108 遠征ふたたび・バレたかも
俺たちがレイスについて念話で話をしている間も遠藤大尉たちは4層の探索を続けていた。
ミノタウロスとは何とか戦えているといったところだ。
単体なら危なげなく倒せるのだけど数が増えると余裕がない。
しかも疲労が蓄積していくため休憩を挟んでも徐々に消耗していくのがありありとわかる。
休憩なんてセーフエリアでもなければ通路で周囲を警戒しつつ立ち止まるだけだから、まともにできるものではない。
消耗していくのも当然というものだ。
「そろそろ限界だな」
何度目かの休憩で英花が言った。
本当であれば、とっくに引き返しておくべき状況だったのだ。
それを指摘しても遠藤大尉は認めなかっただろうけど。
「涼成、真利、行こう。これ以上、捜索を続けさせるのは危険だ」
「わかった」
「うん」
俺たちとしても反対する道理はない。
故に立ったまま肩で息をしている遠藤大尉たちの元へと向かった。
最初に気付いたのは、もちろん遠藤大尉である。
気配感知のスキルを持っているからね。
「どうした、何か異常か?」
疲れをにじませていた顔も俺たちに気付くと一瞬で引き締まっていた。
「大尉たちがね」
限界だと判断したのは英花だが声をかけたのは俺だ。
嫌っている相手に話しかけるのはストレスだし。
「俺たちが?」
怪訝な表情でこちらを見返してくる。
「まともに周囲の警戒ができてないですよ」
「いや、魔物はいないだろう」
何を言ってるんだか。
自分の状態を把握できないくらいに疲れていることに気付けないとはね。
まあ、指摘したところで受け入れはしないだろう。
だからといって見過ごせばチームの全滅もあり得る。
「大尉じゃないですよ」
氷室准尉たちの方を見る。
さすがにベテランだけあって氷室准尉はどうにか取り繕っていたが表情までは誤魔化しきれない。
大川曹長も頑張ってはいるが憔悴をにじませているのは誰の目にも明らかだ。
そして堂島氏は完全にうつむいてしまっている。
これでは周囲の警戒などままならない。
ここまで引っ張ったのは良くなかったかもな。
もっと早い段階で声をかけていればと今更ながらに悔やまれる状況だ。
「これでもまだ捜索を続けますか」
「いや、撤退する」
意地でも少年を捜し出そうと躍起になっていた遠藤大尉も彼らの姿を見れば無理はできないと判断できたようだ。
自分のことには鈍感でも仲間のこととなると話は別。
もっとも周辺警戒に気を取られすぎてパーティ内の状態にまで目が行き届いていなかったので敏感だとは到底言えないのだけど。
「そのまま休んでいてください。警戒と敵の排除は俺たちに任せてもらいますよ」
やや語調を強めて言ってみた。
「いいのか?」
「何のために俺たちをここまで連れて来たんです? 引き返させるなら4層に入る前に指示すべきだったでしょうが」
これでグダグダ言うようなら殴って昏倒させてでも黙らせようと思ったのだが。
「そうだったな。すまない。任せる」
それから警戒すること数分。
軍人である3人はそれなりに回復してきた。
やはり鍛え方が違うね。
一方で堂島氏はようやく困憊した状態から抜け出せたかどうか。
張り詰めていた気が完全に切れてしまったせいだろう。
基本が違うとレベルが上がっても差が出ることは知っていたけど、目の前でその差を見ることができる日が来るとは思わなかったよ。
なんにせよ今の状態では移動させる訳にはいかない。
撤退中に魔物と遭遇したら堂島氏が足を引っ張るのは確実である。
せめて走って逃げてもすぐに息切れしない程度には回復してもらわないとね。
でもって、そういう時に限って嫌なお客さんが来るのだ。
「涼ちゃん、先制していい?」
「いいぞ」
遠距離攻撃することでドロップアイテムを回収できないとしても今更ミノタウロスの素材など惜しいとは思わない。
それよりも優先順位を間違える方が良くない。
今は遠藤大尉たちを守る方が優先度が高いからね。
「わかったー」
真利が薄い箱に据え付けられたグリップを握り構えた。
それらしく見えないが新たに用意した真利専用のコンパウンドボウで、その名もコンパクトボウ。
ネーミングはダサいがコンパウンドボウ改と基本性能を同じにしたままサイズを小さくした狭いダンジョンで使っても邪魔にならない逸品である。
ギミックが多い分メンテナンス性が落ちているので魔道具化して魔力を流せば形状や状態が戻るようにした。
真利がもうひとつのグリップを引くと箱の中から平行に配置された細長い板が引き出されてくる。
これはレールの役割を果たすもので、その間には爪状の部品により鉄球が固定されていた。
鉄球の後ろにはもちろんストリングがかかっており、スライドしたグリップのトリガーを引けば鉄球がレールの上を走り箱の中を通過して飛んでいく。
命中したかどうかを確認することなく真利はグリップを押し込む。
レールが箱の中に戻れば鉄球は自動で装填される。
再度スライドグリップを引き鉄球を放つ。
それを4回繰り返した。
「終わったよー」
「は?」
意味がわからないという顔で声を上げたのは大川曹長だった。
はた目には弓かパチンコの出来損ないのような武器を使っただけのようにしか見えないのだろう。
この調子では威力も大したことないと思われているに違いない。
「ああ見えてかなり引きが重いコンパウンドボウなんですよね、アレ」
俺の説明に信じられない思いを顔全体に張り付かせたままの大川曹長。
「だとしても、たった4回の攻撃でミノタウロスを撃破できるものなのですか」
「大抵の獣型魔物は眉間が急所ですよ」
「え?」
「ミノタウロスも例外じゃなかったようですね」
「ちょ、ちょっと待ってください。たった4発でミノタウロスの眉間を射貫いたと言うのですか!?」
「えーっ、1体につき1発ですよー」
真利が口を挟んできた。
下手だと思われたくなかったのだろうが、これは余計な一言である。
誤解してくれた方が実力を伏せるという意味においては好都合なのだから。
だが、言ってしまったものはしょうがない。
ある程度の実力はバレたと諦めるしかないだろう。
現に大川曹長は絶句してしまっている。
「ハハハ、君らも大阪ではかなり修羅場をくぐってきたようだな」
遠藤大尉には笑われてしまいましたよ。
「ミノタウロスが4頭なんて俺たちが身を削る思いでどうにかって相手なのに、どうなってんだよ」
氷室准尉は愚痴っていたけどね。
堂島氏は無言だけど気にしている余裕がないからだろう。
「いったん移動した方がいいだろうな」
不意に英花が提案してきた。
この場で戦闘が2回も行われたとなれば魔物も集まってくる恐れはあるか。
「そうだな。少しでも階段の方へ移動しよう」
歩くだけなら堂島氏も大丈夫だろう。
「大丈夫か、洋一」
遠藤大尉が声をかけると堂島氏がうなずいた。
「大丈夫。行けまっせ」
呼吸も整ってはいるので移動だけなら問題ないだろう。
俺たちは一塊となって道を引き返し始めた。
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