134 想定外は続く
ゲートで移動して真利の屋敷に戻ってきた。
念のためってやつだ。
向こうには英花が残っているし、こちらに俺たちがいれば何かあったとしても対応しやすいからね。
リアの話によれば、こちらでは今のところ異変はないそうだけど隠れ里の入り口はこちらにある。
隠れ里の中に生じつつあるものが出てこないとも限らない。
ダンジョンであればスタンピードにでもならない限り中に留まり続けようとするが、ダンジョンコアのない隠れ里ではその常識は通用しないだろう。
隠れ里の消滅とともに消え去る可能性の方が高いとは思うけど。
「それじゃあ涼ちゃん、また後でね。おやすみー」
「おーう。おやすみ」
それぞれの部屋へ戻って眠りにつく。
何かあった場合は一緒に戻ってきた紬とミケが知らせてくれる手はずだ。
とにかく何が起きてもいいように休める時に休んでおく。
俺は自室に辿り着くと着替えもせず、さっさと眠りについた。
そこから先の記憶がない。
夢も見なかったという証拠だな。
もしくは夢を見る前に叩き起こされたと言うべきか。
ただし、紬やミケが俺の部屋まで来た訳ではない。
近くには気配を感じないというのに凄まじい殺意を感じたのだ。
そりゃあ飛び起きるよね。
そのタイミングでミケが部屋に飛び込んで来た。
「起きてくださいニャ! ──ってニャンですと!?」
ミケは俺がすでに起きていたことに目を丸くさせている。
「殺気を感じたからな」
「さすがは涼成様ですニャー」
「そういうのはいいから情報は何かあるか?」
「隠れ里の良くないものが実体を得たようですニャ」
「まいったな。俺、フラグ立てたっけ?」
思わずぼやきが漏れるが気にしている場合じゃない。
「偵察を頼めるか」
「もちろんですニャ」
「では、行ってくれ」
「お任せあれですニャン」
ミケは返事をしたかと思うとシュバッと消えるように偵察へと向かった。
俺は俺で真利と合流すべく部屋を出る。
向こうも同じように動き始めていたようで紬と一緒に廊下に出てきたところに出くわした。
「涼ちゃん、良くないものって何だろう」
やや不安げな面持ちで真利が聞いてきた。
「呪いの産物としかわからないな。消えてくれればいいんだが」
「出てくる可能性もあるよね」
最初は大丈夫だと思っていたが真利の懸念も否定できなくなってきた。
「思った以上に呪いが集まっているからな」
この調子だと、まだまだ呪いを吸収して強化されかねない。
今の俺では浄化しきれないかもというくらいには脅威だ。
せめてレベル50以上あれば大丈夫と言えるんだが。
名古屋でも頑張ったから大阪の時よりもレベルは2上がって今はレベル35なんだけど、ハッキリ言って物足りない。
そうなると浄化で弱らせつつ戦ってトドメを刺すしかないだろう。
うちの戦力総掛かりで対応しなければなるまい。
「紬、英花とリアを呼んできてくれ」
コクリとうなずいた紬がゲートに向かう。
「涼ちゃん、私は何をすればいい?」
「ポーションの補充」
「えー」
「偵察はミケに行ってもらったし俺たちも戦う準備はできてるだろ」
現時点での最強装備は一瞬で装着が終わる魔道具の機能を持っているからね。
それでもここに伝わってくる呪いの濃密さから推測するならばオーバーキルにはならないことだけは確実だ。
偽装のために出し惜しみなどすれば、どうなることか。
まあ、隠れ里の調査に向かった時に広域結界を張り巡らせておいたので外から見える街の姿は虚像である。
そこだけは安心できるか。
「涼ちゃんもポーションの補充するの?」
「俺はリア用の防具を錬成する」
時間がもったいないので材料を次元収納から出しながら答えた。
真利もポーションの準備を進めている。
「私たちの予備じゃダメなの?」
「大盾は無かっただろ」
「えー、タンクをさせるのぉ?」
驚きつつも手は止まらない。
「いや、今のリアだとボディの脆弱さがネックだから後方支援だな」
マイナーバージョンアップを繰り返してはいるけど、素材が微妙なせいで強化はほどほどなんだよね。
「そっか。完全に身を隠すことができるシールドで耐える感じにするんだ」
一旦はそう納得しかけたのだけど。
「あれ? 盾を支える腕が耐えられない攻撃が来たらどうするの?」
「その辺は魔道具化するから大丈夫だ」
受けた衝撃は魔力に変換して大盾の動力に回せばいい。
大盾の重量についても魔法で浮遊させることで解決する。
素材などで工夫して軽量化もするけどね。
薄く複雑な形状にプレスした複数の素材の板を何枚も重ねて貼り合わせる。
それぞれの板に術式を記述することで構造だけでなく他の効果も強化されるようにして……
「完成だ」
「はやっ」
「前々から少しずつ作っていたからな。仕上げの術式を刻み込んで組み上げるだけみたいな状態だったし」
「なぁーんだ」
でなきゃ、こんな短時間で仕上がるもんじゃない。
もっと単純なものならそうでもないけどさ。
空気が弛緩しかかったところで──
「ヤバいですニャーッ!」
ミケが霊体から実体に戻りながら飛び込んできた。
「シャレになんないですニャン! 反則ですニャン! 冗談キツいですニャーン!!」
一気にまくし立ててくるが報告になっていない。
「どどどどうしたのっ?」
雰囲気に当てられて真利まで慌てふためいている。
「落ち着け、バカポンタン」
真利の額にチョップを入れ。
「あうっ」
そしてミケの首根っこをつかんで持ち上げる。
だら~んとぶら下がる格好になったところでニャーニャーと騒ぐのをやめた。
そのまま手を離すとシュタッと着地してかしこまる。
「大変失礼しましたニャー」
ショボーンと落ち込んでいるが、それどころではないはずだ。
「そんなのはどうでもいい。報告しろ」
「はっ!」
ビシッと直立し敬礼してからミケは報告を始めた。
「隠れ里から超デカいのが外に出ようとしてますニャン!」
ミケが泡を食ったくらいだから大型の魔物などよりもずっと大きいのだろう。
「ちょっとした島くらいありますニャー!」
島といえどもピンキリだ。
が、その慌てぶりから察するにキリの方でないのはわかる。
「具体的に言え」
「全身真っ黒な亀ですニャ!」
「そういうことを聞いているんじゃない。サイズだ、サ・イ・ズ!」
「あの空き地からはみ出すくらいの大きさですニャー」
「おい、シャレにならんぞ」
隠れ里の出入り口があった空き地は学校の運動場くらいの広さはあったはずだ。
ミケが超デカいと言うだけのことはある。
「それでも我々が戦わなければならないだろう」
少し前に到着していた英花が覚悟を決めろとばかりに言ってきた。
いや、俺だってそのつもりだよ。
「外に出てきたらな」
「だよね。このあたりは誰も住んでないけど、よそに行ったら被害がとんでもないことになっちゃうよ」
真利はフンスフンスと鼻息を荒くしている。
「今回は私も戦わねばならないようですね」
リアもやる気になっていたので大盾を渡す。
「なるほど。これで自衛しつつ魔法で援護すればよろしいのですね」
説明するまでもなく己の役割を理解してくれるのはありがたいね。
ズン!
突如、下から大きく突き上げるような揺れに襲われた。
「隠れ里が内側から破られたようです」
リアが冷静に報告してきた。
「行くぞ!」
英花が先陣を切って屋敷から飛び出していく。
俺たちもすぐに後を追ったが、外に出るなり見慣れない黒い山が目に入ってきた。
シャレにならんぞ。
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