沈霊唄賛 11
純粋な殺意。そんなものは人間が生涯生きていく中で子供の頃―手加減を知らない悪意―と危ない橋を渡らなければなかなか当てられるものではない。前者は自身と相手の力量と知識が人間を殺すのに対して圧倒的に少ないので死に到るまではならないことが大半であるが、後者は社会において暴力を資本としている団体や表向きに社会に参加していないような人間などに関わりを持たなければよいだけで大半の一般人は自らそのような輩に近づくことはないだろう。
しかし、『質より量』という言葉があるように小さな力でも多く集まれば強大な力になる。
「まさかこんなにいるとは思わなかったよ…」
建物の中に入ろうとしていたミク達を止めたのは隙間なく周りに集まった信者達だった。それぞれが武器を手に持ち、殺意―人で無いなら殺してもいいと言う考えにとらわれて信者以外は人間と捉えられない―を剥き出しにした人間がおよそ200人…ただ見えないだけで後ろに更に100人程いるだろう。
「私達の聖地に侵入したことを浄化された後に後悔するのだな」
司祭らしき人間が武器を構えながら言う。それに合わせて周りの信者もそれぞれの武器をミク達に向けた。
(どうする?)
ミクが亨にだけ聞こえるように尋ねる。その問いに亨は嬉しそうに口を歪め歪な笑みを浮かべながら答えた。
「決まってんだろ」
指を鳴らし周りを一別すると一喝した。
「ぶっつぶす!!」
「何か聞こえなかった?」
その頃樟葉達は外壁に沿って念入りに証拠捜しをしていた。
「気のせいだろ」
「まぁどうでもいいか」
自分達に降りかかる厄介事以外にはあまり興味を持たない樟葉は先程聞こえた音を意識の外に追いやり、やるべきことに専念する。
「しかし普通は中心を調べるものじゃないの?」
「いいから調べろ」
「アンタも調べなさい」
「…俺は関係者じゃないんだがな」
「ここにいる時点で関係者よ」
文句を言う少年に樟葉は命令する。渋々従う少年は嫌そうに外壁を調べ始める。「ホントに何かあるの?」
「あるはずだ」
調べ始めて約30分。正直面倒だと感じていた樟葉は少年の推測に文句を付けた。それを一蹴する少年は先程から外壁の下を見ていた。
「アンタのその自信はどっからくんのよ…ってなにこれ?」
ぶつぶつ言いながら樟葉は外壁に書かれた小さな印を見つけた。
「ねぇ、これでいいの?」
「…ビンゴだ」
その印は円形でその外周に沿ってよく分からない記号が書かれており、中は六亡星が書かれており更にその中にも五亡星が書かれていた。そしてその印の下に外壁の色が変わる部分が接している。
「これって…何?」
「これは結界の準備式だ」
樟葉達が中心に向かわなかったのには理由が二つあった。一つはミク達に注意を向けて時間を稼いでもらうこと。もう一つは証拠以外の『何か』を探すためであった。
「準備式?結界と何が違うのよ?」
「こいつ自身は単体じゃ、ただの落書きだ。だがある規則従って幾らか並べるとより少ない力で効果が得られる」
違いが分からない樟葉に少年は珍しく説明をする。
「じゃあこれを消しちゃえば他のも効果が無くなるってことね」
「いや、ダメだ」
そう言いながらナイフを取り出し壁に傷をつけようとする樟葉を少年は止めた。
「さっき言った通りコイツはある規則に従って書かれてるんだ。そいつを崩すってことは違う規則に書き変えるってことなんだよ」
「…?」
「『seek(探す)』の『k』を抜けば『see(見る)』になるだろ。つまり全く別のものになっちまうんだ」
「えっと…本来守るの意味がある式が破壊の意味に変わるかもしれないってこと?」
「そういうことだ」
「でも…これでここの教祖は『アンタの同類』に関係しているってことは分かったわね」
「試験終了前にカンニングペーパーが見つかったな」
そのころ大上は一人、地下に続く階段を降りていた。そこは明かりも無く暗闇が支配しており、足を踏み外せば惨事になるであろう。しかし何事もなくその階段を降りきり平坦な道になっても辺りは相変わらず見えず、全てを拒絶するかのような闇の中を迷いなく一歩ずつ進む。やがて壁に突き当たったが大上は迷いなくそこに横にあった突起を掴み、それを回すと目の前の壁が上がりその先に道が出来た。それと同時に今まで歩いて来た道に灯りがつき周辺―骨で造られた台に置かれている生首が見えるようになった。その間にも大上は奥に歩き続ける。
そして丸く開けた場所に出ると真ん中に安置されている棺桶の表面を優しく撫でた。
「もうすぐ…もうすぐだからね」
優しい口調で棺桶に話しかける大上の目は自身に染み付いているであろう闇は一片もなく、ただ澄みきっていた。
少しばかり内容がおかしくなってきていますが気にしないで下さい