沈霊唄賛 13
『井波樟葉君、笠羽亨君、根岸ミク君、そして『少年』君。君達には全てを話そう。だから『裏庭』講堂まで来てくれ』
樟葉達を除いて誰一人動かなくなった敷地内に備えつけらているスピーカーからそれだけ聞こえると『ブツッ』と音を起てて切られた。
「…間接的とは言え、人を殺して平然としていられるのは許せないわ」
「じゃあどうするんだ?アイツを殺すのか?」
「まさか」
そういうと樟葉は指定された場所に向かって歩きだす。
一方その頃、亨は死体を見つめていた。
「……」
「どうしたのさ?」
「…らへっ…」
「おーい、亨さ〜ん」
ミクの呼びかけにも反応せずに亨はブツブツと呟いていたが不意に何かに気付いたように頭を振るとミクを無視して歩きだした。
「ちょっと?」
「さっさと行くぞ」
「歩けないから背負ってってよ」
「…しょうがねぇなぁ」
四人ともほぼ同時に『裏庭』講堂に到着し、爆破された扉をくぐり中に入ると石像に持たれかかるように大上がいた。
「すまないね、呼び出したりして」
「それ以上に詫びる必要があると思うが」
「信者のことかい?」
「それ以外に何がある」
「私の言葉を拡大解釈してしまったせいで根岸君に怪我を負わせてしまったことは詫びよう」
亨の言葉に「すまなかった」と頭を下げた大上をミクは「過ぎたことだから〜」と言い、それ以上言葉を続けなかった。
「どうやって信者を増やしたの、そしてどうやって殺したの?」
「信者達には麻薬のように中毒性のある特殊な水を飲ませていてね、結界が発動すると肉体と魂を分離するようにしていたのだよ」
「そもそもなんでこんなことをしたのよ」
「それはここじゃあれだから場所を変えよう」
石像を動かすと階段があった。そこを大上はゆっくりと降りていき、一同は何も言わずについていった。
ろうそくの灯かりだけの道を歩きながら大上は話す。
「私は妻と息子と娘を養うただのサラリーマンだった。特に生活には困っていなかったし、家族にも亀裂はなかった。だが不幸とは何処からともなく、気づく前に現れるのだ。娘が失恋したのだ」
「それだけで不幸?」
樟葉が空気を読まずに割って入る。しかし大上は苦笑しながら話を進める。
「最後まで聞きなさい。長年想い続けた相手、それは常に近くにいた存在―自身の兄だった。娘はなかなか立ち直れなかった。兄もそんな姿を見て精神的に参ってしまったのだろう…間違いを犯してしまったのだよ」
間違い―ようは近親相姦であろう。
「双方の同意があったんなら別にいいじゃねぇか」
亨が倫理も何もない、ただの感想を言う。
「今の私なら許しただろう。でも当時の私は世間体を重視していた。『このことが広まったらこの幸せな家庭が壊れてしまう』とも考えた。しかし常に事は進むものだ。二人が駆け落ちをしたのだ。そのせいで妻は身心ともに壊し、翌年には私は独り身になった」
階段を降りきり、真っ直ぐな回廊に着く。そこを歩きながら話は続く。
「それから数年後、私は子供達の行方を知った。私はすぐに会いに行った。その時には二人を責めるつもりは無くなっていた。ただ二人が今、何をしているか知りたかったんだ」
行き止まりに突き当たり、一行が足を止めると大上は突起に掴み、回した。すると壁が上がり道が出来る。そこには骨で出来た台とその上に置かれている生首が幾つも見えた。しかし一行は全く動じることなく大上を見る。
「おや、動じないのだね」「これぐらい見慣れてるし」
「これって〜行方不明になった人〜?」
「確かにそうだ。しかし勘違いしてもらっては困る。彼等は自ら協力してくれたのだよ」
「さいかよ」
そして一行はまた奥に向かって歩きだす。
「話を戻そうか。結局二人には会えなかった。交通事故に巻き込まれたのだよ。二人は即死、しかし生まれていた子供は無事だった。勿論私はその娘を引き取った。我が子のように可愛がったよ。様々な苦労をしたがその娘はすくすくと育ち…自殺してしまった」
「…真実を知ったからか」
「学校で聞いたのか、近所の主婦が話してたのを偶然聞いたのかは分からない。だが確実なのは自分だけが生き残ったのが許せなかったのだろう」
一行が広い場所に出ると大上は「そこにいなさい」と言い、一人中央に向かう。
「私は彼女に強く生きて欲しかった。彼女を守るために死んだ息子達のために生きて欲しかった」
「…まさか、その娘を生き返らすために!?」
「その通りだ」
「ふざけるな!」
大上のあっさりとした返事に樟葉は怒鳴った。
「既に終わったことを蒸し返すな!アンタはその娘が何を思って死んだか分かってるのか!彼女は自分の意思で命を捨てた!その意思を無視してまた苦しませるようなことをするのが良いわけあるか!また一人にしてどうするつもりだ!」
感情を剥き出しにして怒る樟葉に大上は悲しそうな顔をして言葉を返す。
「そうか…君はこの後に何が起こるか知っているんだね」
「……」
「しかし、そうしないためにも君達が必要なのだよ」
大上の言葉の真意が分からない亨とミクは樟葉に「どういうことだ?」と尋ねるが樟葉は大上を見たまま何も言わない。
「さて…質問は終わりかな?」
沈黙を肯定と判断して大上は中央にある棺桶に手を乗せる。