138 勇者の次は御屋形様?
「勘弁してくれよぉ」
何故か土下座される対象は俺だけのようだ。
「俺1人でザラタン──あのデカい魔物を倒した訳じゃないんだぞ」
「浄化したのは涼成じゃないか」
「だよねー。涼ちゃん1人で頑張ったんだし」
矛先が自分たちに向かないようにと英花や真利が逃げている。
ミケは猫のふりをしているし。
紬は隠れ里の民の後ろに回り込んで気配を消しているんだよな。
もっとも間近にいたはずのリアは俺からススッと離れて「メイドですが何か?」と言わんばかりの澄まし顔で控えていた。
どう考えても俺を生け贄にして自分たちは逃げ切る気である。
しかもミッションコンプリート寸前。
冗談キツいんですけど?
こんなの、どうやって収拾をつけろと言うんでしょうね。
「おーい、誰か返事してくれー」
返事なし。
話もできないんじゃ、どうにもならないんだけど。
「話をするつもりがないなら先に帰るけど、いいのか?」
ハッタリだ。
病み上がりの人間を半日以上待たせた上でそんな真似をするのは罪悪感が跳ね上がって俺の方が耐えられない。
が、やはり返事はなかった。
ここは踏ん張りどころなので、しばし待つ。
たった1秒が経過するだけでも長いと感じてしまう。
どれだけの時間を待たねばならないのか。
嫌な汗が流れそうな錯覚さえ憶える。
もう数分は待っただろうと感じる一方で数十秒と経っていないのではと思ってしまう嫌な感覚だ。
変に緊張するから身じろぎひとつできやしない。
胃が痛くなりそうだ。
ピリピリした空気が場を支配していく。
そう思ったのだが、どうやら俺が苛立っているだけのようだ。
いかんな。ストレス耐性なさ過ぎだろう。
気分を変えるために軽く深呼吸しようと肩幅を軽く超えるくらいに脚を広げた。
そして、いざ深呼吸しようとした時──
「お待ちくだされ!」
何故か必死な様子でジェイドが顔を上げた。
依然として平伏したままである。
その姿勢、苦しくないのかなと感じたのは俺だけじゃないと思う。
「まともに話もできないんじゃ待ってもしょうがないと思うんだけど?」
「あのように強大なる魔物を討伐されたばかりか浄化まで成し遂げられたお方に無礼を働いてはならぬと必死であったゆえ平にご容赦をっ」
やけに必死だ。
口調も今までとはガラッと変わってしまっているし。
俺はそんな風に言われるような立派な御仁じゃないんだが。
まあ、ザラタンを倒したメンバーの1人だし浄化したのも事実なんだけどさ。
そういやドロップアイテムが俺の背後で見上げるほど山盛りになってる。
食材やらアイテムやらで選別するのも大変そうだ。
できれば隠れ里の民に手伝ってもらいたいところだけど、今の状況だと恐れおののく面々を脅してやらせる感が否めない。
「容赦も何も俺1人でザラタンを倒した訳じゃないし、浄化も魔力供給を受けてなかったらこんな短時間で終わらなかったぞ。むしろ失敗してただろうな」
こんな風に言ってもダメなようで「平にご容赦を」となってしまう。
「許すから勘弁してくれ~」
こっちが泣き言を言ったらようやく向こうの張り詰めた空気が解けた。
そこから先は思い出したくもない。
夜中に何時間もかけて問答を繰り返してようやく落ち着くところに落ち着いた。
どうにか頑張ってジェイドだけは普通に喋ってもらえるようになったところで諦めたとも言う。
そのせいで何故か俺が御屋形様と呼ばれることになってしまったけど。
殿様と言われているのと一緒だろ、これ?
いや、もう知らん。俺は休みたいからどうでもいいや。
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俺たちは真利の屋敷に戻ってきたとたんにバッタリ倒れ込んで眠ってしまった。
ホントあれでよく勝てたなとか思う余裕すらなく玄関でバタンキューである。
仲良く3人で川の字になって寝てしまうとか今までなかったけど、これはザラタンとの戦闘に神経をすり減らした結果だと思う。
で、目覚めたら自室の布団の中だったんだけど、これは紬やリアが運んでくれたらしい。
遅めの朝食をすませて食後のお茶をする段になってようやく人心地つけた気がした。
熱いお茶を啜ってほーっと息を吐く。
「隠居老人みたいだな」
「余計なお世話だ。人が困っている時に加勢もせず逃げたくせに」
「逃げてはいないぞ。土下座されている涼成を傍観していただけだ」
「同じだよっ」
などと冗談を交えた舌戦というか漫才のようなやり取りを英花としてみたり。
「昨日のことがウソみたいだねえ」
「生憎と4月1日じゃないんだよなぁ」
「夢でもないよー」
「夢でも見たくないぞ。夢ならどんなに良かったことか」
真利の言葉にツッコミを入れてみたりと、まったりした時間を過ごしていた。
とはいえ暇な訳ではない。
戦利品は次元収納にまとめて回収しただけで仕分けなんてしていないし。
隠れ里の民の処遇についても考えなきゃならない。
それに戦った場所の後始末もやってないんだよなぁ。
考えるだけで頭が痛くなってきそうだから現実逃避しているだけなのだ。
「最初に片付けるとしたら壊れた街の方だな」
「……英花、せめて昼までは忘れさせてくれよ」
「昼になったら夕方で、夕方になったら明日と言うのだろう。あと5分と言って二度寝する奴と変わらんぞ」
「うぐっ」
その通りになりそうで反論できない。
「行けばいいんだろ」
「いや、それは私と真利で行く。錬成スキルも熟達させないといけないしな」
「大丈夫なのか? 穴をふさぐだけならともかく何件か家がぶっ壊れてただろう」
「ガワだけなら何とかな」
そこまで言うなら任せるとして。
「俺は何をすればいいんだ」
「戦利品の仕分けに決まっているだろう」
回収したのは俺だからわからなくはないのだけど。
「そんなの後日でもいいだろう」
気力の湧かない今やると、はかどらないだけでなくミスも出てくると思うのだ。
「涼成は浄化で疲れているだろうし監督するだけでいいんじゃないか」
「ちょっと待て。隠れ里の民にやらせろってのか」
「御屋形様の御命令とあれば喜んでやってくれるだろうさ」
「病み上がりで浄化の見学してた者たちは昨日の今日ではダメだろう」
「む、それもそうか」
「今日はもう休みにしておこうぜ。その方が効率も良くなる」
「どうだろうな」
「少なくとも俺はザラタンの件でメンタルが思いっきり削られたからな。今日は気力が湧きそうにない」
「そういうことなら、しょうがないか。アレは確かにヤバかった。よく倒せたものだと思う」
「それなんだが、俺が浄化を始める前にほとんど終わっていたような気がするんだよ」
「ふむ。言われてみればそうかもしれん。よくよく思い出してみれば頭を叩きつけてきた後はまるで動かなかったしな」
「ということは……」
直前の攻撃が致命傷になったということだろう。
だたし、誰も攻撃はしていないのだが。
むしろザラタンがブレス攻撃してくるところだったし。
そこに真利が防御結界で割り込みはかけたな。
もしかして、それか?
思わず呑気にお茶を啜っている真利を見た。
英花も同じ考えにたどり着いたようで真利に視線を向けている。
「えっ、何?」
見られていることに気付いた真利が驚いている。
「ブレスを防げたのはどうしてだ?」
英花が真利に問う。
それも謎だ。
ドラゴンのそれに匹敵するブレスを今の俺たちが防げたはずはないのだから。
「あー、それね。とっさにやってみたら上手くいったみたいな?」
何のことやらサッパリわからん。
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