105 遠征ふたたび・いざ名古屋城ダンジョンへ
時刻は朝の6時前。
俺たちは名古屋城ダンジョンの入り口前にいた。
「眠いー」
真利がアクビをしながら言った。
「しょうがないさ。4時起きだもんな」
そこから着替えて食事をして形ばかりのブリーフィングに付き合わされたら5時半になっていた。
少年の名前などもこの時に知らされたけど、名前以外は必要だろうかと思ったのは内緒である。
イジメにより中学から引きこもりになったとか。
引きこもりの原因になった少年たちが行方不明とか。
むしろイジメから引きこもりになったことなど余計な情報だ。
センシティブな情報という以前に真利がそっち系だったから冷や冷やしたよ。
まあ、当人はその情報を聞かされてもピリついた空気を発したりはしなかったので大丈夫そうだけど。
それといじめていた相手が行方不明?
今回の件と何か関係があるとも思えないのだけど。
仮にダンジョンに強行突入した少年がいじめた相手に復讐したのだとしても知ったこっちゃない。
そんなのは警察の仕事である。
それよりも現場でのフォーメーションとかの方が重要な情報だ。
確認しそびれて後方支援の俺たちが飛び道具で誤射するなんてことがあったら大変だからね。
あと今回に関しては4層での銃火器の使用が許可されたそうだ。
名古屋城ダンジョンは1層が頭突きウサギ、2層がゴブリン、3層がオークと徐々に難易度を上げていくタイプで4層にはミノタウロスがいる。
今の遠藤大尉たちでも危険が大きいと判断されたのだろう。
人命を優先してくれるようで何よりである。
さすがに俺たちには持たせてもらえないけどね。
ブリーフィングが終わるとすぐにゴツい装甲車に押し込められて名古屋城ダンジョンのある事務所へ移動となった。
統合自衛軍専用の地下駐車場に入って入り口まで直通の通路で移動して今に至る。
マスコミも野次馬も完全シャットアウトでありがたい。
事務所も閑散としており関係者以外立ち入り禁止になっているようだ。
「お前ら、余裕だな」
半ば呆れたような表情で氷室准尉が苦笑する。
「矢面に立ちませんからね」
「おいおい、背後とか側道からも魔物は出てくるんだぞ」
「それくらいは対処しますよ。4層に着くまでにはウォーミングアップできてるでしょう」
「お前らにとっちゃオークも準備体操レベルかよ」
完全に呆れ顔になっている氷室准尉である。
堂島氏にいたっては、あんぐりと大口を開けてしまっていた。
「準備体操はさすがに過大評価ですよ」
「ウソつけ」
フンと鼻を鳴らす氷室准尉は疑わしいと言わんばかりの目を向けてくる。
「聞いてるぞ。梅ダンに潜った初日に信じられないくらい大量の肉を持ち込んだってな」
あー、やっぱり報告されてたか。
「あれは頼まれたから少々張り切っただけですよ」
「頼まれただぁ?」
突入まで時間があったので、そのことについて説明しておいた。
「ふーん、人助けだった訳だ」
「おかげで宿泊費半額でサービス各種無料でしたからボランティアじゃないですよ」
「おまっ、セントラルグランド大阪の宿泊費が半額だとぉ!?」
「スゲー、あんな高級ホテルに泊まってたんかー」
「騒ぎすぎです」
大川曹長がピシリとした一言を投げてきた。
「はい」
「えー、これが驚かずにいられるかよぉ」
瞬時にシュンとしおれる堂島氏に対して氷室准尉は唇を尖らせている。
「先行部隊が戻ってきましたが?」
「ああ、そういうことね。了解、了解」
軽い調子で返事をした氷室准尉も静かになった。
戻ってきた部隊の顔ぶれに見覚えがあると思ったら、うちのダンジョンに侵入してきたことのある面子だ。
「大沢少尉、以下5名ただいま戻りました」
特に隊長の大沢少尉は剣さばきが群を抜いていた遠藤大尉の副官だった人物だ。
他のチームも交代するチームと引き継ぎの申し送りをしている。
もちろん遠藤大尉たちも例外ではないので、すぐに出発とはならない。
詳細情報についてはダンジョン内でマッピングやその他の情報をスマホに入力したものを送受信して共有するようだ。
ダンジョンの内と外では電波が断絶しているから情報機器は無駄な荷物になると思っていたけど、こういう使い方をするとはね。
便利かどうかは知らんけど。
「彼らが例の?」
「ああ、そうだよ。ラブコールを送っているけど、ことごとく振られているんだ」
向こうの隊長が遠藤大尉に話しかけている声が聞こえてきた。
「よく呼び出せましたね」
「たまたまさ。運良く通りがかったところをスポット契約でね」
などと事実を歪曲したことを言っている。
おかげで英花がどんどん不機嫌になっていくんですがね。
『訂正しないのか?』
気になったので念話で確認してみた。
『そんなことをしたら奴のペースに巻き込まれるのがオチだ』
『あー、なるほど』
魔王様はお怒りだが我慢するようだ。
『大尉のやりそうなことだ』
『相変わらず姑息な奴だよ。気に入らん』
そんなやり取りをしている間に大川曹長が遠藤大尉の元へ進み出ていた。
「大尉、適当なことを言わないでください」
「あれ? そうだっけ」
大川曹長が割って入ってくれたので訂正してくれるだろう。
『何とかなりそうだな』
『実害はないからどうでもいい』
『そう? なら、俺も気にしないよ』
そう返事はしたものの実害があったらどうなっていたのだろうか。
ちょっと怖いんですけど。
この後ダンジョンに入るんだから変な刺激をしないでほしいね。
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あれからダンジョンへと入り3層まで来た。
遠藤大尉たちのチームと後方支援の俺たちは4層で少年を捜索することになっている。
残りのチームは3層までの各階層をくまなく捜すという。
というのも少年の行動がまったく読めないためだ。
昨日は3層で発見されたと思ったら1層で目撃されたりなんてこともあったらしい。
時間の経過とともに深い階層で見つかることが多くなったそうだけど。
そして俺たちと交代した大沢少尉たちの報告によれば、少年は一度も見つかっていないそうだ。
そうなると、まだ誰も捜索していない4層が怪しくなってくる。
先行する遠藤大尉たちは1層2層と最短で突破しているようだ。
ようだ、というのは詳細な地図情報がないからである。
どういう経路が最短なのかは地図作成スキルを用いて階層を詳細にマッピングしてからでないと何とも言えない。
一応は突入前に地図情報の入ったスマホを渡されたけどね。
ただ、面倒なので使ってない。
GPSが使えない環境のせいで現在位置をいちいち更新しなきゃならないからね。
そんなことをするくらいなら自前のスキルで何とかするさ。
ちなみに遠藤大尉たちのナビゲーションはてっきり大川曹長がするものと思っていたけど堂島氏の仕事らしい。
「次は右ですわ」
堂島氏が進行方向を告げたが遠藤大尉が手で制しながら立ち止まった。
「その前に敵さんのお出ましだ」
その一言で素早く4人が動いた。
前衛は遠藤大尉と氷室准尉か。
堂島氏はスマホを仕舞って武器をスタンバイするぶんワンテンポ遅れているが、大川曹長がカバーに入っている。
その直後くらいのタイミングで曲がり角から数体のオークが姿を現した。
一方で俺たちは特に何もしていない。
彼らの後方10メートルくらいのところで待機するだけだ。
お手並み拝見といこう。
読んでくれてありがとう。
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