである。
英花が道具だと言ったことにも賛同しかない。
「挙げ句の果てが帰る世界を壊されて呪われ魔王に仕立て上げられてしまったんだぞ」
苦々しげに語った過去については体験していないので、どれほどの嫌悪感があるのかは推し量ることしかできない。
わかるのは勇者呼ばわりを毛嫌いするくらいだから並大抵のことではないってことだけだ。
「知ってますニャ」
ドヤ顔で返事をする三毛猫に疑いの目を向けてしまうのも当然のことではあったのだが。
「男の勇者様が呪いを解いたのもお二方が協力してこちらの世界に来たことも」
驚くべきことを胸を張って告白してきた。
そのことを知っているのは当事者である俺たちだけのはずだ。
あの場には他に誰もいなかったし魔法やスキルで覗き見されていたような雰囲気も感じなかった。
「見てたのか」
「あの場にいただと!?」
俺も英花も驚きを隠せない。
「たまたまですニャ」
だとしても、あの時は気配など欠片も感じなかった。
油断などしていた覚えはないし警戒もしていたはずなのに。
しかもレベルが大幅に低下した今の俺たちならばいざ知らず、感知力も高いはずの頃にそれだったのだ。
おちゃらけた感じの三毛猫だが隠密能力が本物なのは言うまでもあるまい。
「ですが、これは是非ともお近づきになりたいと思っていたのですニャ」
しみじみと語りつつも三毛猫はわざとらしいほどに大きく頷く。
「それで召喚に応じた訳か」
「はいですニャ。召喚の呼びかけに反応した他の連中を黙らせてきましたニャ」
そこまでするのか。
自らの力を誇示するように力こぶを作るようなポーズを見せる三毛猫である。
いちいちアピールするようにジェスチャーが入ってくるけど、これがイラッとするというか何というか……
言うなればボディランゲージがうるさいって感じ。
これがなければ三毛猫の能力を素直に認めていたと思うんだけどね。
「不採用だ」
唐突に英花が言い放った。
「ニャンですと?」
「不採用と言ったんだ。元の場所へ帰れ」
「NOぉぉぉぉぉぉっ!」
二本脚で立っていた三毛猫が頭を抱えながら仰け反ったかと思うと膝から崩れ落ちた。
「何故ですニャァ─────────────ッ!!」
ダンダンと地面を叩く。
「そういうオーバーアクションなところだと思うぞ」
英花の方を見ながら言うと能面のような無表情で頷かれた。
途端に三毛猫が直立不動となる。
「改めますゆえ何とぞ御再考をっ!」
とりあえず何とかしようとビシッと背筋を伸ばして身動きしないようにしたつもりなんだろう。
けれど、それはそれで過剰な演技をしているように見えてしまうんだよな。
必死さは伝わってくるんだけど何か履き違えているというか。
まあ、その本気な姿勢は嫌いじゃない。
「だってさ」
どう? と英花に目で問い合わせる。
「涼成は?」
「能力は充分だ。それどころか想定以上だからお得ではあるな」
「それは否定しない」
「大袈裟で芝居くさいのがアウトだけど本人が直すと言ってるしギリセーフってところかな」
「どこまで直せるか怪しいところだ」
英花はここでアウトだと判断しているみたい。
「完全には無理だろうが多少はマシになると俺は思っている」
「根拠は?」
「やる気があるからな。ダメ出しを続ければ直っていくだろうよ」
「ふむ」
英花が腕組みをして考え込む。
その結論が出るまで待つとして己の将来が判断される三毛猫の方は直立したままだ。
ボディランゲージは意地でも使うまいとしているせいか力みが感じられるのは御愛敬といったところか。
さすがに表情までは我慢できないようでハラハラしているのが丸分かりだったりするが。
「ひとつ聞きたいんだけどな」
ふと思ったことがあったので三毛猫に声をかけてみた。
「はいっ、何なりと」
「種族は何だ?」
「ケットシーでございます」
それに近いものを召喚しようと思ってはいたけど猫妖精だったとは実に意外だ。
本人はさも当然のように答えたけれど、和猫とイメージを結びつけるのがひと苦労だ。
見た目は猫で人語を解し流暢に喋るというところからすると三毛猫の言葉にウソはないだろう。
とまあ頭ではわかるのだが……
「ケッ ト シ ー ?」
妙に間の開いた言い方で英花が反応した。
その声に三毛猫がビクッと震え一瞬で縮み上がる。
「ヒャイですニャン。自分は誇り高い猫妖精ケットシーでありますニャン」
はいがヒャイになるくらい盛大に噛んでますよ。
「誇り高いだと? 芝居がかった三文役者みたいな奴のどこが誇り高いんだ。そもそも妖精族でありながら安っぽい三下のような振る舞いばかりだぞ。妖精としての自覚はあるのか? それとも犬のように尻尾を振るのがお前の言う誇り高さなのか? いや、犬は好きだけど、お前は猫だろう。三毛猫だろう。やたらデカいくせに可愛い顔をしてどうなっているんだ、まったくけしからん。実にけしからん。しかも語尾がニャとかニャンだぞ。これが可愛くないはずがあるまい。どうしてくれる。お前は責任を取れるのか? 日本には猫を神と同列視する者までいるんだ。ネコと和解せよとな。神だぞ、神。わかっているのか? この意味を。だいたい──」
「「…………………………」」
なんだかスイッチが入ってしまったらしい英花嬢である。
止まらん。
というより止められん。
止めるとどうなるか被害のほどを想像するだけでも恐ろしい。
犬好きだという妄想が漏れ出ているかと思ったら猫好きも露呈している。
あと神がどうこういうのは神という漢字の一部を塗りつぶしてカタカナのネコにした画像コラだ。
そんなに高尚なものじゃない。
おっと、俺の方まで引きずられてしまった。
声に出してないからセーフだな、セーフ。
誰だ? セウトとか言ってる奴は。
「なんだか申し訳ないニャン。嬉しすぎて張り切りすぎてしまったら大惨事ニャ」
コイツはコイツでビビっている割に結構失礼だ。
いいけどさ。
俺も同じようなこと考えてるし。
とにかく今は待つしかないんだろうな。
いつ終わるんだろ。