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145 街への侵入者

 模擬戦の試験が数十組単位で行われている。

 ダンジョン攻略を進める実働部隊の兵士たちが臨時試験官として模擬戦の相手を務めていた。

 俺たちは少し離れた場所で見学している。


「遠藤大尉たちはあそこに加わらないんですね」


「志願したが却下されたんだよ」


 不機嫌さを隠すこともなく吐き捨てる遠藤大尉。

 却下の際によほど嫌なことがあったのだろう。


「俺たちでは怪我をさせかねないんだとよ。そんな訳ないだろうっての」


 なんだ、そんなことか。

 異世界で度々見てきたけど現場と上の立場の人間では認識と考え方に齟齬があるのが普通だ。


「確かにあれを見せられると我々も子供扱いされそうですな」


 実技試験の様子を見ながら氷室准尉が苦笑している。

 ジェイドたちには本気を出さないように注意はしておいたけど加減の仕方で苦労しているようだ。

 それが逆に軽くあしらっているように見えてしまうのだから皮肉である。

 なんにせよパワーレベリングで短期集中的にレベルアップした弊害と言えるかもしれない。

 ひたすらにレベルアップを目指すだけの環境下では手加減とかする訳もないからね。


 模擬戦が終わる。

 対戦相手だった試験官たちは散々振り回されたせいかガクガクの状態だ。

 一方で隠れ里の民たちは平然としている。

 対戦相手以外の統合自衛軍の兵士たちはそんな彼らを見て唖然呆然といった有様だ。

 レベル差が顕著に出てしまった結果なのでしょうがない。


 ちとマズったか。

 兵士たちも冒険者として活躍しているという自負があるはずだからね。

 自信を喪失されるのは勘弁してほしいし。

 妬まれたり恨まれたりは厄介なことになりかねない。

 気配から察するに、そういう雰囲気は感じられないのだけど今回のことが切っ掛けで何かあっても事だ。


 しょうがないので祝福の魔法を使っておいた。

 あまり露骨にやると何かしたのがバレる恐れがあるのでトラウマになるのを回避する程度で終わらせておく。

 これでも勘のいい相手だと違和感を感じたりするかもしれない。


「んー、意外に平気そうだな? これだけやられると自信喪失くらいはしているかと思ったんだが」


 遠藤大尉のようにね。


「いい経験になったと考えているんじゃないですか」


 この調子だと大川曹長は気付いていないな。


「ダンジョンで鍛えてきたのが功を奏したのかもな」


 氷室准尉はちょっと判断がつかない。

 口ぶりからは気付いていないように見受けられるが、なんとなく疑われているような空気を感じるのだ。


「エルフもドワーフもごっついなー。皆して精鋭やんか。上には上がおるもんや」


 堂島氏は素直に感心していた。

 凹むんじゃなくて自分のモチベーションにつなげているようなので、こちらとしても助かる。

 さすがに堂島氏に祝福を使えば遠藤大尉たちにも気付かれるだろうし。


「この後の予定はどうなってるんです?」


 大川曹長に聞いてみた。

 何も聞かぬまま模擬戦が始まってしまったので予定を知らないんだよね。


「昼休憩をはさんで筆記試験と魔法の実技試験ですね」


「ということは実技試験の試験官は撤収ですか」


「いいえ。模擬試験の人員は街の警備に回します。接近を試みる者もいるようですから」


 というより、すでに街に入り込んできている。

 監視システムに張り付いているミケから念話で連絡があったんだよね。


『ミケ、統合自衛軍の兵士が街の警備に回るそうだ』


『了解しましたニャ。兵士が発見しやすいよう侵入者を誘導しますニャー』


 監視用のゴーレムはカラスと猫だけなので普通に人間を誘導しようとすると怪しさ満点となってしまうのだが、やりようはある。

 姿を見せずに人間の足音を再現したり魔法で影をちらつかせたりといった具合だ。

 相手がスパイなら目撃されるのを避けるだろうから、これで充分である。

 マスコミ関係者だと場合によっては近づいてくる恐れもあるが潜入の素人が見張りの立つ進入禁止の場所に入ってこられるはずもない。

 そのくらいの人員は統合自衛軍も先に配置しているさ。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 くそっ、どうなってるんだ!?

 日本の軍隊がイレギュラーな訓練を実施するという情報をつかんだところまでは良かったのだ。

 詳細の確認を行うべく彼らの目的地近くまで追跡したものの、とある街の入り口が封鎖されて追い返されたあたりから雲行きが怪しくなってきた。

 その程度で諦める訳はなく離れた場所に車を隠して徒歩で街への侵入を試みたのだが。


 道路にしか見張りがいなかった割には人の気配をやたら感じた。

 天変地異以降はどの国でもありきたりとなった人気の感じられない街のはずなのに。

 自衛軍の車両が向かったと思われる先へ進もうとすると誰かが近づいてくる。


 死角を利用してやり過ごそうとしても、ことごとく裏をかかれた。

 そういう時に限って不吉の象徴たるカラスが近くにいるのだ。

 頭にくるぜ。


 そうこうしている間に妙なものを見てしまった。

 双眼鏡を使って自衛軍が向かったであろう方向を確認しただけのつもりだったのだが、あれは異様な何かだ。

 レンズの向こうから飛び込んできたのは形容しがたい何かである。


 危うく悲鳴を上げてしまうところだった。

 何だアレは?

 俺は頭がおかしくなってしまったのか。


 最初は車両か建造物だろうと思ったのだが、そんなものが形状を変えるように蠢く訳がない。

 強いて言うなら巨大なタコの怪物クラーケンかもしれない。

 何かの塊が表面をうぞうぞと蠢かせる様はそれほどに醜悪で不気味だった。


 自衛軍の奴らはあんなものと戦っているのか。

 それとも日本が開発した生物兵器なのか。

 とにかく撮影するべくカメラを出そうとしたのだが何処にも見当たらない。


 もしかして持ってくるのを忘れた?

 いや、出てくる前にすべての器材は確認した。

 それは習慣化しているから忘れることなどあり得ない。

 ならば紛失したというのか。

 今日はまだ一度もカメラを使っていないというのに、それはないだろう。


 どうなっているんだ?

 気味の悪いものを見せられた上にあり得ない出来事が起こる。

 俺は呪われてしまったのかもしれん。

 アレを見てしまったせいか?

 いや、そんな非現実的なことがあるはずないだろう。


 ならばアレをどう説明する。

 記録を残せれば本国で分析もできるのだろうが、それもカメラがなくては不可能だ。


「そんな所で何をしている!」


 不意にきつくとがめられた。

 気がつけば自衛軍の兵士たちに囲まれている。

 いつの間に!?

 いや、混乱している間に接近を許してしまったようだ。

 カメラを無くした以上に致命的なミスじゃないか。


 向こうは拘束しにきている。

 逃げられる状況ではないしすべきでもないだろう。

 大人しく捕まって黙秘に徹するしかなさそうだ。


 つまり俺のキャリアはこれで終了ってことだな。

 アレのことを報告したところで失点をカバーできるとは思えない。

 証拠もないことだし頭のおかしな奴だと思われてさらに評価を下げるだけだ。

 残された道は本国に戻されて閑職に追いやられるか辞職するか。


 ろくでもないものを見せられたせいで俺の人生は滅茶苦茶になった。

 アレはきっと疫病神に違いない。

 もう二度と日本になんぞ来るものか!


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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