137 浄化しただけなのに
「要するに魔力の供給が間に合えば良いのだろう」
そんな風に言うということは英花には何らかの解決策があるのかもしれない。
聞けば、どうして思いつかなかったのかと思うような方法だった。
うちのフィールドダンジョンから供給する方法だ。
一時的に魔物がリポップする方へ回している魔力を止めてリアを通じて俺の方に回す。
それだけだ。
うちのフィールドダンジョンは人が来ないし俺たちがザラタンにかかりきりになる間は魔物を狩ることがない。
魔物がリポップしないのであれば余剰分の魔力は外へ排出されるだけである。
それをプールしている分も含めて流用すれば──
「それなら確かに足りるな」
むしろ余裕があるんじゃなかろうか。
ということでさっそく試してみましたよ。
最初は魔力の供給量が多すぎて焦ったけど徐々に増やしてもらうようにしたら、すぐに慣れることができた。
浄化の出力を上げつつザラタンを覆うように範囲を広げていく。
魔力をガンガン消費するけどリアから供給される分だけでまかなうことができている。
「山みたいに大きいのに浄化がはかどる~」
魔力の残量を管理しなくて良いぶん楽になったおかげで楽でしょうがないせいか、ついお気楽な独り言が口をついて出てしまう。
これがマンガだったら台詞に音符でもついてきそうなほど楽だ。
やたらと大きいザラタンを完全に浄化の光で覆っているとは思えないね。
普通なら制御で苦労させられるはずなのに。
まあ、これは後でレベルアップしていたおかげだと気付いたから不思議でもなんでもなかったけれど。
この時は首をかしげたくなるほどスムーズだったので浮かれてしまったという訳だ。
「余裕をかましているとヘマをするぞ」
調子に乗っていたら英花から忠告されてしまいましたよ。
「へーい」
その後は真面目に浄化していった。
ザラタンが徐々に浄化されていく以外は何の変化もない。
俺の横で真利が見様見真似で浄化の魔法を練習し始めたりというのはあったけどね。
待つのが退屈なら先に帰ればと思ったのだが。
「涼ちゃんとリアを残して帰るなんてあり得ないよ」
だそうである。
「そうだな。大変な仕事を任せているのに我々がのうのうとくつろいでいる訳にはいかん」
「隠れ里の民たちはどうしますかニャ。誰か説明に行かないと不安を感じている人が多いんじゃないですかニャー」
ミケの言う通りである。
そうでなくても英花たちは慌ただしく出てきたはず。
そのことを考えると、ね。
「戻って説明するしかないか」
何故か不服そうな英花だ。
「こんな場所にいて何が面白いんだか」
「何を言うのか、涼成。ザラタンが浄化されて消えるところを見られないなど損失以外の何ものでもないぞ」
「そんな、大袈裟な」
俺は苦笑したが皆の反応が薄い。
「え、マジで!?」
コクコクと頷かれてしまった。
「そんなに言うならジェイドたちを連れてきたらどうだ?」
「なんだって?」
英花が困惑の表情を浮かべている。
そりゃそうだろう。
隠れ里の面々を人目にさらさないよう、うちのフィールドダンジョンへ連れて行ったのに外へ連れ出すというのだから。
だが、ここは外からの視線にさらされない結界の中である。
ダンジョンからじかに出てくるのではなく真利の屋敷を経由して案内するのであれば誰にも目撃されることはない。
結界の内側に入ってくれば話は変わってくるけれど、その時はその時だ。
ザラタンの方が先に見つかってしまうだろうし。
そういう感じで説明したら呆れつつも納得して駆け出していった。
まだ始めたばかりだというのに、せっかちなことだね。
そうは思ったものの英花が戻ってきたのは結構な時間がたってからのことだった。
状況の説明とかで手間取っていたんじゃないかな。
それで、しばらく静かだと思っていたらザワザワと背後が騒がしくなってきた。
「大きい大きいと思っていたが、間近で見ると本当に山だな」
「ドラゴンもこれほどは大きくないだろうに」
「アンタは本物のドラゴンを見たことないでしょ」
「コイツが俺たちの里を……」
「こんなのが本当に倒せるものなのか」
「死んでるじゃないか」
「どうやれば仕留められるかって話だよ」
「禍々しい黒さだな」
「呪いを体現しているがごとくね」
「浄化しなきゃならないのはわかるけど……」
「途方もないな」
「解体するだけでも途方もないことだぞ、これは」
「浄化が終わったらワシらの出番だ」
「腕が鳴ると言いたいところだが、これが相手だと大口は叩けないな」
他にも口々に喋っているが声のトーン自体は低めだ。
俺の邪魔をしないようにと言い含められているのかもしれない。
それにしても数が多いな。
聞こえてくる声以上に気配がする。
千里眼で背後を確認したらジェイド以下全員を連れて来たみたいだ。
ポーションを飲んだとはいえ病み上がりの者の中には本調子じゃないのも多いだろうに。
「あんまり無茶をさせるなよ」
ついつい声に出てしまっていた。
どちらかと言えば独り言の類いである。
「こちらから無理を言ったんじゃ。本人たちの希望でな」
にもかかわらずジェイドから返事があった。
「ということだ。無理をすると後に響くとは言ったんだが」
やや疲れをにじませた声で英花が補足している。
この調子だと説得するのに時間がかかったものの結局は説得を断念せざるを得なかったようだな。
「我らの里を破壊した魔物だからこそ亡骸だけでも自分の目に焼き付けておきたいと言われてはワシには止められぬよ」
そういうことなら仕方あるまい。
無理に止めても延々と悔いる者を出すだけで何ひとつ良いことはないだろうし。
「せめて座るとかした方がいいぞ。まだ半分も終わってない」
昼過ぎまで進めたところで思ったより進捗していると感じているけど日が暮れるまでに終わるとは思えない。
そもそも夜を明かす覚悟で始めたのだ。
日を跨ぐ前に終わりそうだと感じている時点で充分に速いと言えるだろう。
「椅子を用意するねー」
真利が錬成スキルで簡易なベンチを作り始めた。
「ニャーも手伝いますニャン」
「そうだな」
ミケや英花もそれに続く。
紬は錬成できないのだけど同じタイミングで魔法を使い始めたので魔法で椅子を作るのかと思ったら全然違った。
俺たちの周囲に幻影結界を展開したのだ。
街全体を覆うようにした結界の内側に同様のものを作り出したことになる。
普段から口数の少ない紬なので特に説明などはなかったが遠藤大尉たちが不意に訪れてもいいように結界で隠したのだと思う。
結局は誰も来なかったんだけど、こういうのはサボった時にこそ良くない結果になるから油断はできない。
外部の人間が来なくて良かったラッキーだったと思っておけばいいってことだ。
それにしても最後まで浄化の作業を飽きることなく見ていられる隠れ里の面々はスゴいものだ。
老若男女関係なく最後まで待ってくれたからね。
辛抱強いというか何というか。
職人集団だから根気のいることには慣れているというのはあるのかもしれない。
ただねえ……
浄化が終わった途端に隠れ里の全員で土下座はないわ。
君らの主人になった覚えはないんですが?
読んでくれてありがとう。
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