102 遠征ふたたび・そして帰路につく
大阪市内にある高級ホテル、セントラルグランド大阪で総支配人を務める内海氏が俺たちの前にいる。
ここはホテルの駐車場だ。
本来であれば、VIPでもない客が帰るだけのことでこのような場所に来ることもないだろう。
いや、VIPの場合は駐車場ではなくホテルの玄関前に車が運ばれてくるだろうから、そちらに赴くか。
滞在期間中は俺たちもVIP扱いだったけど。
依頼とは言えない頼み事を聞き入れ早急に解決したからなんだが運が良かっただけなんだよね。
元凶とも言うべきレッドバイソンの連中には初日からからまれたし。
それを去なしたら連中の目論見が勝手に崩れていっただけなのだ。
他にやったことと言えば頼み通りに魔物からドロップした食材を冒険者組合に卸しただけである。
窓口では量の多さにドン引きされたけどね。
それでも俺たちだけが卸すような状況では焼け石に水だったのだが。
比較的早い段階から他の地元冒険者たちも卸すようになっていた。
そこから後に続く冒険者が増え始め2週間とかからず全冒険者が契約解除に至ったのは俺たちからしても驚きだ。
大したことはしていないのに何でって感じなんだよ。
だから宿泊費半額に加えて数多のサービスが無料で受けられるとか信じられなかったな。
まあ、それについては内海氏だけが負担していた訳じゃなかったからだけど。
それでも快適な生活が約束されていたのは、このホテルで働く大勢の人たちがいたからである。
「お世話になりました」
敬意を持って頭を下げれば自然と深い角度になった。
「何を仰いますか」
内海氏からは、ちょっと慌てた様子が感じられた。
「お世話になったのは私どもの方です」
今度は内海氏が頭を下げる。
こちらも深々とした礼であった。
「張井様たちがいらっしゃらなければ我々は今も苦境に立たされ続けていたことでしょう」
それはそうなのかな。
偶然と運が作用していなければ、この結果はなかったと思うけれども。
故に俺たちがという実感がまるで湧いてこない。
「とにかく快適でした。従業員の皆さんにもよろしくお伝えください」
「気遣いのひとつひとつが丁寧で穏やかな気持ちになれました。感謝しています」
「帰るのが怖くなるくらいサービスが行き届いていました。ありがとうございました」
英花や真利もそれぞれの言葉で礼を述べる。
「こちらこそありがとうございます。今の御言葉を聞けば従業員が喜びます」
にこやかな笑みとともに礼を返す内海氏。
この人は最後まで紳士然としていたよなぁ。
俺たちはキャンピングカーに乗り込む。
窓を開けて内海氏の方を見た。
ほぼ同時に車のエンジンがかかった。
今日の運転手は英花だ。
「また大阪に来ることがあったら、ぜひ当ホテルをご利用ください」
営業活動に余念がないな。
けれども、それが全然嫌みじゃない。
「ええ。ぜひお願いします」
「お元気で」
「「「ありがとうございました」」」
示し合わせてもいないのに最後の挨拶がそろっていた。
寂しい気持ちになりながらもちょっと笑えてしまう。
「道中、おきをつけて」
こうして後ろ髪を引かれる思いをしつつも俺たちはホテルを後にした。
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ホテルを出てしばらく経った頃。
「家に帰ったら大変だよね」
ふと真利がそんなことを言った。
「何がだ?」
言葉の意味が理解できずに聞いてしまう。
「えー、だってホテルだと至れり尽くせりだったよ」
「何を言ってるんだか」
運転席の方から英花の声が聞こえてきた。
「そうだな」
「なんでー」
英花と俺の2人から賛同されなかったことが不服のようで真利は頬を膨らませていた。
「なんでって家でも至れり尽くせりじゃないか」
「そうだぞ。リアや紬がいるから家のことは、ほぼ何もしていないだろう」
英花の言う通りである。
真利の屋敷では上げ膳据え膳だし警備もしてくれるしな。
気分を変えて爺ちゃんの家で過ごす時でもダンジョンのセーフエリアになっているから掃除はしなくてすむ。
「そうだったねー。つい昔のことを思い出しちゃった」
昔のこととは俺たちが来る以前のことか。
言うほど過去のことではないとは思うものの言いたいことはわかる。
髪はボサボサで家はホコリだらけだったからなぁ。
「あれ?」
不意に真利がスマホを取り出した。
メッセージでも入っていたみたいだな。
送信相手は俺や英花ではないので残る相手は聞くまでもないだろう。
「このタイミングで大川曹長からとは嫌な予感しかしないな」
「そうなのかな。帰る途中で名古屋に寄ってほしいんだって」
俺たちが今日帰ることを知られているのか。
この調子だと大阪での活動内容も向こうに知られているんだろうな。
無理だと思うけど頼むから面倒事は勘弁してほしいものだ。
「何の用だよ」
「それは書いてないからわかんない。聞いてみようか」
「たぶん無駄だぞ。はぐらかされるのがオチだ」
「そうかな」
言いつつメッセージの返信をする真利。
すぐに返信があった。
「何だって?」
「涼ちゃんの言う通りだったよ。直接説明するって」
「完全に仕事の話だろ、それ」
「このタイミングで名古屋でと言ってくるか。我々の行動が筒抜けなんじゃないか」
そう言ってきた英花の声は不機嫌さがにじんでいる。
「何があるんだろうね」
真利だけはあっけらかんとしている。
「わからんな。手がかりが何もない」
「そうだね。朝のニュースでも名古屋でダンジョンがらみのことなんて何も言ってなかったよ」
ひとつだけ確実なことがある。
「自衛軍の用事なんてダンジョンのことだけだろ。絶対にろくでもない面倒事だぞ」
「それだけは言えるだろうな」
「そっか。じゃあ、名古屋のダンジョンについて調べておくね」
その後は名古屋のダンジョンの話になっていく。
名古屋と言えば名古屋城ダンジョンとロゴランドダンジョンが有名だ。
他にも小規模のダンジョンがあるそうだけど地元の初心者向けなので今回の件からは除外できると思う。
「その前に何処に呼び出されたのか聞かせてくれ」
運転をしている英花が聞いてきた。
ナビを設定する都合もあるだろうけど待ち合わせの場所から用件を推測することも考えていそうだ。
「とりあえず冒険者組合の名古屋支部だって」
「とりあえずか」
向こうも簡単には手がかりになりそうな情報をつかませてくれないな。
だからこそ確定したことがひとつある。
「これで厄介ごと確定だな」
運転席から英花の不機嫌そうな声が聞こえてきた。
やはりそうだよな。
「えっ、そうなの?」
真利はピンときていないようだ。
「我々が大阪から帰る日程を把握した上での呼び出しなんだぞ。その上で本当の目的地を伏せるなど、そうとしか思えないだろう」
「そっかー。じゃあ断る?」
そういう選択肢もあるか。
俺たちは軍隊に所属している訳じゃないから向こうの要請も命令ではないのだ。
嫌な予感がするなら蹴ってしまうのもありだとは思う。
「いや、話だけでも聞いておこう」
断ることで後悔することもあるかもしれないからね。
読んでくれてありがとう。
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