13 助っ人、呼びます
その後、俺たちは南進することを中止して引き返した。
「ゴーレムが無ければどうなっていたことか」
英花が溜め息まじりに言った。
その言葉ほど動揺しているようには見えないが何かしら酷い目にあったかもしれないと想像したようだ。
「瘴気溜まりには気付いただろうし結果は変わらないと思うけどな」
「無機物と人間が近づくのでは反応が違ったかもしれないだろう」
「だからマーキングは休憩場所にこだわったのか」
俺は偵察ゴーレムを回収しに行こうと提案したのだけど英花が反対してゴーレムが手元に戻ってくるのを待つことになったのだ。
「君子危うきに近寄らず。迂闊な真似はしないに限る」
慎重すぎる気がしないでもなかったが、よくよく考えれば魔王の呪いを受けた英花がリスクを回避したがるのは仕方ない。
おれだって同じ経験をしていれば同様の判断をすると思う。
「でも偵察は必須だよな」
「我々がじかに近づかなければ向こうを刺激することもなかろう」
「何とも言えないところだな」
ゴーレムは魔石の魔力を利用することで動作するから察知されないという保証はない。
たとえ隠密性の高い仕様に変更したとしてもだ。
マニュアル操作の場合は思念波でつながっているから、そこから気取られる恐れもある。
自立行動させて偵察するのも人間のように複雑な判断はできないからリスクはさほど変わらない。
そもそも何かを発見した時点でこちらに信号を送ってくるからアウトになりそうだ。
これらのことを英花に説明した。
「適当な場所で動画撮影させて引き返させるのもダメかな」
「それで肝心な情報が得られるか?」
「収穫がなければ少し接近してを繰り返せば……」
最終的にはゴーレムの廃棄を前提にした策だな。
確かに俺たちとのつながりが発覚する恐れは少ないかもしれない。
ダンジョンコアにしても瘴気溜まりにしても本能的な反応はすれど知性的なロジックで動くことはないからね。
ただし魔王やその側近のような存在がボスとして常駐しているなら話は別だ。
魔王は呪われていた英花を浄化して存在が消えたし、側近どもも魔王がいなくなれば消滅しているはずだけどね。
それに準ずる何者かがいるというのはさすがに考えすぎか。
「それよりも良い方法がある」
「良い方法だって?」
ドヤ顔をしたつもりはなかったけれど英花は俺のことを大丈夫かと言いたげな目で見てきた。
「隠密性だけでなく危機察知力や判断力などが高い斥候を使う」
「そんな高度なゴーレムが作れるのか?」
訝しげな目を向けながら英花が聞いてくるが作れるはずもない。
高度な人工知能を搭載させようとするも同然だからね。
「作るんじゃなくて呼ぶんだよ、助っ人をね」
俺の回答に英花が目を丸くさせることしばし。
「召喚魔法を使うのか」
「正解」
「だが、今の我々のレベルでは大したものは呼べないぞ」
「二人がかりでもか」
一瞬、呆気にとられた様子を見せた英花だったが。
「儀式魔法……。だが、それでも厳しいぞ」
「別に一晩で終わらせようと思わないさ」
「中断による効果の蓄積か」
「そうそう。できれば供物も用意したいところだけど相手がグルメだと現状は厳しいんだよな」
その場合、間違ってもゾンビの魔石は使わない方がいいだろう。
たとえ融合させて品質を上げたとしても、たかが知れている。
それ以前にゾンビの魔石だった事実は変わらないのだ。
しかも他の魔石を手に入れる目途は立っていない。
レベルアップして拡張される次元収納の中身もレベルが低いうちは価値の低い魔石しかないはず。
「それを解決できても向こうが従ってくれなければ意味がないぞ」
英花の言うように召喚が成功すればそれで万々歳とはいかない。
俺たちより強いのが召喚されてしまうと契約を拒否されることは充分に考えられる。
「脳筋を呼ぶつもりはないから、いきなりそっぽを向かれることはないと思うけど」
どうなるかは神のみぞ知るといったところだ。
「それでも少しはレベルを上げてからにした方がいいだろうな」
「賛成してくれるのか」
「現状で高度なゴーレムは製作不可能なんだろう?」
「ああ」
「だったら少しでも目のある方を選択しないとな」
という訳で俺の提案は受け入れられた。
次の日から戦う頻度を増やして北進する日々が始まると思ったのだが、早々に思惑が外れる。
北へ進めば進むほどゾンビが姿を現さなくなっていったからだ。
にもかかわらず他の魔物が出てくる気配もない。
「ゾンビを完全に見なくなってもう2日か」
英花はそんな風に言うが遠征先でという言葉が抜けているので正確ではない。
帰ってきてからセーフエリアの周辺でゾンビ狩りをしているからね。
実はあれから大きめのポップポイントをいくつか発見したのだ。
連日、北進するのを早めに切り上げて稼がせてもらっている。
おかげで昨日レベル8になることができた。
「そろそろ召喚の儀式を始めるか?」
レベルアップはどんどんしづらくなってきているからね。
俺としては頃合いだと思うのだが。
「それが良いかもしれないな」
英花も賛同してくれたので、その日の晩から召喚の儀式を始めることになった。
当初の想定通り1日で終わるものではない。
故に2日目以降も北進とゾンビ狩りの同時進行である。
少しばかり探索を切り上げるタイミングを早めたりはしているが、そんなに時間を取れないのがもどかしいところだ。
儀式の方も魔道具の製作と違って進行具合が判然としないので焦りを感じさせる。
何かしら手応えのようなものがあればいいのだが、そういうのは召喚直前でないとわからない。
「今日はここまでにしよう」
爺ちゃんの家の庭で行っていた召喚の儀式を制御して待機状態にする。
これで再開するまで俺たちの魔力を注ぎ込んだ今の状態が維持される訳だ。
「そうだな。焦りは禁物だ」
そんな風に返事をする英花も俺と同じようにもどかしさを感じているようだ。
儀式で召喚なんて初めてのことだからなぁ。
異世界にいた頃は遠方への転移のために儀式魔法に加わったことがあるけれど。
そういや、あの時も手応えはなかったっけ。
送ってもらう俺たちが魔力を消耗する訳にはいかず補助的な立場だったから、そんなものかと勝手に思っていたけれど。
とにかく辛抱強く日々のルーティンをこなしていく。
次の日も次の日も、そのまた次の日も。
このフィールドダンジョンからは楽には脱出できないとわかった時点で覚悟はできているさ。
ダンジョンコアは何人も寄せ付けず逃さずを徹底しているようだから腹を据えてかからないと心が折れることは目に見えている。
ただ、同じことの繰り返しはそうとわかっていても心が疲弊していくから厄介だ。
「英花は大丈夫か?」
「そっちこそ」
互いに気遣いながら我慢強くルーティンを日々繰り返していると、いつの間にかレベル10になっていた。
「いくら勇者スキルの恩恵があるといっても早いよな」
レベルが上がるほど同じ魔物では上げにくくなるものなんだけど。
「機械的に無心でやっていたのが良かったんじゃないか」
「そうかも」
確かにゾンビのカウントなんかしてたら気が滅入っていただろう。
異世界から帰還して何日たったのかもわからなくなっているくらいだし。
儀式を始めてからでも結構な日数になっている。
少しずつ召喚魔法陣に充填した魔力もかなりプールされていることからも、それは明白な事実だ。
「明日あたり召喚の仕上げといくか」
「わかった。楽しみにしておこう」
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