135 山と戦うことになった
空き地に近寄るほど良くないもののスケールの大きさが身に染みてわかった。
「マジで山じゃないか」
本物だとしたら小高い丘程度のものかもしれない。
が、4本の脚を持つ生き物にあるまじき大きさは山にたとえても否定する者などいないだろう。
ミケがちょっとした島だと言ったのもうなずけるというものだ。
「アスピドケロンかザラタンかってところだな」
「何だそれは?」
英花はどちらも知らなかったようだ。
「アスピドケロンはギリシャ語で蛇亀と言うらしい。鯨だったり魚だったりすることもあるそうだけど」
「ザラなんとかは?」
「ザラタンな。こっちは中東の方で伝わるデカいウミガメとかカニだったか」
うろ覚えなので、どの地域で伝承されているのかは自信が無い。
「どっちもこのサイズなの?」
走りながら真利が聞いてきた。
「ああ。島と間違えて上陸した人が亀が水中に潜ったせいで溺れるという言い伝えが両方にあったと思う」
「似たような話が伝わるものなんですニャー」
「涼成、アレはこれからザラタンと呼ぶぞ」
英花が不意のタイミングで決めてきた。
今の話で名前を決める要素ってあったっけ?
「アスピなんとかより呼びやすい」
聞いてもいなかったが納得の理由だ。
「何でもいいさ」
「じゃあ、ザラタンだねー」
「ザラタン。了解ですニャン」
「ん」
「わかりました。これよりあの敵をザラタンと呼称します」
俺が英花の提案を承認すると、皆も次々と受け入れていく。
正直なところ名前などどうでもいいのだ。
そんなことより誰かアレの倒し方を誰か教えてくれと言いたい。
まあ、やることは決まっているんだけど。
「それより、さっきから動かないんだが?」
「おそらく疲れているから休んでいるんだと思いますニャー」
俺の疑問に答えたのは偵察に出ていたミケだ。
「疲れているだって?」
「ハイですニャ。外へ出てくるために隠れ里を無理やり破壊しましたからニャン」
「そういうことか」
消滅寸前の亜空間とはいえ、ひとつの世界を形成していたものに違いはない。
強固な壁として奴に立ち塞がったのだろう。
「だったら今がチャンスだな」
「でも、生半可な攻撃は通用しない気がするよ」
真利の言う通りだ。
ザラタンは休憩しているだけで弱くなった訳ではない。
「だったら通用するくらいにまで弱体化させるまでだ」
「どうやって弱らせるの!?」
できっこないと思っているのか真利が驚きながら聞いてきた。
「あれも呪いの産物だ。効果的なのは浄化だろう」
疑問に答えたのは英花だ。
その通りなので俺から言うことが無くなってしまった。
その分、魔法の構築に集中できる。
「でも、浄化なんて使ったことないよ。あんなのに通用するようなのを、ぶっつけ本番でなんて無理だよー」
真利が泣き言を言うのも無理はない。
近づけば近づくほどデカさが現実的なプレッシャーとして襲いかかってくるからね。
「真利は結界で拘束しろ。アレが暴れ始めたらシャレにならん」
「わ、わかった」
もちろん真利だけにザラタンの拘束を任せる訳ではない。
むしろ、こちらの方に注力すべきだろう。
そんな訳で浄化に専念するのは俺だけとなった。
「どうせなら完全に身動き取れなくしてやろう」
ふと何かを思いついた表情を見せた英花がそんなことを言い出した。
「えー、そんなのできるのぉ?」
真利が目を丸くさせている。
「奴の足を見ろ。埋まっているだろう」
あの巨体の重量をたった4本の脚で支えているのだ。
重量を分散しきれず結構な深さで埋まっていた。
もし、まったく埋まらないことがあるなら中身がスカスカで軽いか魔法で重量を軽減するなどしているかだろう。
「脚を固定するってこと?」
「違う、違う、そうじゃない。足下を無くしてやるんだ」
「穴を掘るってこと?」
「その通り。脚の可動範囲に何も無くなったら踏ん張れなくなるだろう」
あの巨体をまるごと落とし穴に落とす場合と比べればはるかに負担は少ないな。
もちろん移動ができなくなるというだけで攻撃手段がゼロになる訳ではない。
「完封は無理でも周辺被害は抑えられる」
英花もそれはわかっているようだが、ひとつ失念している。
ああいうデカブツはブレス攻撃を持っているものだ。
「ブレスを封じられればな」
「結界で拘束して口を開かせなければいい」
果たしてそんなに上手くいくだろうか。
それでも、ただ闇雲に脳筋アタックをするよりは良さそうだ。
代案も浮かんでこないし、やるしかないだろう。
「涼成、どれくらいで奴を弱体化させられる?」
「さあね。俺にもわからないよ」
無責任と思われても仕方ないが本当にわからないのだ。
こんなに一か八かの心境で敵に相対するのは魔王を浄化したとき以来だ。
しかし、闇雲に浄化しようとしても焼け石に水に近い気がする。
せめてレベルが今より10は上ならゴリ押しも通用したと思うんだけど。
それができないなら工夫するしかない。
浄化の効果を持たせた雨を降らせるのはどうだろうか。
……無理だな。
浄化の威力が拡散してしまうから雨粒が当たっても完全に弾かれる恐れすらある。
車の撥水コートみたいなことになったら目も当てられない。
浄化の炎であぶるのもダメだな。
あれだけの巨体が相手だと炎は表面にしか効果を与えられなくなってしまう。
普通に浄化した方が内部にまで浸透するはずだ。
やはり浄化を他の魔法と組み合わせるのはダメだ。
このサイズでなければ効果的だったと思うけど今回の場合は凝縮させた浄化で急所を突くしかない。
そうか、急所だ。
頭を狙えばあるいは上手くいくかもしれない。
それでも賭けに等しい気がしたものの分の悪さは薄れた気がした。
なんにせよ、やれるだけのことをやるまでだ。
俺があれこれと考えている間に皆が奴をはめ込んでいく。
まずは足下。
地属性の魔法でザラタンの足下を砂地に変化させ徐々に砂を抜き取っていく。
これならゆっくりと沈下していくため気付かれにくいはずだ。
腹ばいになる寸前──
「今だっ!」
英花の合図でいっせいに砂地を消した。
ゴッソリという表現以外に適切な言葉が見つからないくらい見事に奴の足場が無くなっている。
その巨体が地面に設置した直後、静かに地面が揺れた。
この時点になってようやくザラタンは状況の変化に気付いたようだ。
宙に浮いた脚をばたつかせるが虚しく空を切る。
「急げ! 次は頭の拘束だ」
皆が結界魔法を構築していく。
俺の方はまだ浄化を使っていない。
使うならザラタンの頭部が拘束された後だ。
下手に動かれると照射の方に気を取られて精度が落ちるからね。
ザラタンが下を見た。
奴からすればアリ以下の大きさの俺たちだが魔力の高まりから無視できなくなったのだろう。
苛立たしげに殺気をぶつけられる。
動けなくなったのは俺たちのせいなのかと言わんばかりだ。
吠えずとも、その気迫が俺たちの体を打ち付けた。
「くっ、なんてプレッシャーだ」
気を張っていても体が硬直したほどだ。
それはほんのわずかな時間ではあったが致命的な隙となった。
ザラタンが口を開いていく。
咆哮が発せられる気配はない。
「マズいっ! ブレスだ!!」
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