115 遠征ふたたび・捜索も楽じゃないそうです
「シャレになんねえな」
ゼイゼイと息を荒げている氷室准尉。
「ですね」
同じように息を乱しながら、どうにかこうにかといった感じで相づちを打つ大川曹長。
「だから言ったろう。本当に2人だけで大丈夫なのかって」
遠藤大尉が2人に呆れた視線を向けていた。
それもそのはず。
5層に下りた直後に現れた1体のワーウルフを相手に氷室准尉が自分だけで対応すると言い出したのが発端だ。
さすがに大川曹長がフォローに入ったが、これ以上の援護は不要と断ってきたせいで現在の状況にいたる。
勝つには勝ったが2対1だったにもかかわらず散々振り回されていた。
「何にせよ大きな怪我がなくて良かったですよ」
「ワーウルフがあんなに素早く動けるなんて知らなかったぜ」
「油断していました」
ボヤく氷室准尉に反省の弁を述べる大川曹長。
氷室准尉は自分だけでできると豪語していた上に図らずもフラグを回収する結果になったのだから自業自得だろう。
大川曹長はとんだとばっちりである。
「引き返した方が良くないですか」
「難しいな」
遠藤大尉が表情を渋らせていた。
「少年の捜索が任務でなければ、とっくに撤退しているんだがな」
そう言われてしまうと簡単には引き返せない。
たとえ少年がすでに死んでしまっていることを知っているのだとしてもね。
「被害が出てからじゃ遅いと思うんですが」
「それな。少年のことも無視できないし悩ましいところだ」
「悩むんなら4層に上がってからにした方がいいですよ。5層で捜索すると決めても下りてくればいいだけのことなんですし」
「そうですね。張井さんの言うとおりだと思います」
「俺も同意見だ。偉そうにワーウルフと戦えるとか言ったけどヤバいわ、アレ」
俺の言葉に大川曹長や氷室准尉が同意したことで悩ましげな表情を浮かべていた遠藤大尉が真顔になった。
「わかった。戻ろう」
こうして4層に戻ってきたのだけど、嫌なお客さんが待っていた。
「ミノタウロスが6体かよ」
今日のダンジョンの具合で6体もミノタウロスが集まるとはね。
たまたま集まったのだろうけど実に運が悪い。
「油断なりませんね」
険しい表情を見せる大川曹長だが、その言葉は認識が甘すぎやしませんかね。
俺たちもいるけど連携はまだ一度も取っていない。
そうする必要もなくここまで来てしまったのが裏目に出た格好だ。
下手をすると誰かが怪我をする恐れも出てきた。
「大川曹長、魔法で攻撃しろ」
そんな中で遠藤大尉が意外な指示を出した。
今まで魔法のまの字も出てこなかったことから考えても秘匿すべきことだったはずだ。
にもかかわらず即断即決とは大胆としか言い様がない。
「大尉!?」
現に大川曹長が驚きをあらわにしている。
「命令だ。やれ」
しかしながら遠藤大尉はブレることなく冷静に指示を押し通す。
この状況における迷いが致命的な結果を招きかねないと感じているからだろう。
「はい」
遠藤大尉が考えを曲げなかったことで大川曹長も腹をくくったようで素直に魔法を使う準備に入った。
両掌を前面にかざして目を閉じる。
ああすることで集中を高めるようだ。
まだ彼我の距離があるとはいえ度胸が必要な集中の仕方だな。
まだまだ魔法に慣れていないのは明らかだ。
それをカバーするためだろう。
氷室准尉と遠藤大尉が前に出て大川曹長が後衛に回る格好になった。
それはいいんだが俺たちの存在が完全に無視されているな。
真利がどうしようかという目を向けてきたが俺は頭を振った。
無理に介入するのは彼らの連携を阻害しかねない。
ここは様子見がモアベターだ。
そうこうするうちにミノタウロスの一団がダッシュを始めた。
一気に距離を詰め、あわよくば前衛の2人を弾き飛ばそうという魂胆か。
だがしかし……
「行きます!」
カッと両目を見開いた大川曹長が合図を出すと遠藤大尉と氷室准尉が飛び退って曹長の両脇へ下がった。
その直後、大川曹長の両掌から巨大な火球が出現し前方へと飛んでいく。
人が走るよりは速いくらいのスピードだが、もう少しで近接武器の間合いに入ろうかという間近にまで迫ったミノタウロスどもに回避する術はない。
奴らは通路の過半以上をふさぐように飛んで来る火球に慌てた様子を見せ急減速した。
しかしながら、横に避けようにも半身はまともに火球の炎に飲み込まれるだろう。
図体がデカいのが災いしたな。
当然、火球は先頭にいたミノタウロスに直撃する。
その直後に炎が大きく広がり後列にいるミノタウロスさえも飲み込んだ。
あれなら、かすっただけでも大ダメージはまぬがれないか。
いや、致命傷には程遠いようだ。
大きさと直撃後の広がりを優先させたのか炎がそこまで強くない。
とはいえ見た目のインパクトでミノタウロスの突進をやめさせることはできた。
強力な攻撃をひとつ潰せたと考えれば遠藤大尉たちにとっては御の字なのだと思う。
そのまま近接戦闘に持ち込んだ。
火傷の酷い部分を狙っている。
相手の方が数が多いものの動きが鈍いことを利用して回り込まれないよう立ち位置を巧みに変えていく。
攻撃では主に脚を狙って動きをさらに鈍らせることもしていた。
危なげないと言えるだろう。
そうして3人の息が合っているからこその連係プレーで、まず1体を仕留めた。
ただし、集中攻撃していた訳ではない。
その証拠に2体目が間を置かずに崩れ落ちる。
その後も同様の結果が続き6体すべてを倒しきるまで思ったより時間はかからなかった。
「ミノタウロスが6体ってのはキツいな」
ハアハアと息を乱している遠藤大尉ほか2名。
「魔法を使う判断は間違っていませんでしたね」
「ですが……」
大川曹長が俺たちの方を見た。
「他言はしませんよ。切り札なんでしょ」
でなきゃ遠藤大尉が命令した直後に過剰な反応はすまい。
「それよりも安易に真似をする冒険者が出てしまうかもしれないことの方が問題です」
「そうですか? Dunチューバーが魔法で魔物を倒すところをすでにアップしてますよ」
「知っています。事故が多発していることも」
確かに大川曹長の大技は真似をしようとする者が大勢出てきそうだ。
大型化に延焼増大と難易度は高めなので失敗する者が続出するだろう。
そう考えると魔法が使えるか否かは公表しても具体的な話はすべきではないとなるか。
たとえ制御に成功しても魔力が足りないだろうから成功するはずもないんだけどね。
「そのあたりは自己責任ですよ。免許持ちなんだから」
大川曹長は表情を渋らせて何か言おうとしたが。
「やめとけ、大川。張井の言う通りだ」
氷室准尉が止めた。
「それよか、この状況は昨日の二の舞になりそうなんだが」
さらに言葉を続けて遠藤大尉の方を見る。
「まだ捜索を続けますか、大尉殿」
氷室准尉は無理だと思っているようだ。
「厳しいことを言うようですが、どんなに強くても少年が1人で3日もダンジョンに留まるのは現実的ではありませんよ」
不可能という言葉を使わないあたりに気遣いを感じるな。
もし、使っていたなら反射的に捜索続行を言い渡していたかもね。
「捜索は中止する」
ついに遠藤大尉は決断した。
4層に戻ってくるなり想定外の遭遇戦となったし、以後も何が起きるかわからないからなぁ。
読んでくれてありがとう。
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