133 想定外の異変
炊き出しは好評のうちに終わった。
皆が食事を終えた後にも俺たちの前に行列ができたのには参ったけどね。
彼らが並んだ理由は消滅寸前の隠れ里からの脱出と病を治したことに礼を言うためだった。
病み上がりの人間がそこまでするかと苦言を呈したいところだったけど、それを言うとネモリーのような暴走をする者も出かねないと思って自重したよ。
礼を言えば素直に引き下がってくれると思ったからね。
言われる側としては複雑な心境だったけどさ。
脱出についてはともかく、ごちそうを用意した訳でもないただの配給で感謝されるなど居心地が悪いったら。
英花や真利も俺と同じ心境らしく微妙に引きつった笑顔で応対していた。
何処かの忍者猫は満面の笑みで応じていたけどね。
そうして全員から礼を言われた後は炊き出しが終わった直後よりもズシッとのしかかってくる疲労感に襲われましたよ?
これでもし次元収納がない状態で片付けをしなきゃならなかったら途方に暮れていたかもしれない。
次元収納様々である。
このまま終われば良かったんだけどね。
好事魔多しとは、よく言ったもので、それは予期せぬタイミングで発生した。
グラグラと激しく地面が揺れる。
「なっ、なんだ!?」
「うそっ!? なにっ? なんなのっ?」
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「揺れてるっ、揺れてるよぉっ!!」
「助けてえっ!」
隠れ里の面々は慌てふためいてパニック状態になっていた。
揺れていなければ、きっと右往左往していたことだろう。
動けないならそれでいい。
広場にいることで家の倒壊に巻き込まれるなんてことはないからね。
結局、倒壊はしなかったけど。
「地震かぁ。大きかったな」
「ああ、少なくとも震度4以上はあっただろう」
「えーっ、5弱くらいじゃない?」
俺たちの感想としては、こんな感じ。
隠れ里の面々からすると地面の揺れが止まってからも冷静な会話ができるのは信じられないことらしい。
そうしたいと望んだ訳でもないのに全員の注目を集めてしまった。
そのせいで皆から礼を言われた時と同じくらい居心地の悪さを感じてしまう。
「お主ら、ずいぶんと冷静じゃな」
青い顔をさせたジェイドがどうにかこうにかといった様子で聞いてきた。
「地震はそちらの世界では珍しいことだったんだな」
「地震? この凄まじい揺れをそう呼ぶのか」
という反応からすると珍しいどころか経験したこともないようだ。
「ワシも生まれて初めてだ」
ジェイドがそう言うくらいだから、隠れ里の面々の大半は経験がないことになる。
「凄まじいとジェイドは言うが、家は倒れなかっただろう」
「まさか……、もっと大きな揺れもあると言うのか?」
恐る恐るといった感じで問うてくるジェイド。
「そういうのは、この国でも百年に一度あるかないかだと思うけど」
「住んでいる地域によっては一度も経験せずに寿命を迎える者もいる」
英花が補足してくれた。
「今のくらいだと、しょっちゅうあると?」
「そうそうないよ。でも同じ場所で続くことはある」
「なっ……」
「自然現象だから、そういうものだと割り切るしかないぞ。嵐とて過ぎ去るまで耐え忍ぶしかないだろう?」
絶句したジェイドに英花がアドバイスを送っている。
「これが自然現象だと言うのか?」
信じられないを顔面全体に貼り付けて疑問を口にするジェイド。
「そうだ。どういう原理か説明するとなると長くなるから省略するがダンジョンの呪いとは関係ないから安心しろ」
そう言われて、はいそうですかと落ち着けるなら苦労はしない。
案の定、ジェイドを初めとする隠れ里の民は表情を硬くさせたままだ。
「ねえ、涼ちゃん」
「ん? どうした、真利」
英花とジェイドのやり取りが続く中で真利が俺にだけ聞こえる声量で話しかけてきた。
「変じゃない?」
「何が?」
「ダンジョンって外界と区切られてるんだよね」
「まあ、そうだな。地続きのように見えて境界面で断絶されて……」
自分でそこまで言ってようやく真利の言いたいことに気付かされた。
「そうだ。ダンジョンは外とはつながっていない」
それはフィールドダンジョンでも同じことだ。
外界で雨が降っていても一度フィールドダンジョンに入れば一滴も雨粒が落ちてくることはない。
つまり、外で起きた地震の影響も本来あるはずがないということだ。
ダンジョン内で地震が起きるとすれば、その原因は外界ではなく内側にあることになる。
けれども今まではダンジョン内で地震が起きたことなど一度もなかった。
それでも地震に慣れた日本人の感覚でスルーしてしまったのは失態だ。
気がゆるんでいるにも程がある。
「リア、ダンジョン内に異変はないか」
「ここにはありません。あるのは隠れ里の方かと」
そうだった。
隠れ里もダンジョンも亜空間の一種で隣り合わせでつながっているんだった。
「ということは他のダンジョンでも今の揺れがあったと?」
「把握できている限りではないですね。ここだけです」
予想が外れてしまった。
「どういうことだ?」
「さあ、そこまでは分かりかねます」
発生源は関知できたが原因までは不明と。
「もしかして隠れ里の人たちが、こっちに来たからかなー」
真利の言葉は勘によるものなのか自信なさげに聞こえた。
が、それ以外に思いつくものがないのも事実である。
「だとすれば消滅時の反動とかありそうだけど」
そう言ってリアの方を見たけど頭を振られてしまった。
「接触を感じます」
それはつまり隠れ里がまだ消滅していないということだ。
「行かなきゃ原因はわからないか」
「いえ、行くべきではありません」
「何か問題があるのか?」
「何か良くないものが生じようとしているようです」
「あー、いま行くとそれと鉢合わせする恐れがあるのか」
リアが良くないものと言う何かが生じるであろう場所にわざわざ行く必要はないよな。
「いえ。遭遇し戦闘になることで脱出が遅れ隠れ里の消滅に巻き込まれる恐れがあります」
「そっちかぁ。ちなみに消滅に巻き込まれたら帰ってこられないよな」
「それ以前に存在を保つことができません」
要するに道連れで消滅してしまう訳か。
これは君子危うきに近寄らず、だな。
どのみち良くないものとやらも隠れ里の消滅に巻き込まれてしまうだろうし。
「じゃあ、後片付けして解散するか」
「うん。眠くて仕方ないよー」
空腹の方は俺たちも炊き出しで作った煮麺を食べたから問題ないんだけどね。
「けど、地震の方はまだあるかもしれないぞ」
「あー、そうだねー」
とはいえ、俺たちにできるのは監視と心配だけだ。
地震を止めることは現実でもできないようにダンジョン内のそれもまた止めることはできない。
魔法を使えば可能かもしれないが、消費する魔力は膨大どころの話ではない。
おそらく異世界から戻ってくる直前のレベルでもできるかどうかといったところだろう。
できたとしてもやらないけどね。
そんなことをするくらいなら隠れ里の面々をフォローする方がよほど楽だ。
「監視ならば私がやっておきます。皆様はしばしお休みください」
それがいい。
いつ発生するかわからない地震を待って起きているより今のうちに休むべきだろう。
英花はジェイドと話し込んでいるが、これも待っているといつになるやら。
「英花にも適当なタイミングで切り上げさせてくれ」
「かしこまりました」
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