106 遠征ふたたび・4層への道中にて
『手慣れた連係動作だね』
オークとの戦闘が始まった直後に真利が念話で話しかけてきた。
今回はいつもの音声結界が使えないので会話は自然と念話中心になる。
『あれくらいできないと4層に行ってもすぐに撤退することになるぞ』
『でも銃が使えるんだよね』
『あんなのは万が一の保険みたいなものだ』
『そうなの?』
『考えてもみろ。銃など弾数が限られているだろう』
『あっ、そっか。捜索相手を発見する前から使っていたら、いざという時に弾切れになってもおかしくないよね』
『そういうことだ』
そんな会話をしている間に遠藤大尉たちがオークを仕留め終わった。
ドロップアイテムが出現するが魔石だけを拾って他はスルーで先に進むようだ。
『涼ちゃん、どうする?』
『いらないだろ』
品質がイマイチな武器はこの状況でわざわざ回収するほどのものではない。
高品質な豚肉もあったけど、こちらは在庫に余裕がありすぎるほどあるので言わずもがな。
そんな訳で俺たちもスルーして先へ進んでいく。
武器も肉もそのうちダンジョンに吸収されるから問題ないでしょ。
その後も何度かオークと遭遇し戦闘になったけど遠藤大尉たちは危なげなくクリアしていった。
もちろんノーダメージである。
『この調子なら遠藤たちも4層でもやっていけそうか』
英花がそんな評価を下していたが俺の意見は些か異なる。
『ミノタウロスはオークよりスピードもパワーもあるから何とも言えないな』
『そうなの? そこまで明確に差があると思えないけど』
真利が疑問を呈してきた。
『そりゃあ倍ほどの差はないさ。でもオークとミノタウロスで戦わせたらどうなる?』
『ミノタウロスが勝つかな』
『それくらいの差がある魔物相手に大尉たちは戦ったことはあると思うか?』
『さすがにそんなの分かんないよ』
『そこなんだよ。俺たちは今の大尉たちの実力の上限を知らない』
『オークだと楽勝みたいだよ』
そのくらいにまでレベルアップしていることはうかがえる。
この階層での戦闘は半ば作業のように体を動かすことができているからね。
慣れている強さの相手だとそういう感じになってもおかしくないけれど。
『それだけでミノタウロスを相手にしたときに、どれだけ戦えるかは読めないさ』
いつもより一段上の強い敵が来るといつも通りのことができなくてバタバタし始めるなんてことはあり得る話だ。
『普通に勝てるんじゃないかなぁ。オークキングだって連戦してるみたいだし』
『言い方が悪かったな。探索しながらミノタウロスの群れと戦い続けるのはイレギュラーが発生しやすいってことだ』
『そっか、疲労とか偶然の挟撃とかあるもんね。だから涼ちゃんは余裕のある時に縛り条件をつけてくるんだね』
修羅場の経験が少ない真利にどうにかギリギリの戦いを経験させられないかと考えた結果だ。
大阪ではそれで色々と試したおかげで真利も一皮むけたと思う。
『そういうこと』
一方で遠藤大尉たちはそういう無茶はしていないはずだ。
縛りつきで戦うのは、その条件がシビアなほど危険を伴う。
真利の場合は俺や英花が即応できるようにスタンバイしているから事故が起こらないだけだ。
遠藤大尉たちがそこまでシビアに戦っているとは考えにくい。
そんなこんなで話を続けていると遠藤大尉たちが止まってこちらを見た。
4層へ下りる階段に着いたみたいだな。
小走りで駆け寄りいったん合流する。
「ここから先は俺たちにとっても未知の領域だ」
俺たちはすでにミノタウロスとも戦っているけどね。
でも、地図がないという意味では言葉通りではあるのか。
そんなことを考えていると、何故だか呆れた視線が送られてきた。
「お前ら本当に緊張感ねえのな。ウォーミングアップは終わってるんだろうな」
氷室准尉がそんなことを言ってくる。
「終わってますよ?」
「この先にいるのはミノタウロスなんだぞ」
「オークより強いと噂の魔物ですよね」
「なるようにしかならないだろう」
「私たち後方支援要員ですし」
それが何か? という視線を3人で返す。
「マジかよ……。お前ら大物だな」
「そんなつもりはないですが」
今更感のある魔物だからなぁ。
なるべくそういう雰囲気を出さないようにはしているけど露骨にやると芝居くさくなるのでほどほどにしている。
「ガチガチになられるよりいいじゃないか」
「そりゃそうですがねえ」
遠藤大尉の言葉に氷室准尉が嘆息する。
俺たちのせいなんだけど何処かユルユルの空気が漂っていた。
これから未知の領域に踏み込もうって雰囲気じゃない。
「そんなことより問題ないなら行きますよ」
ちょっと苛立っているように見える大川曹長にうながされてしまいましたよ。
確かに俺たちは油を売りすぎたかもしれない。
若干の休憩だったと思うことにしよう。
「それじゃあ、階段を下りたら今まで通りの距離を開けてきてくれ」
「ああ」
「了解です」
「わかりました」
遠藤大尉の指示に俺たちは三者三様で返事をする。
真っ先に答えた割に英花は明らかに機嫌が悪い。
遠藤大尉のことを半ば敵視する感じで嫌っているからなぁ。
まあ、人間どうしても合わない相手っていると思うので、とやかくは言わない。
依頼された仕事に影響するなら話は別だけど英花はそういうことをしないとわかっているからね。
そして俺たちは階段を下る。
こういう場所にも空間魔法の影響があるおかげで、すぐに到着だ。
きっと天井までの高さ分は下っていないと思う。
どのダンジョンでもこれは同じなんだよな。
「じゃあ、行くぞ」
遠藤大尉たちが今までより移動速度を落として先行し始めた。
ここから先は地図を作成しながらになるから堂島氏の負担が増す訳だしそれは当然だろう。
今までよりピリついた空気を感じる。
氷室准尉が階段を下りる前、俺たちに対して呆れていたのも頷けるというものだ。
「さて、俺たちも行くか」
2人に声をかけたところでシュバッと目の前に現れる影。
毎度おなじみ霊体化したミケである。
『忍者ケットシー、ミケただいま参上』
何処かのアニメのオープニングのような登場をするじゃないか。
最近は暇な時間ができるとネット検索したり動画を見たりしているので、そこからネタを拾ってきたんだと思う。
芸が細かいというか何というか相変わらず外連味の多い奴だよ。
『この階層に少年はいませんでしたニャー』
いきなり爆弾情報をぶっ込んできたな。
『それは上の階層にいるという話ではないな』
すかさず英花が確認していた。
『ハイですニャ。5層がありますニャー』
シャレになってないぞ。
まさかと思うが梅田みたいに延々と階層が続いているんじゃないだろうな。
もし、そうだとしたら遠藤大尉たちには荷が勝ちすぎている。
そんな場所に少年がソロで乗り込めるとは尋常ではない。
一体どうなってるんだ?
『出てくる魔物はミノタウロスか?』
俺が考え込んでいる間も英花が話を続けていた。
『違いますニャン。ワーウルフですニャ』
ウソだろ……
少年がそんな危険領域にいられるのか?
だが、ミケがその目で確かめてきたことが偽りや幻である訳がない。
『少年は発見したのか』
英花のさらなる問いになるほどと思う。
すでに亡くなっていると考える方が自然だよね。
『いましたニャ』
マジか……
読んでくれてありがとう。
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