136 戦いの決着は
大口を開け口腔内に光の奔流を見せるザラタン。
「させないっ!!」
そう叫んだのは真利だった。
結界魔法を発動させる。
「無理だ!」
英花が叫んだ。
俺もそう思った。
口を開く前ならいざ知らず開いた後はブレスの発射態勢に入ってしまっている。
俺たちの今のレベルでは結界を重ね掛けしても止めきれるものではない。
が、不思議なことにブレスは放たれなかった。
「は?」
英花が呆気にとられていた。
俺も何が起きたのか理解できない。
ザラタンが苦しげな様子を見せ首を無茶苦茶に振るっているのだ。
何をした?
いや、そんなことを気にしている場合ではない。
上から奴の頭が落ちてくる!
「避けろ!」
俺の警告に反応した皆がいっせいにバックステップ。
その直後、それまで俺たちがいた場所に巨大な亀の頭がムチの先のようにしなりをきかせて叩きつけられた。
轟音とともに地面が大きく弾けたかと思うと土煙を巻き上げ一気に視界が悪くなる。
同時に破片などが飛んできたが、その程度であれば見えなくても空気の流れなどから察知して防御すればいい。
今はそんなものを気にしている場合ではないのだ。
こういう状況だからこそ隙を見せれば敵の攻撃をまともに食らってしまう恐れがあるからね。
土煙が鬱陶しい。
皆が無事か確認しようにも視認できないし、声を出すのもはばかられる。
下手に土煙を吸い込むと咳き込みかねないからだ。
わずかな隙が致命的な失態につながってしまう恐れがある。
「っ!?」
土煙の向こうに灯火のようなものが見えた。
真正面ではない。
何故か左右に広がるように流れていき、すぐに見えなくなった。
ブレスではない?
あんな残りカスのような一瞬の炎であるはずがない。
吐き出し損なったブレスの残滓が口角から両脇に漏れ出したとでも言うのであれば話は違ってくるかもしれないが。
いずれにせよ今もっとも警戒すべきはザラタンのブレスだ。
その他の攻撃も含めて警戒しつつ皆の気配を探っていく。
殺気は、ない。
気配は……ある。
ダメージを受けたような嫌な感じもしない。
隙なくあたりの様子をうかがっていることがうかがえることからも無事であることがわかった。
大丈夫だったことを確認できて次のことを考えられるようになった。
ここで土煙をどうにかしようという頭が働き始めたのは遅いと言わざるを得ない。
そんなものは最初にやっておくべきだったのだ。
山のようにデカいザラタンの首をかわすのがギリギリだったことに動揺しているな。
家ひとつ分あると言われてもおかしくない重量物がハンマーのごとく振り下ろされたことを思えば無理からぬところはあるのかもしれないが……
なんとも情けない話である。
魔法の風でもうもうと舞い上がり続けている土煙を吹き飛ばすと大きく陥没した地面にザラタンの頭がめり込んでいるのが見えた。
奴は動かない。
が、大口を開けばブレスが来ることを考えれば、むしろ動かない方が脅威だ。
そう思ったのだが様子がおかしい。
違和感の正体をつかむべく千里眼のスキルで引いた所からザラタンを見る。
「これはっ」
「どうした、涼成」
「コイツ、失神してるぞ」
「なに? そんなバカな」
「間違いない。頭だけじゃなく四肢が脱力状態だ」
「ならば今がチャンスですニャー」
「っ! 封じるぞ」
英花の合図により3人がかりの結界でザラタンのアゴを縛り上げる。
真利はこのタイミングには間に合わない。
全力でブレスを防ぎにいったからな。
アレがどうして成功したのか謎のままだけど気にしている場合ではない。
とにかく俺もザラタンの眉間を狙って練り上げた浄化の光を浴びせる。
奥に届かせなければ。
表面を削ぎ落としても、あれほどの巨躯を弱らせるなどできるはずもない。
故に一点突破を狙って眉間に浴びせ続けているが一気に貫くことができないのがもどかしい。
さすがの重装甲だな。
じりじりと眉間まわりの呪いが燃えているかのように煙を発している。
まるで太陽光を虫眼鏡で一点集中させて照射したかのようだ。
ならばと照射範囲をさらに細く絞り込む。
今や浄化の光は巨大な剣と化していた。
切っ先がザラタンの額にズブズブとめり込んでいく。
それでも奴は目覚めないことが逆に俺の神経をすり減らす。
ザラタンが目覚めれば間違いなく暴れるだろう。
急所を刺されて痛くないはずがない。
いつ目覚めるかと、こっちは冷や汗ものだ。
目覚める前に届け!
奴が奴たらしめている存在の中枢。
動物で言えば脳だ。
ザラタンも亀の姿をしているならば脳があるはず。
ここを浄化してしまえば奴とて無事ではいられまい。
今の俺ではこれが精一杯。
焦れったい。
異世界で戦っていた最盛期であれば、このザラタンが相手でも普通に戦えただろう。
こんな風に焦りや緊張が入り交じったストレスフルな状態にさらされることもなかった。
はやく! はやく! はやくっ!!
光の剣はすでにザラタンの脳に届いているはずだ。
それでも浄化が進んでいるという手応えが薄い。
ザラタンが目覚めたなら奴の頭に取り付かなければならなくなってくる。
振り落とされないようにしながらの浄化などまともにできるとは思えない。
ただでさえ不利な状況がさらに悪化するなど考えたくもない悪夢だ。
焦れている中であれこれと思考を巡らせていると不意に手応えが変わった。
急な変化についていけずにいると、浄化の剣がザラタンの後頭部を突き抜ける。
「おっと」
そのまま光がどこまでも伸びていこうとするのを制御して止める。
そうして、ようやくザラタンを倒すことができたという実感が湧いてきた。
今までの焦りと緊張感は何だったのかと言いたくなるくらい呆気ないものだ。
「終わったのか?」
俺が戦闘中に張り続けていた気を緩めたことに気付いた英花が聞いてきた。
「ああ。まさかこんなに呆気なく終わるとは俺も思ってなかったけどね」
弱体化させるのがせいぜいだと思っていたら何故か事切れましたよ?
考えられるとしたらブレスを止めた際に大ダメージを負っていたということくらいか。
「にしてはドロップアイテムが出ないぞ。それに奴の体も残っているじゃないか」
「呪いが邪魔してるんだよ。完全に浄化しきらないと、このままなんじゃないかな」
「これを全部か……」
あ、ドン引きしてる。
俺も気持ちとしては同じなんだけど、やらないと終わらないから浄化を継続しているんだよね。
このままだとすぐに魔力がスッカラカンになってしまうので省エネモードに切り替えたけど。
緊急性はなくなったから出力を下げたものの何日かかることやら。
全力でやったとしても丸1日では終わらないはずだというのに。
それも魔力が続けばの話だ。
「今は休んだ方が良くないか」
「浄化を途切れさせると呪いが拡散すると思うぞ」
根拠も確証もないけど、そんな気がするんだよね。
だから浄化をやめられないのだ。
「それはかなりマズいのではないか」
言われるまでもない。
魔力は回復しながら浄化しているので1週間くらいは大丈夫だけど体力の方が先に限界を迎えるのが目に見えている。
まあ、考える時間を確保したと言っておこうか。
何にも思いつかないんだけどさ。
読んでくれてありがとう。
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