132 炊き出しするよ
「すまんな。ネモリーは悪い奴ではないんじゃが、どうにも融通が利かんのだ」
杓子定規な風紀委員タイプってところかな。
「そんなのは気にしてないが、そっちは大丈夫なのか」
気を失っているネモリーの方を見ながら問うと苦笑された。
「慣れておるから問題ない。此奴の暴走は今に始まったことではないからの」
「そりゃ御愁傷様だ」
別に誰かが死んだ訳ではないので通じるかと思ったがジェイドは苦笑の色を濃くしただけだ。
通じたようで何よりだ。
「ところで食事を配ろうと思うんだが」
「すまんな。正直、助かる」
「広場に人を集められるか。動けない者には持っていくが」
「大丈夫だ。無理をせねばならんような者はおらぬよ。貴重なポーションまで使ってくれたではないか」
「貴重というほどじゃないさ。材料も簡単に集められるし作るのも手間じゃない」
「作る方はそうかもしれんが材料を集めるのは容易ではあるまい」
「普通ならね。ここはうちで管理しているダンジョンだから薬草もコントロールできるんだよ」
「なんと!?」
「言っただろ。食材も素材も提供するって」
「そういうことじゃったか」
驚きの余韻を残しつつも納得はしているようだ。
「いや、そうだとしてもじゃ。ワシらは助けられたし世話にもなる。感謝しかない」
そう言ってジェイドは深々と頭を下げた。
「いいんだよ。それより今は広場に人を集めてくれればそれでいい」
「うむ、急がせよう」
「そこは病み上がりだからゆっくりでいい。俺たちも準備する時間がある」
「では、手伝いの者を寄越そう」
「だから病み上がりにそんなことをさせるなよ」
「しかしのう……」
「ちゃんと回復するまでは無理をしないのが仕事だと思ってくれ」
そう言うと、どうにか納得してくれた。
何処かの融通が利かないエルフとは違うようで助かるよ。
「それと今から用意する食事は健康な者なら物足りなく感じると思うから過度な期待はしないでくれ」
「何を言う。世話になるワシらが文句を言うなど恩知らずにも程がある」
文句を言うとは言ってないんですがね。
それに、この調子だと文句を言われるのとは逆の意味で心配になってくる。
やたら重く受け止められたりしないかな。
それはそれで文句を言われること以上に面白くない。
「病人用の食事だから消化の良い薄味のものだと言ってくれれば、それでいい」
「うむ、心得た」
ジェイドはそう言うが、どうにも不安をかき立てられる。
「頼むぞ」
「わかっておる」
本当に大丈夫かな……
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
ジェイドと再び別行動となった俺たちは広場まで戻ってきた。
「涼成、今更だがどうする?」
不意に深刻そうな面持ちとなった英花が問うてきたが、何のことやらサッパリで見当もつかない。
「どうするって何が?」
「炊き出しをするための道具も食器もないぞ。お前の祖父の家にあるものでは人数分を賄うのは無理だろう」
「なんだ、そんなことか」
英花の懸念していたことは杞憂である。
俺は次元収納から適当な素材を出して錬成を始めることで答えとした。
まずは作業台からだ。
「あっ」
英花も取り越し苦労であることに気付いたようで表情が柔らかくなっていく。
大阪遠征時から錬成は休んでいたのもあって忘れていたみたいだな。
「手伝おう」
「私もー」
「じゃあ、食器を頼む」
「心得た」
「りょうか~い」
手伝いを買って出てくれた両名の作業量がハンパないことになりそうだけど、俺の方も暇になる訳ではない。
人数分のテーブルと椅子を用意しなければならないからね。
素材については足りそうだけど、時間はかかるので隠れ里の面々が集まるまでに調理も始めなければならない。
てんてこ舞いになりそうな予感がする。
「テーブルはニャーにお任せニャン」
「では、私が椅子を担当します。涼成様は調理に取り掛かってください」
時間がないことを察したミケとリアが交代を買って出てくれた。
錬成スキル持ちがいて、ホント助かるよ。
ただ、錬成に縁がない紬が所在なげというかションボリしているので気を遣うところではあるのだけど。
「紬は調理補助な」
「はい」
短く静かな返事ではあったが自分にもできることがあると知って嬉しそうだ。
そうして作業に入る。
まずは、かまどを複数錬成して鍋を並べていく。
「紬、水を頼む。鍋の8分目くらいでな」
俺の指示を受けた紬が魔法で鍋にたっぷりの水を張っていく。
こんなのは時間がかからず終わるので紬はすぐに指示待ちの体勢になった。
燃料となる薪をかまどに投入して次の指示を出す。
「次は、かまどに火を」
一斉点火で水の時よりも時短で完了。
「後は沸騰するまで待機だ」
その間にそうめんとだし汁の準備だ。
そうめんの方は錬成スキルの裏技を使う。
前に購入したそうめんと小麦粉などの材料を用意しコピーするだけなんだけどね。
ただし、複製は錬成を何度も使いこなしてかなり熟達していないとできないので誰にでもできるものではない。
ある程度量を用意できたらだし汁の方に取り掛かる。
こちらもそうめんと似たようなものだ。
市販の粉末うどんスープを複製していく。
足りない素材は魔力でゴリ押しである。
そうめんほどの量にはならないので大した負担ではない。
完成したらお湯に投入するだけなので後は楽ができるのが粉末スープのいいところ。
煮麺なのにうどんスープはどうなのかと言われそうだが、その辺はなんちゃってだと思うことにしてスルーだ。
湯が沸騰したらそうめんを投入し、優しくほぐして再沸騰を待つ。
湯がくお湯が少ないと粘り気が出て喉越しが悪くなるので水はケチってはいけない。
泡が出始めたら鍋を火から離してフタをして数分ほど置いておくのがコツだ。
それが終わったら取り出して氷水でしめて水でぬめりを取る。
水切りをして完成だ。
使用済みの湯や水は水に溶け込んだものを魔法で分離して再利用する。
抽出された不純物はゴミの処分でも使用する分解の魔法で消去する。
こういうとき魔法はホント便利だよな。
沸かした湯の方は粉末スープとともに寸胴鍋に投入。
ひとまずはこれで数十人分の量が確保できた。
後は鍋に水を張り直して同じことの繰り返しをするだけ。
とはいえ人が集まり始めているから時間との勝負になる。
テーブルと椅子の準備を終わらせた英花と真利が配膳を始めた。
思った以上に忙しくて休んでいる暇などないのだけど……
「美味しい」
「温まるね」
「生き返るようだ」
こういう声があちこちから上がってくるので疲れなど感じない。
何処からも不満の声が聞こえてこないというのは気分のいいものだ。
まあ、ジェイドが事前に言い含めてくれているからこそだとは思うけど。
「初めて食べるが薄味なのに深みがある。これは汁の方に味がついているのか。そして麺の細さが芸術的だ。これが喉越しを良くして食べやすくなっているのだな」
中にはグルメレポーターかと言いたくなるような感想を並べ立てる者までいる。
思わず苦笑が漏れるが手は止めない。
千人分の炊き出しは簡単には終わってくれないからね。
なんにせよ、いくつもの笑顔が見られたのは収穫と言えるだろう。
読んでくれてありがとう。
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