146 昼休憩から筆記試験
昼食休憩の間に隠れ里の民たちの様子を見て回る。
そのせいで自衛軍の兵士たちからは奇異の目で見られることになったよ。
皆に声をかけるたびに御屋形様と呼ばれるんじゃしょうがない。
呼ばれること自体はすでに諦めているので問題ないけど、部外者からの腫れ物に触るような視線を向けられるのはメンタルにダイレクトアタックだ。
スルーで耐えるしかないのがツラいところである。
肩を落として無意識に溜め息をついてしまう。
「お前も苦労してるんだなぁ」
そう声をかけてきたのは氷室准尉であった。
「どうですかね」
苦笑しながら肯定とも否定とも取れない返事をしておく。
「何にせよ面倒見がいいのは悪いことじゃねえよ」
「そういうもんですか」
「慕われてるじゃねえか」
臆面もなくサラッと言わないでほしい。
恥ずかしすぎるだろ。
「勘弁してくださいよ」
そうボヤくと何故か爆笑されてしまった。
何なんだ一体。
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筆記試験が始まった。
俺たちは隠れ里の民たちから離れた場所で待機している。
「青空教室ならぬ青空試験とはね」
「事前に聞かされていたとはいえ不思議というかファンタジックな雰囲気があるものだな」
「そうだねー」
英花の言うように、その光景を目の当たりにしても現実感が伴わない。
記録映像や創作の中の出来事のように思えてしまう。
まあ、今までに経験したことがないことだしドワーフやエルフがそれをしているというのがさらに異世界感を強めてしまっているからというのはあるか。
「何にせよ晴れて良かったな」
「雨が降ったら延期だったんでしょ」
「当然だろう。実技をするにしても危ないからな」
「そこは実技だけでも実施するべきなのではないか。より実戦に即した試験になるだろうに」
「試験で事故が起きたら誰が責任を取るんだよ」
「そういう問題もあるか」
「君らはずいぶんと余裕だな」
不意に遠藤大尉が俺たち3人の会話に入ってきた。
「別に俺たちが試験を受けている訳じゃありませんから」
「おいおい、彼らは身内なんだろう」
心配はしないのかと言いたいらしい。
「何の準備もしていない状態ならわかるんですけど、やれることをやりきった後ですから何の憂いもありませんよ」
「信頼してるんだなぁ」
「過去問すべてで高得点を取れるまで反復して解かせたんですから当然でしょう」
「張井って結構スパルタなのか?」
何故か遠藤大尉が引きつった笑顔で聞いてくる。
「さあ、そんなことを思ったことはないですが?」
そう答えると真利が小刻みに頭を振った。
そうか?
英花の方を見たが呆れた様子で視線を返された。
解せぬ。
モヤモヤしているところに兵士が駆け寄ってきた。
遠藤大尉に耳打ちする格好で報告している。
その気になれば聞くこともできるけど知られたくないなら聞かない方がいいだろう。
雰囲気的に緊急事態という訳でもないようだし。
そう思っていたのだけど……
「なんかスパイが捕まったってよ」
報告しに来た兵士が呆気にとられて固まってしまうくらい、あっさりと暴露していた。
「そういうのバラして大丈夫なんですかね」
「どうせ街に潜入した奴がいることには気付いていたんだろう?」
本当に勘がいいよな、この人は。
「まさか」
空とぼけてみたが鼻で笑われた。
「フン、ウソつけ。異世界人たちを街で保護するのに信じられないような技術を使ってるんだ。監視体制で手を抜くとは思えんよ」
そういうことか。
「だとしても監視結果については隠れ里の民たちが把握すべきですよね。こちらに連絡が入っても逮捕権がある訳じゃなし何もできませんよ」
「よく言うぜ。アイツらから御屋形様なんて呼ばれて慕われるようなのが何もしない訳ないだろ。そもそもスパイが捕まるのも早すぎる。絶対になんかしてるぞ」
追及の手が止まらない上に読みが的確だ。
スパイを逃げ場のない場所に追い込んで自衛軍の兵士たちをそちらに誘導したのがバレている。
根拠は勘だけなんだろうけど確信しちゃってるよ。
「仮にそうだとして大尉が同じ立場だったら認めますかね」
「む、それもそうか」
どうにか追及は阻止できたようだ。
向こうに手の内をさらしたも同然だけど、詳細を知られなきゃそれでいい。
手品はそれとわかっていても種がバレなきゃ手品として成立するのと同じだ。
まあ、遠藤大尉が潜入を試みることはないと思うけどね。
とはいえ統合自衛軍がそれをしない訳ではないのが面倒なところである。
大尉には警告もしてあるので敵対ラインかどのあたりがもわかっているだろうけど、上層部がそれを正しく理解し把握しているとは思えない。
今回の実技試験で遠藤大尉が試験官から外されたのも、そういう認識の齟齬からだった訳だし。
種を明かさず手の内は伏せたままにしておくのが正しい選択というものである。
そうこうするうちに筆記試験の残り時間が半分となった。
ここで試験官が残り時間を告げ注意事項を説明した上で離席を許可することを告げた。
もちろん席を離れてしまえば再び席について試験問題を解くことはできなくなる。
それでも全員がいっせいに席を立った。
「おいおい、どうなってるんだ!? 全員が問題を解き終わったっていうのかよ」
「おまけに見直しすらしてまへんで」
氷室准尉が驚愕に目を見開き、堂島氏が唖然として大口を開けている。
「見直しはとっくに終わらせていましたよ」
大川曹長はつぶさに観察していたようで、あまり驚いてはいない。
「やるなぁ」
遠藤大尉は楽しげに笑っている。
「試験が早く終わるんだからいいじゃないですか」
「そりゃそうだ。押しているよりずっといい」
ハハハと笑う遠藤大尉に対して氷室准尉は苦虫を噛み潰したとまでは言わないが渋い表情を見せている。
「筆記試験で不合格になったんじゃ意味ありませんぜ、大尉」
「その心配は杞憂だな。事前に過去問を何度も解いていた連中が不合格なんてあり得ないだろう」
「いや、あんな短時間で終わらせたんじゃ引っかけ問題でミスをする恐れもありますって」
氷室准尉はなかなか心配性だね。
そういうことにはならないように何度も模擬問題による模試を実施しているので問題はない。
それに隠れ里の民たちが短時間で問題が解ける理由は他にもある。
「その心配はないですよ。彼らが早解きできるのは速読ができるからです」
「へえ、そんなスキルがあるんだな。それにしたって全員が同じスキルを習得しているというのは──」
氷室准尉は何か誤解しているようだ。
「彼らの速読は鍛錬によって身につけた技術であってスキルじゃないですよ」
「なにっ!? そんなことが可能なのか?」
「やる気があって根気が続けば誰にでも習得できます」
身につく前に挫折するケースが少なくないとは思うけど。
「そうか、よしっ」
何か気合いを入れている様子なので余計なことは言わないでおこう。
ちなみに筆記試験はマークシート式で読み取り機も持ち込まれていたので結果はすぐに出た。
全員がほぼ満点で文句なしに合格だったのは言うまでもない。
だというのに隠れ里の民たちは、ケアレスミスがなければ全員で満点が取れたはずだと悔しがっていた。
俺なんて合格できればそれでいいじゃないかと思うんだけど。
なんにせよ試験はまだ終わった訳じゃない。
魔法の実技でしくじる者はいないとはわかっちゃいるけど慢心や油断は事故につながりかねないから気を引き締めないとね。
まあ、試験を受けるのは俺じゃないんだけどさ。
読んでくれてありがとう。
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