10 魔石アタックと今後の方針
結局、英花の案である魔力の過剰充填済み魔石を投てきする攻撃が採用された。
魔石は許容量を超えて魔力を込めていくと破裂する性質がある。
そうならない程度にギリギリまで充填をすると不安定な状態となり、これに衝撃を与えると破裂する。
ゾンビの魔石じゃ大した威力にはならないだろうが即席の手榴弾ってところか。
もっとも仕組み的には別物なので手榴弾と言っていいのかは微妙なところだ。
魔力がカツカツな俺たちでもゾンビの魔石なら負担は少ない。
ただ、最初は魔力の回復を優先させたので魔石から魔石へ魔力を流し込む形で過剰充填した。
結果として数個の魔石を空っぽにしたが魔力が回復してから充填すればいいだけだし負担も大したものではない。
回復を優先したのは不測の事態に備えるためだ。
過剰充填の魔石を実際に使ってみたところ成功と言えなくもないといった結果になった。
投てきする以上、コントロールに左右されるから外れることもある訳だ。
ただ、奴らの感知範囲外から投てきできるので一方的に攻撃できるのは良かった。
腐肉の飛沫を浴びずに済むからね。
懸念された攻撃力もゾンビの脆さには丁度良かったようだ。
奴らの頭が派手に爆散するようなことはなかったが頭部損壊で倒れ伏してドロップ品である魔石となった。
当たりさえすればの話ではあるが。
「成功率は5割ってところか」
頭部を外すと密林の場合は木に当たって弾けることが多かった。
もしくはゾンビの他の部位をグシャグシャにする結果となったが、これは思い出したくもない。
スプラッタ系のホラー映画が好きなら話は別だが。
「今回はね」
英花は次からは命中率が上がるような口ぶりだが百発百中は無理があるだろう。
もし学生時代に部活で野球をしていたなら、もう少し成功率も上がったかもしれないが。
俺にはそういう過去はないし結果から察するに英花も経験者ではないはずだ。
「スキルを確認してみるといい」
「どういうことだよ?」
「いいから」
言われるがままにステータスからスキルの欄を選択して確認する。
「あっ、増えてる」
新たにゲットしたのは言うまでもなく投てきのスキルである。
「勇者スキルが仕事をしてくれたみたいだな」
それしか考えられない。
異世界では遠距離攻撃の必要に迫られたときは弓か魔法をつかっていたので投てきで攻撃したことはなかったのだ。
さすがに何もせずにスキルがゲットできるようなことはないからね。
「今回の戦闘でスキルが生えた訳か」
これがもし戦闘でなく組み手のように単なる練習であったなら、たった一度でスキルをゲットできたりはしなかったと思う。
実戦だからこそ得られる経験というものがある訳だ。
あとは投てきのスキルを熟達させていけば魔石アタックの成功率も上がっていくだろう。
「まだ夕方まで時間はあるし、もうひと踏ん張りしておこうじゃないか」
「ああ」
汚れることなくゾンビを倒せるのだから異論などあるはずもない。
弾数に制限があるのが難点ではあるものの倒せば補充できるので大きな問題ではない。
それでゾンビを倒しきれなかった時は魔法で殲滅するということで英花と合意した。
ゾンビと素手で戦うなんて真似は二度としたくないもんね。
結局、日暮れ近くまで頑張ってゾンビ狩りをした。
残念ながらレベルアップはできなかったけれど、それなりに周辺の探索はできたので良しとしよう。
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「酷い目にあったよな」
晩ご飯の席でついボヤいてしまった。
最初に接近戦をした時の腐敗臭がそれだけ強烈だった訳だ。
臭いが消えても記憶に残るってね。
嫌な記憶だ。
トラウマになるぞ、こんちくしょう。
「しかもゾンビしかいなかったし」
辟易した顔で英花もボヤく。
「探索範囲を広げれば他の魔物とも遭遇するだろ」
ダンジョン内で単一種の魔物が一定範囲に湧く場合、それがその魔物の縄張りとでも言うべきものになる。
他の地域に出て行くことはほとんどないし他の魔物が流れ込んでくることも滅多にない。
少なくとも異世界ではそうだった。
今のところ、その法則は当てはまっているものと思われる。
「だと、いいけど」
俺の考えと違って英花はこの件を悲観的に見ているようだ。
「このフィールドダンジョンにゾンビしかいないかもしれないって?」
ダンジョンの規模が小さくて、そういう結果になることも往々にしてある。
「だとしても外に出られるなら構わないだろう」
「違う。そうじゃない」
「はて?」
他に悲観するようなパターンって何かあっただろうか。
「まず、密林なんて何処まであるかわかんないだろう」
「そうだな」
今日も密林という悪条件があるなりに探索を進められるだけ進めたが、ダンジョンの外に出られる気配は一向に皆無だ。
徐々に確認済みの領域を広げていくことになると思うが外に出るのが先かボスの居場所に辿り着くのが先か。
それくらい広い恐れがある。
「それ全部がゾンビだったらと思うとな」
「あ」
広大なフィールドダンジョン全体がアンデッドの領域なんて考えたくはないが、無いとは言えないんだよなぁ。
魔物が縄張り型の湧き方をする場合の範囲に制限などない。
狭いこともあれば広いこともある。
ゾンビのポップする領域が日帰り可能な範囲よりも広いなど悪夢でしかない。
「そうでないことを願うばかりだよ」
「まったくだ」
英花も同意はするが、その顔に希望の色はなかった。
悲観的に見積もっておけば絶望することはないもんな。
むしろ運が良かった場合は喜べるってものだ。
勝って兜の緒を締めよというのとは違うけれど、ここで油断する訳にはいかない。
「明日はどうする?」
英花が明日の方針を聞いてきた。
「今日みたいに魔石アタックで経験値を稼ぎつつ探索範囲を広げていく、でいいんじゃないか」
「そうなんだが、探索範囲が広がるとグルッと1周という訳にはいかないだろう」
確かにその通りだ。
今日のところは爺ちゃんの家の周辺を把握するためにまんべんなく回った。
その結果、この近辺にゾンビどもがポップする気配がなさそうだとわかったのが収穫である。
ああいうのは淀んだ感じの気配がして簡単に察知できるので探すのも楽なんだよな。
「かといって一定の方向ばかり探索すると外れだった場合が怖いよな」
「それだな。せめて指針になりそうな目印があれば助かるんだが」
英花の言う目印は山とか塔とかのことだな。
生憎と見知らぬ場所では千里眼のスキルも遠くには飛ばせないし、近場でそういうのがないのは確認済みだ。
フィールドダンジョンも異界だから、たとえ千里眼であろうと内から外を見ることはできない。
出入り口が不明な状態で脱出を試みる場合はこれほど嫌なものもないよな。
「境界を越えれば外の様子を見ることは可能だけど密林の中じゃどっちが外に近いのか見当もつけられないのがなぁ」
「一定の方向に限界まで進んでみるしかないか」
それしか無さそうなのが悔しいね。
「日帰りじゃ大して距離は伸ばせないのがなぁ」
「それなんだが魔法で戻ってくるのはどうだろう」
英花はそう提案してきたが転移は便利な一方で魔力コストもバカにならない。
世界間転移と比べれば雀の涙ほどでいいとはいえ……
「今のレベルで使えるのか」
「ここなら明確な記憶があるから魔力の消耗も抑えられる」
「それにしたってなぁ」
「あと涼成のスキルでリアルタイムに把握できれば、さらに少なくて済む」
「そうなのか?」
「帰還転移の術式の応用だ」
よくわからんが、そういうことらしい。
「なら試してみるか」
読んでくれてありがとう。
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